Reverse cross

陰東 一華菱

第七十八話:躊躇い

 ここ数日食事も取らず水分も満足に得て居ないため体が思った以上に弱りかけている。
 リガルナはふらつく足取りで石台の中央まで来ると崩れるようにその場に両膝を着いた状態で落ち着いた。
「あれだけ強大な力を秘めていたあの魔物も、動きや魔力を抑えられては普通となんら変わりないな」
「そりゃそうさ。レグリアナの魔力は世界一だからな。敵う者なんてないだろうよ。あんなクズ、俺らの力の前に屈して早く死ねばいい」
 マーナリアの後ろに控えていた兵士の誰かがさも馬鹿にしたかのようにそう呟く。
 その言葉に、マーナリアはすっと目を眇め真っ直ぐに前を向いたまま口を開いた。
「口を慎みなさい」
「は、はい!」
 突然言葉を制止された兵士たちは、ビクッと体を跳ね上げた。
 マーナリアはゆっくりその場に立ち上がると、後ろに立っている兵士たちへ視線を向ける。
「早く死ねばいいと軽々しく口にするのもおやめなさい。一個人を攻撃する事が正義だとでも言いたいのですか?」
「い、いえ、そう言うわけでは……」
「相手が誰であれ、愚弄し、貶し、陥れる事が正義だと言うのなら、滅びるのは私たちの方かもしれません。相手の本質を見抜くことが出来ない内は、私にも、あなた方にも非があるかもしれない。そう考えてみるのが道理ではないかしら」
「……」
 やんわりとした口調ながら、マーナリアの眼差しは真剣そのものだった。
 その眼差しが、彼女が秘める怒りを感じさせその場にいた全員が一斉に閉口した。
 彼らの様子を一瞥したマーナリアは、再び席に座る。すると背後からはそんな彼女に対する批判めいた囁きが聞こえてきたが、マーナリアは何も言わず真っ直ぐに前を見据えた。


 リガルナが出てきた扉の奥からは、続けて長剣を片手に握りしめたセトンヌが現れ、リガルナのかたわらまでゆっくりとした歩調で歩み寄る。
 リガルナは両膝を地面に着き、顔は俯いたまま微動だにしない。そんなリガルナを見つめ、セトンヌは手にしていた長剣をきつく握りしめた。そしてマーナリアに視線を送ると、その視線に気がついたマーナリアは小さく頷いた。
「……彼女を運んできて下さい」
 マーナリアがいつの間にか傍らに跪いていた兵士にそう言うと、兵士は頭を下げて足早にその場から立ち去る。
 セトンヌに、アレアの遺体がここに届くまでの間今まで彼を恨み、この処刑を執行する演技をして欲しい。そう言っていたのはマーナリアだった。
 セトンヌはマーナリアから視線を再びリガルナに移すと、リガルナは相変わらず微動だにすることなく静かにその時を待っているかのようだった。
「……リガルナ」
 セトンヌの呼びかけに、リガルナは答えない。
 その間も観衆からの罵声は留まることを知らず、ますますエスカレートするばかりだった。
「何か言い残すことはないか?」
「……今更」
 その問いかけに、リガルナは鼻で笑った。
「お前を憎む人間はたくさんいる。家族を奪われ、恋人を奪われ、絶望に生きた人々が大勢いる」
「……」
「お前の死を望むこの大衆の面前に囲まれて、お前は助けを求める事はないのか?」
「……殺れよ」
「リガルナ……」
「四の五の言ってねぇで、殺れって言ってるだろうがっ!」
 俯けていた顔を持ち上げ、怒りに満ちた眼差しで横に立っているセトンヌを睨み上げて大声で噛みついた。
 その声は処刑場に響き渡り、瞬間的に観衆たちが水を打ったように静まり返った。だが、それも束の間。またもざわざわと騒ぎ出し、「殺せ」コールが怒号のように飛び交い始める。
 早く殺せと息巻くリガルナに、セトンヌはわずかに怯んでいた。
 彼がこんなにも感情を露わにする事はなかった。そんなにも死に急ぎたいのだろうか……。
「……」
 セトンヌは眉間に深い皺を刻みギュッと剣を握りしめると、ゆっくりとそれを大きく上空に持ち上げる。するとそれに合わせ、観衆たちからは一層大きな声で「殺せ」と声を合わせた言葉で湧き上がった。
 こんなにも罪人処刑に躊躇うことがこれまで一度たりともなかった。今この剣を振り下ろせば、リガルナの首は簡単に落ちるだろう。でも、出来ない……。
 セトンヌは目を閉じ、握る手が小刻みに震えた。
「お待ちなさい」
 マーナリアのその言葉に、セトンヌはぱっと目を見開いて安堵した表情を浮かべ、手にしていた剣を下ろした。傍にいた兵士や観衆たちは一瞬口を閉ざすも、突然処刑の手を止めたマーナリアに、どこからともなくザワザワと疑問視するようなざわめきが沸き起こる。
 リガルナは突然止められた事にピクリと反応を示すと、ゆっくりとその顔を上げた。
 その視線の先にはいつの間にか下に下りて来ていたマーナリアの姿が映る。その瞬間ギロリと鋭い睨みを利かせた。
 マーナリアはその眼差しを真っ直ぐに見つめ返し、席を立った。
「……リガルナ」
「……何だ。もう俺に用はないだろ」
「いいえ。あるのよ」
 マーナリアは静かにそう言うと、すっと観衆たちを見渡した。
「皆さん。この者が旅立つ前に、一つ見ていただきたいものがあります。これは、どうしてもあなた方に見て頂きたいものでもあり、また、旅立つ彼への最後の言葉としてお聞きください」
 そう言ったマーナリアの凛とした声は、会場内に響き渡り、観衆たちは一瞬言葉を飲み込むもチラホラと小さなざわめきも上がる。

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