一途な百合心

ノベルバユーザー172952

ユマの自覚

 
 私、相馬ユマにとって、幼馴染の秋空メイは憧れの存在であった。

 メイは私の近所に住む同い年の女の子で、その関係は幼稚園時代から始まっていた。
 私とは違って可愛くて、勉強もできて、言葉遣いがきれいで、言いたいことははっきりと言える。非の打ちどころのないと言っても過言ではなかった。中学校でのメイは教師生徒たちから天才と呼ばれ、いつも成績は一番だった。周りからはもてはやされるが、それを彼女はいつも静かに謙虚に受け止め、決して誇示することはなく、どこまでも人に好かれる女の子。

 一方私はと言うと、成績は並み、外見も綺麗とは言えない、何をやっても要領が悪くて、人間関係も下手、何一つと言ってうまくいかない、ダメ人間。
 そんな女なのでいつも一緒にいるメイとは、周りからよく比較されていた。

 彼女との差はわかりきっていることなのに、当たり前のことを言われているだけなのに、自分がとても惨めに思えてしまい、自分が嫌になる。心の狭い私は、そのたびにいつも隣にいるメイに嫉妬するしかなかった。
 それでもメイを一度たりとも嫌いだと思ったことがないのは、彼女の誰とでも仲良くできる性格のせいか、逆に私の傍にいるときだけの私以外は誰もしらない顔を見せてくれていたからか、はたまた、お節介なことに彼女が私をいつも気にかけてくれたからか。何はともあれ、私はメイのことを唯一無二の親友だと思っていた。

 憧れと劣等感に苛まれながら中学校生活を終えて、二年後の今日、私はそんな才色兼備の幼馴染とは、あまり話さなくなっていた。いや、話す機会が減ったと言った方が正しいか。

 高校になってクラスが変わったということもあるが、それ以上に、私とメイの周りにいるグループ内の女子の雰囲気があまりにも対極的だったことが大きい。
 女という生き物は、一度グループに所属してしまえば最後、他のグループへは行けないものなのだ。周りとの折り合いをつける意味では、このルールには逆らってはいけない。女同士の連帯感から外れれば最後、悲惨な学校生活が待っている。

 もちろん、悪い子ばかりではないし、私の周りにいる人たちも言うほど悪いやつではないのだが、少なくとも気にくわない子がいると本人の前でニコニコとしているのに、その場からその子のいなくなると、途端に悪口が飛び交っていた。
 自分もまた誰かに悪く言われているかもしれないことに怯えにも似た感情を持ちながら、私はニコニコと周りに同意するしかなかった。ただ、幸いなことに敵を作らない彼女の性格の恩恵かメイの話は一度も出なかった。

 一方で、メイの周りにいる女の子たちはと言うと、おしとやかと言うか、好戦的でないと言うか、穏やかと言うか、悪い意味で言えば能天気というか、とにかく、私の周りとは少し世界が違うように思える女の子たちの集団だった。内面的にも外面的にも可愛い女の子たちが多く、それが逆に、違うクラスだというのに、私の周りからは妬みの対象になっていたりする。

 その中心でもメイは、ひときわ輝いており、次期生徒会長の席に決まっているせいか、元々その美しさが抜けているせいか、学年で、いや、学校で一番の偶像となっていて、もはや私の手の届かない存在になってしまっている。
 小、中学校の時と比べるまでもなく一緒にいる時間が減り、廊下ですれ違った時は変わらない笑顔で挨拶こそしてくれるが、私が会話の種を見つけようとしている間に、いつも他の女の子によって阻まれてしまう。そのとき、いつも私は以前彼女が隣にいたときには感じなかった別の嫉妬心が生まれるのを感じるのだった。

 高校になってからも、かろうじて家が近いので下校は一緒だったものの、彼女が次期生徒会長に決まってからは忙しいらしく、ついにその唯一の共有時間すらもなくなってしまった。だから、まともな会話はというと、もう何週間もしていない。

