Reverse cross

陰東 一華菱

第八十三話:眠り

 高い空に、薄く掃き流したかのような雲が流れ心なしか冷たい風がふく。
 空気は乾燥し、森の木々も木の葉をわずかに枯らしカサカサと乾いた音を立てて風に舞う。
 以前のような賑やかさは消えたものの、その姿は相変わらず威厳を残し風格をそのままに繁栄し続けているレグリアナ。
 その宮殿の一室にある窓辺に、一人の女性が立って外を見つめていた。
「あの人は今、どうしているのかしらね……」
 綺麗な身なりをした一人の上品な老婆が、懐かしむかのように窓辺に佇んで空を見上げポツリと呟いた。
 その老婆を見ていた初老の召使の女性が困ったように笑みを浮かべている。
「マーナリア様。またその話ですか?」
「あら、したら駄目かしら?」
「そういう訳じゃありませんけれど、いつもいつも暇があればそんな事ばかり言って。先立たれてしまったセトンヌ様がこれを聞いたら、きっとヤキモチを焼かれますわ」
 そう言いながらクスクスと笑う召使に対し、マーナリアもまた小さく微笑んだ。
「そうねぇ。でも、彼にとってもあの人の事は気がかりだったみたいだから、ヤキモチなんて焼くかしら」
「そりゃあ焼きますよ。口や表情に出さないだけで、心の中では焼いてたに決まってます」
 きっぱりと言い切った召使に対し、今度はマーナリアがクスクスと笑う番だった。
 小さく笑っては、時折むせたように咳をする。するとすぐに召使が駆けつけその背中を撫でた。
「起きていると体に毒ですよ。ベッドに戻ってください」
「ありがとう。ごめんなさいね……。今日は天気がいいから大丈夫だと思ったのだけど」
 体をベッドに横たえ、布団を掛けてもらいながらそう言うと女性はにっこり微笑んだ。
「今日は天気も気候も確かによろしいですけれど、ご無理は禁物ですわ。それに、今日はリル様もいらっしゃるのですからゆっくり休んでください」
「そうね。そうするわ」
 マーナリアはふわりと微笑み、そしてそっと瞳を閉じた。
 リルとは、マーナリアの一人娘で現在の女王としてこの国に君臨している。現在では夫もいて、子供も間もなく授かろうとしている所だった。
 マーナリアが眠ったのを確認した女性は、そっと窓の薄絹のカーテンを引き部屋を後にする。
 女性がいなくなってから、マーナリアは薄く瞼を開いた。
「……あれからどれくらい経ったかしらね。私もこんなに年老いてしまって……」
 そう言いながら自分の手の甲を見つめる。
 シワだらけの手を見ていると、寂しいような穏やかなような複雑な気持ちになってくる。
「……リガルナ。あなたの噂をちっとも聞かないから、元気でやっているのかどうなのか分からないけれど。でも、毎日がこうして穏やかで平和で、そして何も便りがない事はきっと良い方向に向かっているのでしょうね」
 やんわりと笑みを浮かべ、マーナリアは薄く開いていた瞼を閉じた。
「あなたにあれから幸せな時があったことを、私はただ望むだけだわ……」
 そう言いながら、スゥ……と眠りについた。



「夢に何度も見たよ……。君の笑顔も、ぬくもりも……。ずっと覚えてる」
 森の中にひっそりと佇む一軒の家のベッドに横たわる一人の老人が、誰に言うでもなく虚空に向かって呟いた。
 短い白髪に、しわがれた手。もう起き上がることもままならないほど弱り切った老人は虚空を見つめながらぽつぽつと語る。
「あれからどれだけ経ったんだろうな……。俺は人として生きて旅をする内に、お前のように俺を認めてくれる女性と出会って、ひっそりとここで暮らした。やがて子供が出来、その子供は俺の意思を継いで旅立って行って、もう長い事見ていない。今、どこで何をしているのかも分からない……」
 老人はゆっくりと瞼を閉じて、長いため息を吐く。
「こうして目を閉じると、今でもお前がそこにいるようだ。もうじき、俺もそこへ行く……。そうしたら今度こそ、お前と一緒に……」
 囁くようにそう呟くと、老人は深い眠りの底へ落ちていった。
 もう二度と起き上がることのない、深い深い眠りの底へ……。

「Reverse cross」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く