神様にツカれています。

こうやまみか

第一章 3

 自転車置き場で倒れた自転車を起こすという作業も、倒れた拍子にペダルやサドルが変なところに絡まってしまっているのでなかなか大変な作業だ。
 ただ、誠司には慣れた作業なので――と言っても自分の部屋は母親が呆れるほど散らかっている――公共の場所でだけは何だか見過ごせない性格だった。
「なかなか感心な若者だな」
 背後から重々しい感じの声が響いた。「あざーす」なんて軽い返答は出来なさそうな感じの。
 振り返ってみて、思わず後ずさってしまう。
 何しろ、サビエルハゲの長髪というか時代劇の落ち武者のような髪型に、薄っぺらい浴衣のようなモノを着ていて、しかも靴ではなくて草鞋わらじのようなモノを履いているという胡散臭さ満載の人(?)だったので。
「ええっと……。有難う御座います」
 今すぐこの場を離れたい。こんな妙な人と話したくない。今時のホームレス事情には詳しくないものの、精神のおかしいホームレスの人なのだろうか?
 一瞬でも早くこの場を立ち去りたいと思うのも普通の反応だろう。
 何か良い口実はないかと目を泳がせてしまうが、フト妙なことに気付いた。
 ランチを済ませた主婦風のグルーブ――しかも小さな子供連れ――は、誠司に話しかけている「おかしな」人の存在に気付いていない感じだった。それにそういうモノには敏感かつ素直に反応するお子ちゃま達も全くこちらに注目していない。
「自転車を立ててくれて本当に有難う。バイトの人ですか?」
 主婦の一人がそう声を掛けてくれた。人の良さそうな笑みを全開にして。
 この人達には「ヘンな人が見えていないのだろうか」と思ってしまう。
「あら、本当だわ……。有難うございます。助かりました」
 連れと思しき主婦は三歳くらいの女の子を抱いている。いかにも人畜無害そうな誠司を警戒しないのは当たり前と言えなくはないが、こんな怪しげな風体の人間には露骨な警戒をするのが母親としての本能ではないだろうか。
「いえ。こういうの気になってしまうだけで。このお店ではバイトをしていません。ただ通りかかっただけです。大学に遅刻決定だったので、遅刻をしたら講義は自動的に欠席扱いになってしまいます。
 それに講義を聞いてもサッパリ分からない経済学ですから、ま、いっかと思って」
 誠司が長々と喋っていたのは本当にこの女性達が怪し過ぎる男性を「敢えて」無視というか居ないモノ扱いしているのではないかと疑ったせいだった。

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