【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

土地を買いましょう




 目の前にハイヤーが停まる。

 すぐに乗り込むと――、ハイヤーの運転手である相原が「山岸様、どちらまで行かれますか?」と目的地を訪ねてきた。
 腕時計で時間を確認すると午後2時。

「銀行までお願いできますか?」
「かしこまりました。近くですと、千葉興業銀行になりますが――」
「少し離れてもいいので、千葉信用銀行でお願いします」
「それでは桜木まで戻った方がいいですね」
「桜木支店ですか……、そうですね」

 相原の言葉に同意する。
 
 ――千葉信用銀行 桜木支店に到着したのは午後3時近く。
 いそいで、いくら引き下ろすのかを記入し窓口へともっていき――。

「山岸様、封筒に入れますか?」
「はい。お願いします」

 さすが1000万円。
 一つの封筒では入りきらず、渡された封筒は5つ。
 全てをカバンの中に入れると銀行から出て車まで戻り車に乗り込む。

「間に合いましたか?」
「はい。おかげ様で――、それではアパートまでお願いできますか?」
「分かりました」

 車は、すぐに走り出すと幾つか交差点を超えたところで赤信号に捕まる。

「山岸様」
「何でしょうか?」
「そういえば、先ほど社長から山岸様に話をしたいことがあると」
「話をしたいこと?」
「はい。詳しくは教えてはもらっていないのですが……」

 ふむ――。
 千城台交通社長の富田が俺に話をしたいことか……。
 ハイヤーの事もあるからな。
 早めに話をつけにいくのがいいか。
 どうせ、江原と約束した時間まで猶予はあるからな。

「わかりました。すぐに千城台交通までお願いできますか?」
「はい」

 信号が青に変わり、車は公道を走り続ける。
 流れていく街並みを見ていると、千城台交通が目に入ってきた。

 千城台交通の敷地内に、車が入ったところで。

「山岸様、到着しました」

 無言でうなずいたあと車から降り千城台交通の1階事務所に向かう。
 入口のドアを開けて中に入ったところで「少々お待ちください」と事務員が慌てて2階へと上がっていく。
 おそらく社長室に行くのだろう。
 
 それにしても手際がいいな。
 どうやら、相原が事前に電話を入れていたようだ。

 すぐに2階から、千城台交通の社長である富田(とみた) 源六(げんろく)が、降りてくる。

「山岸様、お待ちしておりました」
「何のご用件でしょうか?」
「詳しい話は社長室で」
「分かりました」

 何やら重要な話のようだな。
 問題は、それが何かだが……。

 以前に、富田と商談をした社長室へ通される。
 すぐに事務員の女性が二人分のコーヒーを持ってきてテーブルの上に置いて部屋から出ていく。
 コーヒーを一啜りしたところで――。

「山岸様、このたびは千城台自治会に入られると伺いました」
「自治会? 何のことでしょうか?」

 俺は、自治会に入る手続きも何もしていない。
 そもそも、ここの――、千城台の自治会には土地を持っている者しか加入することが出来ない決まりになってたはずだ。

「山岸様がメゾン杵柄を購入されたことは知っています」
「購入? 何の話だ?」

 ――そんな話、一切知らないぞ?
 そもそもメゾン杵柄は、権利を自衛隊から杵柄に戻すことになっていたはずだ。
 
「ご存知ではない? 私の昔の学友が千城台アパマルショップの社長をしておりまして――、アパートの権利が変わると昼に言っていたのですよ。それで、それが山岸という姓になると伺っていたもので……」

 なるほど……。
 つまり、自衛隊は意識がなく権利譲渡が難しい杵柄よりも俺に権利を譲渡しようとしているわけか。
 まったく余計な事を――。

 だが、これはある意味良かったのかもしれないな。
 桂木が杵柄の孫だとしたら、下手をしたらアパートを会社経営のために売られてしまうかも知れない。
 なら、このまま押し通すのがいいだろう。

「それで、話というのはそれで?」
「いえ、ここからが本題です。山岸さん、アパートの隣に取り壊し予定の一軒家であった廃屋があるのですが、土地を買いませんか? アパートが山岸さんの物になるのでしたら、となりの土地を購入しておけば何かと使えるのかと思いまして――」
「隣の土地……、20年くらい放置になっている、あの土地ですか?」
  
