日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
98.人間なんてくだらないんだから
最高神の話を最後まで辛抱強く聞いたところ、別にどうということはなかった。
要するに自分の世界にやってきた異世界トリッパーを面白がって観察していたら、『巣立ちの翼亭』で料理無双を始めた俺にすっかりハマってしまったっていう、そういう話だ。なんでも客を装って俺の飯を食べにきたこともあったんだとか。
試しに一品渡してみたところ「本物! これがフェアチキ!!」とこっちが引くぐらい興奮してた。
どうも俺が世界を去った後も仕事をサボって、ずーっと動向を観続け、強くなっていくのを見守り続けていたらしい。
神に観察されるのは慣れっこだが、あそこまで前のめりだと背筋が凍りそうになるな。
自分の部下を排除したのも、連中が俺に対する害意を持っていたのが直接の原因らしい。ロウエスがやらかしたときも俺がどんなふうに自分の創った法の神をぶっ潰すのか、すごく楽しみにしていたんだとか。
ともあれ俺の直感がヤバイと囁き続けていたのに経験の方が無害認定していた理由もわかったので、胸のつかえは取れた。
「何が『汝が逆萩亮二か』だ。『この世界を破壊しないでくれ』だよ……まったく」
「でも、これでもう大丈夫なんでしょ?」
「まあな」
ミックスベリーパフェを美味しそうにパクつくイツナに頷き返す。
最高神リ・アーズは俺の要求を全面的に受け入れるどころか「こうした方が良い」といった感じのコンサルタント提案までしてきている。
この世界は……俺の第二の故郷ユスペリアは無事に俺のモノとなった。
そういうわけで、宇宙の移籍そのものは既に完了している。
切り取って貼り付ける作業は創世神の十八番みたいなものだからなのか、同意さえ取れれば意外と容易かった。
こうしてイツナと話している俺は代行分体であり、何もない宇宙に世界珠を手にした本体が誓約完了を待っているという状態。
そう、行くだけならいつでも次に行けるというのに……俺はまだ今の生活に耽溺していた。
世界珠をアイテムボックスに入れてしまえばユスペリアの時間を停めて保管できる。
代行分体を通じて好きなときにティナやシンジと過ごすことができるようになった以上、家族を置いていく心配なんてしないでいい。
それなのに俺は、何故。
「あなたー。追加で牡蠣ときのこのアヒージョお願い」
注文を取っていたティナがこちらに振り返る。
「おうよー。じゃな、イツナ」
「はーい。お仕事がんばってねー」
イツナに手を振り返して厨房に戻る。
あとは息子のシンジの「父親に会いたい」という願いを反故にするような代理誓約を立てれば終わり。
終わりなのだ。
客をさばき終えた俺は、裏手の丘でのんびり寝転がっていた。
首を傾ければ、たくさんのシーツが風で翻っているのが見える。
かつて幾度となく見た光景に、何故だか胸が熱くなってくる。
「サカハギ。ここだったか」
シアンヌが声をかけてくる。
てっきり襲ってくるかと思って気配をマークしてたのに、まったくそんな素振りは見えなかった。
「帰ったのか。どうだった?」
「他の異世界と同じだ。いつもどおりの人間の街だった」
シアンヌの口ぶりはつまらなそうというよりは、まるで拗ねているかのようだった。
「お前の言うとおりだ、サカハギ。どこもかしこもくだらない。この異世界も同じだった」
隣に腰を下ろしたシアンヌからは、かつてのような殺気を感じられない。
出会った頃のシアンヌは剥き身の刃のようだった。
父親の仇を取るためなら、どんなことでもするという決意に満ちていたのに。
「お前が暮らしていたという世界ならば、あるいは何かが違うのではないかと思ったのだがな……」
はたしてシアンヌは何を期待していたのだろうか。
空を仰ぎ見るその瞳の先に何を見ているのだろう。
「お前は変わったな、シアンヌ」
俺を愛するようになったから、などと自惚れる気にはなれない。
俺と共に数多の異世界を巡り、多くの敵との戦いを経たことで……魔王のひとり娘は俺の期待以上に強くなっているのだから。