 しばらく会っていないと、その顔を見たくなり、声が聴きたくなるのは何かの病気だろうか。
 会える時間が減るほどに私は昔よりもメイのことを考える時間が多くなった。すでに彼女に対する嫉妬の炎や熱いまでの憧れは鎮火しており。いつの間にか新たに芽生えていた得体のしれない感情だけが渦巻く。

 相談できる友達など、私の周りにまとわりつく薄い友情の中にあるはずもなく、周りに人がいないときだけ、ため息をつきながら虚空を見つめ、無意識にどうしたらメイを独り占めできるのかを考えるようになっていた。

 しかし、怠惰で愚図で、そして、勇気が欠片もない私は、下手なことをしてメイに拒絶されることが怖くて、結局何もできない。
 一人で帰る道を歩きながら、隣にいたメイのゆるふわな笑顔と、幼馴染と二人でいるときしか見せない少し幼い態度、傍に確かにあった体温を思い出し、切なく思うのであった。



 ある日のお昼休み、ある程度グループで集まってどうでもいいような話に周りが花を咲かせているとき、私はと言うと相槌だけをうちながら、無意識に廊下を右往左往するメイを目で追っていた。
 いつもは隣の教室から出ることがないのに、今日は生徒会の仕事だろうか。そんなことを思いながら箸を使う手も止めたまま、私は教室の端から廊下を見ていた。

 メイの隣には現生徒会長の姿があった。仕事なのだから仕方がないと思いつつも、その位置にいるべきはお前じゃないと言いたくなる衝動に駆られる一方で、間違っているのは現会長ではなく、ずっと見ているばかりの私である。
 この行動はもしかしなくてもストーカーなのではと軽く自己嫌悪に陥っていると、突然、隣からびっくりする言葉が飛んでくる。

「ユマってさ、やっぱり秋空メイが好きなんでしょ」
「は? 何でよ?」
「嘘つかなくてもバレバレ、いっつもあいつのこと見てるしさ、あいつのグループの話になると口数減るし」
「それは、まあ、幼馴染だし。嫌いじゃないけどさ……」

 違う違うそういう話じゃない、と隣の女子、前園由紀子は首を振ってから。私に箸を突き付けて、まるで探偵が犯人を指摘する瞬間のように言う。

「ズバリ、それは『恋』だね」

 由紀子の指摘に一気に私の周りにいた6人がふー、と色めき立つが、その中で一番驚いていたのは私自身だった。
 当然、昔から一緒にいる幼馴染みの、しかも女の子に対して恋しているなんて考えたこともなかったのだ。
 しかし、恋だと考えた途端に、自分の今まで持っていた言葉にならない感情のパズルのピースが合致したような気がした。

「でも、私とメイは女の子同士だし。ありえなくない?」
「いやいや、ユマの出してる乙女オーラは恋する乙女以外の何物でもないね。私の直感がそう言っている」

 そんなオーラを出しているつもりはないが……。
 馬鹿じゃないの、と笑いながら否定しながらも、なぜか私の顔の熱が引くことはない。そんな私の表情を見てから、周りはさらに騒ぎ立てる。どうやら、これは昼休み中に収まりそうになかった。
 そのまま質問攻めに合うのだろうと、予想していた私に、思わぬ助け舟が(いや、『煽り船』と言った方が良いか)が到着する。

「相馬さん、会長が呼んでいますよ」

 グッドかバッドか、エクセレントか、タイミングでまさかのメイが私をご指名。周りにいた女の子たちへ否定することに精一杯だった私は、その報告に対してすぐに対応できなかった。そしてやはり、周りははやし立ててくる。きっと、状況が同じならば自分も同じことをするだろうと思った私はついに否定することも諦めたのだが、すぐに席を立つことはしなかった。

 メイに恋しているなどと言われたばかりであった私は、自分でもわかるほどに顔が赤かったし、正直、彼女に会いたくはなかった。
 何度も何度も深呼吸をした私は、由紀子に「行ってきなよ」と言われてようやく立ち上がって、廊下で待っているメイの元へと行く。