 20年も誰も買わない土地に価値はないと思うんだが……。

「そうなりますね。山岸さんから見れば何の価値もない土地だとは思います」

 そう思うなら――、何故に俺に勧めた……。

「これは、私からのアドバイスなんだがね。会社を経営している人間がアパート暮らしというのは信用されない。何故か分かるかね?」
「事業の担保たる物が無いということでしょうか?」
「違う、君なら取引相手が持ち家を持っている場合と持っていない場合、どちらを信用するかな?」
「なるほど……」

 言いたいことが何となく分かってきた。
 つまり――、俺が事業をするのなら持ち家を持つことで信用をある程度持てるようにしておけということか。
 たしかに、千葉都市モノレール公団は半官半民だった為に、かなり大きな組織だ。
 その組織と対等に交渉をするなら、箔付けは必要になってくる。

 これは、俺がM&Aを行い箔付けをしようとしていることに近い。

「分かりました。購入しましょう」
「ふう、よかったよ。君なら購入してくれると思っていたからね」
「ずいぶんと買い被ってもらっているようで恐縮ですね」
「いやいやー―、億馬券の山岸と言えばギャンブラーサイトでは知らない者がいないほどだよ」

 ギャンブラーサイトか……。
 こんど、大賢者が旅から戻ってきたら潰してもらおう。

「それでは、これを見てくれないかな?」

 テーブルの上に千城台の地図が広げられる。

「ここがメゾン杵柄で、右にある一軒家が杵柄氏の自宅。その反対側の左手にあるのが山岸さんに売りたい土地になる」
「なるほど……、土地坪は?」
「300坪ほどだね。まぁ全部を足せば1000坪になるんだけどね」
「1000坪? どういうことでしょうか?」

 俺の疑問を他所に地図の上を赤いペンを使い〇を書いていく富田。
 その箇所は、俺のアパートを中心にして10か所に及ぶ。
 
「一区画まるごとですか?」
「そうなる。もともと、空き家同然だったからね。子供や親族の方が年に数回、空気の入れ替えに来てただけなんだよ。だから、彼らも相続税などを考えると維持よりも売りたいというのが本音なんだよ。どうかな?」

 どうかな? と言われてもな……。
 一区画まるごとの購入になると、かなりのお金が必要になるはずだ。

「ちなみに、おいくらほどで?」
「即金なら3億円ほどだね。どうかな? 事業をするにあたって、箔をつけるならこのくらいあっても問題ないと思うけどね?」
「ふむ……」

 200億円が入金されるまで、どのくらいの時間が掛かるか分からない。
 そんな状態で、7億円の内の半分を使ってしまっていいものか――。

「山岸さん、土地を持っていれば銀行が融資をしてくれますよ? 購入しても、そのままマイナスになることはないですよ?」

 そのくらいは知っているが……。
 まぁ、最悪、中山競馬場に行って億馬券を出しまくればいいか。
 どうせ、競馬とか元締めが儲けているから良心の呵責なぞ、まったく感じないからな。

「わかりました。買わせてもらいましょう!」
「さすが、山岸さん。この富田が見込んだだけはありますね。それでは、さっそく関係者と不動産屋に掛け合って見ます。それと――」

 話の途中で富田が椅子から立ち上がる。
 そして部屋の窓に近寄るとブラインドを開けると、「山岸さん、ちょっといいですか?」と手招きしてきた。

「見てください、あれを――」
「あれは……、リムジンですか?」
「ええ――、クラウンだけですと、今後は色々と山岸さんからの要望に対応できないと思いましてリムジンをリースしました」
「リースですか……」

 まさか俺のためにそこまでするとは……。

「ええ、黒のリムジンなど商談で中々映えるとは思いませんか? 相原からワールドビジネスガーデン内に入っている会社にまで商談に行かれたと聞いておりましたので、手配して間違いないと私は確信しましたとも」
「そ、そうですか……」

 就職の面接とは言えないな……。
 しかし、リムジンか……、ネットとかテレビでは見た事があるが……、実際見ると迫力がある。

「次回からは、リムジンかクラウンを選択していただけます」
「分かりました……」

 富田の言葉に頷きながらも、一つ考えが浮かぶ。
 それは会社設立の方法についてだ。

「富田さん、少し相談に乗って頂きたいことがあるのですが――」
「何でしょうか?」

 



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