見えるものが変わるのは、当然のことだろう。
「そういうお前は変わらないな、サカハギ」
そう呟いて俺を見下ろすシアンヌの微笑は、とても蠱惑的だった。
場所が場所じゃなければ、押し倒していたところである。
「お前は私の父親を殺したな」
「ああ、殺したな」
「そんなお前に、ひとつ聞きたいことがある」
すぅっ、と。
俺の胸に指を走らせながらシアンヌが悪戯を思いついたような口調で言う。
「私がお前の息子を殺したら、どうする?」
「お前を殺す」
何の迷いもなく答えると、シアンヌは満足そうに頷く。
「で……殺した後は、たぶん泣くかな」
さらっと漏らした俺の感想にシアンヌがピクリと反応した。
「ありがとな、シアンヌ。わざわざ励ましに来てくれて」
「なっ……何を馬鹿な事を言っているんだ、まったく! さっさと終わらせて次の異世界へ行かせろ。私は強敵と戦いたいんだ!!」
顔を真っ赤にしたシアンヌが異様なスピードで距離を取ったかと思うと、捨て台詞を吐いて去っていく。
「ったく、不器用な奴だ。いや、俺も人のことは言えないか」
そうだよな。
人間なんて、くだらない。
だから、うん。
そうだよな……。
「にーちゃ!」
「おじさん!」
仕事に戻ろうとする俺の前に、ステラちゃんとシンジが仲良く手を繋いで立ちはだかった。
「お兄さんだ。今から仕事だから後でなー」
「にーちゃ。逃げちゃだめ」
ふたりの横を通り過ぎようとすると、ステラちゃんに袖を掴まれ阻止される。
ステラちゃんが珍しく強い意志を湛えた瞳で見つめてきていた。
どんな敵の腕もすり抜ける自信はあるが……うーん、これは振りほどきにくい。
「ほら、シンジもがんばって」
「う、うん」
さらにステラちゃんがくいくいっと繋いでいたシンジの手を引っ張ってこちらに引き寄せる。
ステラちゃんがぱっと手を離したかと思うと、今度はシンジが俺を見上げてきた。
「おじさん。ぼくもせんしになって、ママのお手伝いができるようになりたい」
「お兄さんだ。なるほど、心がけは立派だけどな――」
息子の頼みを断ろうとしゃがんだところで、目が合う。
まっすぐな視線。逸らさずに見つめ返すだけで、多大な精神力を要した。
「おじさんは――」
「お兄さんだ」
「おじさんは、ぼくのパパなの?」
その問いは意外でもなんでもなかった。
いくら子供だからって、いや、子供だからこそか。
父親が立っていたという厨房で料理を作り、母親と談笑する男が現れたら、そりゃな……。
覚悟は決めている。
シアンヌのおかげで決めることができた。
「俺は――」
その答えをシンジに告げると同時。
俺の意識は本体へと戻された。
「逆萩亮二だな。ようやくか……」
一瞬の光の中を抜けると、暗い石造りの部屋が視界に飛び込んでくる。
禍々しい魔法陣の中心に立つ俺に向かって、ボロ布を纏った見知らぬ男が呟いた。
「家族の仇! 覚悟しろ、サカハギ!!」
「ごめん。ちょっと後で」
魔剣と思しき得物を片手に襲いかかろうとしてくる召喚者の動きを世界の時間ごと停止してから、俺は再び世界珠の代行分体へと意識を向ける。
すると、俺の体を揺するシンジが目に入った。
「パパ! パパーっ!」
「すまない。大丈夫だ」
俺を見上げるシンジの瞳はうるうると涙を湛えている。
「リョウ」
いつの間にか、ティナが迎えに来てくれていた。
信じられないものを見るかのように目を見開いている。
その隣で、イツナがこちらに向かってVサインをしていた。
ステラちゃんは、少し離れて微笑ましそうに。
シアンヌはいない。だけど、遠くに気配を感じる。
ああ……なるほど、そういうことだったのか。
ありがとう、みんな。
「おかえりなさい、あなた」
息子を抱き抱えた俺を見たティナが、大粒の涙を流しながら口元を覆う。
「ああ、ただいま」
こうして俺は、家族のもとに帰ることができたのだった。
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炙りサーモン
泣き泣き
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