 カールのかかった色の薄い長い髪の毛に、そのままで芸術品となりえると思える白い肌、きちんと凹凸のある女性らしい体に、今だけは私だけを見ている水晶のような目。
 相変わらずうちの幼馴染がハイスペックだと思う反面、いつもの三倍以上に可愛く見えてしまい、一瞬で、体温が上がって、心臓の音が耳元で聞こえ始める。

 メイの隣には背の高い現会長の姿があった。確か名前は中条美咲だったか。メイの傍にいるというだけで軽い嫉妬があったが、目が合ってしまったので、軽く会釈だけしておく。

「えーと、何の用?」

 ふり絞った言葉が、少し突っぱねるような声で出てしまう自分をどうしようもなく不器用な人間だと思っていると、

「お願いします、相馬ユマさん。副会長になってください」
「……話が飛びすぎてよくわかんないんだけど」

 確かにこの学校の制度だと、生徒会長が全ての役員を決めることになっている。ただ、私の記憶によれば、役員になるのは、会長の選挙に出ていた人だとか、級長をやっていた人にしか声がかからないはずだが。

 メイは、他の役員は決まったのだが、今期の副会長がなかなか決まらなくて、親友である私を頼ったという旨のことを説明してきた。
 その説明を聞いた私は、頼ってくれたことを嬉しく思う一方で、決まり事とはいえ、まるで私が余り物のようなメイの言い方が気に食わなかった。
 どうして真っ先に私にその話を持ってきてくれなかったのと聞き返そうになって、止める。今、私の目の前にいるのは次期生徒会長の秋空メイであり、私の幼馴染ではなかったからだ。

「ちょっとだけ考えさせて」
「わかり、ました」

 歯切れ悪くそう言ったメイの声は、私が二つ返事で了解すると思ったのだろう、少し沈んでいた。その姿を見て、私はなんとなく罪悪感にかられた。
 中条先輩が冷たい眼を私に浴びせてくる中、表情のない顔で再び向き直ったメイは、

「では、また来ます」



『相馬ユマとかいう女がみんなの憧れ秋空メイを振った』

 それは放課後、帰宅部である私が自身の席で教科書類をカバンに詰め込んでいるときに、偶然、聞こえてきた噂であった。耳に入ってきた瞬間、自身の耳を疑った。海外留学を経験しているだとか、謀イケメン俳優と交流があるだとか、普通に考えればありえない人気者の会長の盛りに盛られた話などはよく聞くことなのだが、当事者となると、あまりいい気はしない。噂の中心にいるメイは一体どんな気持ちなのだろうと思う。

 事実は昼休みに、メイとは一度だけほんの少し話しただけで、確かに副会長の話を了承しなかったがあくまで『保留』であったはずだ。それが副会長の話は何処かへ行ってしまって『告白したこと』に、しかも私が振ったみたいな話になっているのだから驚きだ。
 高校に入ってからできるだけ噂になるようなことをしないように不器用ながらも地味に生きてきた私にとっては噂の出所など知ったことではないが、迷惑な話だった。

 私のグループの子たちは皆各々部活をやっており、放課後私は一人になる。今まではメイと二人きりになれる唯一の時間だったので楽しみにしていた時間であったが、今はメイがいないので、好きでも嫌いでもなかった放課後になっていた。しかし、この瞬間ばかりは、学校内では変な噂のせいで視線が突き刺さってくるこの状況を一刻も早く振り切れる帰宅部は最高だと思う。
 ただ、私の家はここから徒歩10分ほど歩き、20分ほど電車に乗り、更に15分ほど歩かなければつかない。電車を降りてしまえばこちらのものだが、学校から駅まで、そして、電車の中では同じ学校の女の子たちが必ずいるわけで。

 つい先日、帰宅部の女の子たちの中で、『秋空メイファンクラブ』なるものが密かに結成されていることを知ったばかりなので、絡まれないかどうかを心配しながら、面倒な人たちが到着してきてしまう前にさっさと小走りで帰ってしまおうと、カバンを持った私が教室を出たときである。

