一途な百合心

ノベルバユーザー172952

引継ぎ

 
 昨日、散々泣いてしまったせいか、非常にぐっすりと眠れた私、秋空メイは久しぶりに幼馴染で昨日、見事、『恋人』になったユマちゃんと共に登校していた。
 というのも、今までは私が生徒会の仕事があったせいで早めに学校に行かなければならなく、その負担をユマちゃんにはかけさせたくなかったため、別々に登校していたのだ。

 しかし、今日からは毎日一緒だ。
 そもそも、ユマちゃんが昨日、私の家に来た本来の理由は、副会長を引き受けることを私に知らせに来たからだったのだ。

 副会長になってしまった以上は、次期会長である私と共に登校するのは当たり前のこと。
 まだ人が少ない朝早い通学路を、可愛い恋人と共に歩く。もちろん、腕を組んで、だ。

「朝から熱いんだけど……」
「でも嫌がってないじゃん」
「そりゃ、嫌なわけない。メイだし」

 そんな言葉を聞いて嬉しくなった私は、鼻歌交じりにゆっくりと歩いていく。こんなに幸せで良いものだろうか、幸せを使い切っていて死んだりしないだろうか。
 ちなみに、やっていることは、恋人になる前と変わらなかったりするのだが、気持ちは全然違った。まず、今まで微かにあった不安だとか、恐怖とかが全くない。そして、今までよりもずっとユマちゃんのことがわかっている気がして、幸せが5倍に増している感じなのだ。

 幸せな時間と言うのはすぐに過ぎ去ってしまうもので、他愛もない話をしていた私たちはいつの間にか校門の前についていた。
 両想いになったことにより、私たちの関係はなおさら他人から隠さなければならなくなってしまった。校舎の中に入れば、私とユマちゃんは一緒にいられない。
 そう思っていたのだが、校舎に入ろうとしたとき、ユマちゃんが、

「ねえ、そろそろ品のいいお姉さんモードはやめない?」
「なにそれ?」
「メイ学校の外と内で変わるじゃん。それを止めてほしいの」
「……え? でも、そうしたら、きっとユマちゃんに……」
「迷惑なんて、あると思う?」

 ユマちゃんのクリクリの目に見つめられて思わず私は目を逸らす。ずるい、そんな目を向けられては納得するしかないじゃないか。
 でもいきなりそんなこと言われても他人にユマちゃんと同じように接することなんてできないし、するつもりもない。かといってこの二つの顔の間なんてものもないので、非常に難しいことに思えた。

「できないかな?」
「えっ、と、頑張って、みるね」
「歯切れ悪いじゃん」

 クスクスと笑う、ユマちゃんは、まぶしい。他とは比較にならないくらいに可愛い顔に太陽さえも霞んでしまうような笑顔は卑怯だ。
 隣にいる大切な恋人の言ったこと、なんとか努力してみようと思ってしまう。

 と言うわけで、学校の敷地内に入ってもくっついたまま、私たちは生徒会室まで行く。まだ朝も早いので登校しているのは朝練をしている部活ぐらいだ。人が少ないので、校内でユマちゃんと並んで歩くのもあまり抵抗がなかった。

 生徒会室の前まで来ると、扉の向こう側に誰かがいる気配がする。というのも、部屋の中から話し声が聞こえてきたのである。
 会話内容は全く聞こえてこないが、早朝に生徒会室にいる人なんて限られている。

 ユマちゃんの顔を見ると、彼女も私にどうしようかという目を向けて来ていたので、私が先に行くことにして、こそこそするような立場でもないため、頷いた私は堂々と部屋の中に入っていく。

「おはようございま――――す」

 部屋の中に入った私は、中の様子を見た途端に硬直する。そして、ろくに確認もせずに部屋の中に入ってしまったことを後悔した。
 一方で、その光景を見た瞬間、たった一つだけ私の中にあったモヤモヤが払拭される。

「ん? ああ、おはよう」
「今日も早いのね~」

 部屋の中にいたのは、現生徒会長である中条美咲先輩と、現副会長であった。二人とも何でもない顔で挨拶をしてくる。
 私は、曖昧に微笑みながら「えっと、どうして先輩たちはここに……?」と訊いてみる。

「忘れ物だよ」
「バトンタッチに来たんでしょ?」

 どっちでもないことを理解していた私は「そうですか」とだけ言うと、二人の先輩は「お邪魔したね」と言って、部屋を出て行こうとする。それを私は何も言わずに、ただ、中条先輩の顔だけを見ていた。

「これも伝統――次は、君の番だね」

 すれ違いざまに、言われた言葉で私は確信する。この人たちは、私たちが来るのを待っていたことを。私が、先輩の手のひらで踊らされていたことを。

 部屋を出た先輩は今まで見たことのない優しげな顔でユマちゃんに微笑みかけていた。よくわかっていないユマちゃんの返した笑みは曖昧なものだった。
 先輩の背中を見た私は、もう一度、生徒会室の中心。先ほど彼女たちがいた場所に目を向ける。

 私がこの部屋に入ってきたときに見てしまったもの、それは二人の抱き合う姿だったのだ。

「えっと、なんであの人たちはここにいたの?」
「さあ、なぜでしょうね」

 生徒会室の中に入った私は、部屋の奥に入り、一番奥の受け継いだ席へと座って、後ろにある窓から雲一つない空を眺めながら、「ユマちゃん」と呼ぶ。するとすぐに「なに、メイ?」と返事が返ってくる。
 私は、いたずらっぽい笑みを浮かべながら向き直り、

「私、来年誰かに告白すると思います」
「え? なに、私もう振られるの?」
「違うよ、私が愛するのは生涯でユマちゃんだけだって決めるもん」

 疑問符を浮かべているユマちゃんを見て、私は笑いで返す。もう少しすれば彼女も知ることになるだろう。

「ユマ、ちゃん!」

 私は、最愛の恋人に飛び付く。
 背丈はあまり変わらないのだが、それでもユマちゃんは、ちゃんと受け止めてくれた。

「……ずっと、一緒にいてください」
「なら、私から離れないでよ」

 うん、と頷いた私は自分が思っている以上に泣き虫だったらしく、目から涙が出ていた。ユマちゃんの指が私の涙をぬぐってくれる。そして、そのまま小さな手が私の頬を撫でる。

 私がゆっくりと目を閉じると、そっと口づけされる。

 私たちはどちらも女の子。だから、いつか大きな障害を迎えるだろう。このまま、幸せで、平和な日常が一生続くはずがないのはわかっている。ようやく叶えたこの恋は、絶対に手放したくなかった。

 でも、この幸せすぎる瞬間だけは、先の事など忘れさせてほしい。

 部活だろうか、そろそろ普通に登校時間かもしれない。
 遠くで少女たちの声が聞こえてくる。

「絶対に、離さないから」

 私は、もう一度、大切な人を抱きしめ、彼女が私の腕の中にいるのを確かに感じる。すると、彼女の方からも私の体を抱きしめてくれた。
 ようやく手に入れることができたこの温もりに包まれ、私は間違ってなどいなかったと強く感じる。

 きつく抱きしめられるその感覚はこの世界が決して夢なんかではないという証拠だ。

 貴女がここにいる。

 今はただ、それだけで十分だった。


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