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75話 ヤバい箱

 75話 ヤバい箱


 台座に置かれた『ソレ』は、カンオケに近い形状をしている大きな箱。
 漆黒の鎖に縛られており、時々、ドクンと脈を打っている。
 常時、禍々しいオーラに包まれており、見る者全てを不快にさせる。




 その箱は、エレガが向けた右手から、オーラを奪い取る。
 エレガから放出されたエネルギーが空間をたゆたって、箱に流れ込んでいく。
 そして、邪悪なオーラと繋がって、混ざり合い、


「ぅ……ぅ……」


 酷く、傲慢に、遠慮なく、不躾に奪われている――とハッキリ分かる。
 痛みをともなうが、エレガはグっと歯をくいしばる。
 箱を抑え込むと同時に、エレガも抑え込まれている。
 穢れていくのが、蝕まれていくのが理解できる。






「はぁ……はぁ……はぁ……おさえるのも、そろそろ限界……箱が開く日は、もうすぐそこまできてる……正直、恐いよ……」






 時折、カタカタっと動く不気味な箱。
 ほとばしるような、邪悪極まりないそのオーラ。
 エレガが手をかざすことで、少しだけおさまる。
 ゆっくりと、静かに。


 エレガが命を削ることで、少しだけ鎮まる謎の箱。


 どれだけの命や魔力を注いでも、一時的に黙らせることしかできない我儘な箱。
 何をしても、どうあがいても、これの完全な封印は出来なかった。


 ゆえに、今日も、こうして、エレガの命は削られる。


「こわい……ぃや……」


 箱を見ているだけで、恐怖が込み上げてきて、エレガの目から、ポロッと涙がこぼれた。
 エレガは、この箱が心底から嫌いだった。
 本当だったら近づくのもイヤ。
 しかし、エレガ以外では抑えられないゆえ、エレガがやるしかない。




 ――遥か太古から存在する謎の箱。
 この箱の中には、『全てを滅ぼす魔』が潜んでいるという。
 詳細は一切不明。
 ただ、『とんでもない魔が潜んでいます』という抽象的で不吉な神話だけが、えんえんと伝えられてきただけ。
 何が封印されているのか、誰が封印したのか。
 何も分からない。


 しかし、エレガには、その伝説が『事実だ』と理解できた。
 別にエレガが特別なのではない。
 この箱を見た者は、誰でも、瞬時に『箱の中の魔が世界を滅ぼす』と理解する。


 ――この中には、とてつもない存在がいる。
 ――ぜったい、外に出してはいけない。


 この気味の悪い箱を見ると、誰でも、それが瞬時に理解できる。
 何が入っているかは分からない。
 しかし、『恐ろしい何かが入っている』という事だけは誰でも瞬時に分かるという謎。


 なぜ『分かる』のかが分かった者は歴史上一人もいない。
 だから、そこは、もう、どうでもいい。
 大事なのは、この箱から出てくる魔をどうにかしないと、世界が滅びるということ。
 それだけ。




「だ、大丈夫……ぁ、あたしには、みんながいるもん。何が出てきても……ぜったい負けない」




 ギュっと、強く、ヌイグルミを抱きしめながら、箱を睨みつけ、




「この世界は……あたしが守るんだもん」




 覚悟の灯った声で、そうつぶやいた。


 遥か太古から、ずっと、この世界を守り続けてきた天帝エレガ・プラネタ。
 命も時間も心も、全てを費やして、この脆弱な世界を守り続けてきた神。


 エレガは守ってきた。
 ずっと、ずっと、
 完璧な世界を目指して頑張ってきた。


 愚かな人類は、いつだって過ちを犯し続ける。
 何度も何度も自滅して、尊い命を無駄にする。




 エレガは、そんな愚かな生命を守るために、
 身を粉にして働いてきた。




 エレガは完全な存在ではない。
 というか、実際のところは、神ですらない。
 まだ、エレガの神種は芽吹いてすらいない。
 ただ、『他の者より強い存在値を持って生まれてきただけの人間』でしかない。


 五神も、みな、人間や魔人の突然変異でしかない。


 勇者やラムドやリーンのように、特別な才能を持って生まれ、研鑽の果てに不死のスペシャルを得て、より高次の存在になろうと死にものぐるいで努力を積んで、
 だから、当り前のように、神として崇められるようになった者達。
 その生き残り。


 そういう連中が、たくさんいた時期もあるし、一人や二人になった時期もある。


 そして、今は六人。
 それだけの話。





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