「一緒に帰りましょう、ユマさん」
「えっと……それ、本気で言ってる?」
「はい、もちろんです」

 教室の前で花のような笑顔を作って待っていたのは、なんと秋空メイであった。噂の中心が現れるとは思っても見なかった私は驚くと同時に、なんだか少し安心してしまった。
 短期間にこれだけ噂が広まっているのだ、彼女の耳に届いていないはずがない。それでも、メイは普段と変わらない笑顔を向けてくる。そんな彼女に逆らえるはずもなく、「わかった」と返事する。

 私とメイが二人で並んで歩き始めると、さっきまでとは比較にならない数の視線が集まってきて、さらに至る所でひそひそと私の耳には聞こえない程度の声で話す姿があった。中学生時にメイの隣にいて注目を浴びるのは慣れた気がしていたが、そんなことはなく、どうも落ち着かなかない。周りを気にしながら歩く私とは対照的に、隣を歩くメイは堂々としていて、カッコいいと思った。

 玄関で靴を履き替え、校門を出る。学校の敷地内にいない、たったそれだけのことなのに、張り詰めていたものが解けたような気がした。
 そして、安堵した次の瞬間には私の心はまた別の意味で、緊張することになってしまう。

「やっと、解放されたね。ユマちゃん!」
「メイ、まだ学校出たばかりだけど?」
「いいのいいの、あんまり見てる人いないし」

 そう言ったメイはまるで飼い主になついた猫のように私に腕を絡めて寄りかかってくる。一応言っておくが、これは秋空メイ本人で、別に二重人格とかそういう病気なわけではなかった。
 普段のキリッとした表情のメイとはまるで別人だが、私にとって幼馴染の秋空メイはこちらの方だった。メイが私にだけ見せてくれる、学校内で唯一私だけが知っている面。

「ねえ、ユマちゃん」
「なに?」
「私って、ユマちゃんに振られちゃったの?」
「じゃあ、メイは私に振られた記憶はある?」

 フルフルと首を振るメイ。頭を振るたびに当たる髪の毛がくすぐったい。密着度が高いため、心臓の音で私に気持ちがバレないか心配していると、綺麗な瞳が私の目をのぞき込んできた。

「なら、私の事、好き?」
「……うん、もちろん好きだよ」
「えへへ、私も」

 小さい頃から二人になるとメイは同じことを、つまり自分のことが好きかどうかを私に訊ねてくる。そのたびに私は、いつも同じ答えを言ってきた。
 一瞬、間をあけながらも、いつもと変わらない答えを私は言ったはずだった。

 でも、今日の『好き』はきっと、メイの求めているものではなかっただろう。

 そしてメイが私に言う『好き』は私の欲しているものではない。私にとって一番大切なものは今触れているのに、何故かとてもつらかった。
 私の気持ちなど知らないメイは、ギュッ、私の腕をつかむ。周りの目などお構いなしだ。

「ユマちゃん……私たちさ、いつまでこうしていられるのかな」
「どっちかに彼氏ができるまでじゃないの?」

 そっか、と少し残念そうに言うメイ。その切なそうな顔を一瞬浮かべた彼女を見て、私は彼女がどうしてそんな顔をするのか聞きたくなった。まるで、いつまでもこうしていたいと言っているように思えたからだ。
 でも、下手に自分の気持ちを伝えて、この関係を崩したくない臆病な私は、それ以上踏み込むことはしない。

 だが、現実的に考えると、将来メイにはカッコいい旦那ができてしまうだろう。
 その時、きっと私は彼女の傍にはいられない。メイが嫁げば幼馴染として、近くにいることもなくなる。
 私の知らない誰かとメイが笑っているのを想像しただけで、私は死にたくなった。

(だから、今、この瞬間だけは……)

 私はべったりと腕を組んだまま歩く幼馴染の方を見る。いつもと変わらぬ、綺麗な横顔がそこにはある。

 今だけは、私だけの秋空メイってことでいいよね?

 いつか訪れるだろう未来に怯えながらも、今の私は、久しぶりに幼馴染との下校を純粋に楽しむことにしたのであった。



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