Reverse cross

陰東 一華菱

第八十一話:再会と別れ.2

 アレアはすっと手を伸ばし、リガルナの両頬に両手を添えた。そして真っ直ぐに彼の目を覗き込む。
『……もうこれ以上自分が苦しむ道を選ばないでください。これ以上自分が傷つく道を選ばないで下さい。私が唯一望むのは、あなたはあなたの為に生きて欲しいんです』
 リガルナはそれ以上言葉を発することが出来なかった。ただ、せめて、アレアの語る一語一句全てをとり逃さないように、必死になる。
 そんなリガルナの心中を感じ取ったアレアは、小さく頷くとゆっくりと口を開き言葉を続けた。
 言葉はちゃんと届いている。自分の言葉は、全てリガルナの中に吸収されている。それを知ったアレアは、内心安心していた。
『いつか言っていた、すべての人に消えて欲しいと望まれているなんて、そんな事ない。お願いだから、そんな事言わないで……。世界は広いんです。私には分からなかったことをあなたは見ることが出来るでしょう? 私の代わりに、私のために、どうか世界を見て。そうすればきっといつか……。いつか、あなたの事を理解してくれる人が現れるはずだもの。私が、あなたに出会ったように……』
 アレアはふっと瞼を伏せると、その頬に涙が伝い落ちた。そして何度か躊躇うように口が開かれては閉じ、そっと瞼を開いてリガルナを真っ直ぐ見つめると、再びふわりと笑顔を見せた。
『リガルナさん。ありがとう……』
「アレア……」
 切なげに名を呼ばれ、その呼び声にアレアは微笑んでいた笑みをみるみる内に崩して、堰を切ったかのように切なさに顔を歪ませて大量の涙をボロボロと流し始める。
 子供のように何度も息をつまらせ、胸元で強く握りしめられた手が小刻みに震えだしている。
 アレアは堪えきれない涙を、それでも堪えようとしているのか、一度頭を垂れ歯を食いしばっていた。
 名を呼びたい。もっと、自分の気持を伝えたい。別れたくない。
 その一心で、リガルナも腕を伸ばし彼女に触れようとした。だが、彼女に触れる事はどうしても出来ない。それでも、その頬に手を当てるとアレアはもう限界間近の顔を持ち上げた。
『リガルナさん……っ』
「アレア、逝くな」
 やっとの事で名を呟き、リガルナからかけられた言葉にアレアはいよいよ堪えきれず瞳を閉じて涙に震える声で口を開く。
『リガルナさん……大好き……』
「アレア!」
『大好き……大好き……。ずっと、ずっとあなただけが好き……。あなたの傍で生きていたかった。あなたの為に生きていたかった。あなたの為に尽くしたかった……』
 リガルナは言葉を発することができず、その場で首を横に振るばかりだ。
 肉体が滅び、今また魂までもが消え去ってしまう。大切にしたいと思えた、心から愛した人を、失いたくない。
 伸ばしかけた手を途中で止め、躊躇いがちにもう一度リガルナの頬に伸ばす。だが、やはり触れられない事に、アレアは更に切なさを覚え止めどない涙が溢れる。
『あなたにもっと、触れていたかった……。あなたの温かさを感じたかった……』
「アレア……」
『ずっと、あなたと一緒に生きていたかった……』
「アレア! 俺も、俺も同じだ。お前を失いたくない!」
 リガルナがそう発した言葉にアレアは堪らず両手で顔を覆い隠し、肩を震わせて涙を零した。
 二人を見ていた観衆達、そして兵士や魔術師達、その場にいる全員が言葉を失っていた。いや、言葉を発することを躊躇っていた。
 あれだけ凶暴性を秘めて暴れまわっていたリガルナが、ただ一人の女性を想い大切にしていたことに意外性を見出していた。あの魔物にも、そんな心があったのかと。
 そしてアレアも、リガルナに対し何の偏見もなく全てを受け入れた寛大さに感服していたと言ってもいい。
 ただ、不思議と湧き上がったのは、この二人を引き離したくないと、そう思う気持ちがチラホラとあちらこちらから沸き上がってくる。
 だが時は、無情にも二人を引き離し始める。
 まるで、そこに生きているかのように見えていたアレアの指先が透明度を増し、別れの時が近づく事を知らせていた。
 アレアは自分の指先から少しずつ消えて無くなる事に、ハッとし、そして目の前のリガルナを見つめる。
 リガルナは悲壮な表情のまま、こちらをじっと見つめ続けていた。

「Reverse cross」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く