日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

79.クズ召喚者が多すぎる

 この俺、逆萩亮二は誰かの願いによって召喚される。
 願いと言うと聞こえはいいが、何も綺麗事ばかりじゃない。
 というより、俺を召喚するヤツらの大半は人間のクズだ。



「貴様のように無礼な男が勇者であるはずがない! この者を殺せ!」
「毎度思うんだが……魔王に勝てないお前らが、どうして魔王を打倒する勇者に勝てると思えるんだ?」

 傲慢な王の勘違いを俺のやり方で正してやった。
 その後、どうなったかは知らない。



「願い……そんなもの、決まってる! 金だ! 借金さえなくなれば、俺は一発当ててやり直せるんだよ!」
「あっそ」

 強欲なギャンブル狂の男に闇カジノの場所を教えてから、一生遊んで暮らせるはずの財宝を渡してやった。
 その後、どうなったかは知らない。



「あの女さえいなくなれば、王子の心は私の物になるはず……身も心もズタボロのメチャクチャにしてやって!」
「じゃあ、そういうのに向いてる連中に引き合わせてやるよ」

 嫉妬に狂ったビッチを荒事が好きそうなチンピラどもに紹介してやった。
 その後、どうなったかは知らない。



「俺を裏切った、あの女が憎い! 不幸のどん底に叩き落してやる!」
「いいぜ、とっておきの舞台を用意してやる」

 憤怒に苛まれる男をニコポで洗脳されていた女の結婚式に乱入させ、願望を成就させてやった。
 その後、どうなったかは知らない。



「世界最高の美食! ワシが求めるのはそれだけじゃ! そのためなら何人死のうが構わん!」
「そうかそうか! じゃあ、いくらでも作ってやる! ほら、好きなだけ食え」

 飽食デブ貴族に食べるのをやめられなくなる呪いをかけて、たらふくフェアチキを食わせてやった。
 その後、どうなったかは知らない。



「あの美しい姫を俺の物にしたい。体の隅々まで征服してやりたいのだよ!」
「ああ、今から姫さんとやらはお前の物だよ。姫さんの体はな」

 色欲に塗れた変態野郎を盗賊どもの巣へ放り込んで、姫の姿に変身させた。
 その後、どうなったかは知らない。



「どうして俺ばっかり……こんな世界、なくなっちまえばいいんだ!」
「俺にいい考えがある。世界を変えるよりは手軽で簡単だ」

 怠惰を棚に上げたニート野郎をガフの部屋にリクルートしてやった。
 その後、どうなったかは知らない。



 クズ召喚者を相手にするときの方針は手っ取り早く、できるだけ気分がスカッとする方法で終わらせる。
 それだけだ。

 俺が普段そういった話を語らないのは他人に聞かせても後味が悪いだけだから。
 そういう意味で、今回俺を召喚したハゲ男も典型的な誓約者だった。

「あの店だ」

 爛々と輝く目で、ハゲ男がとある喫茶店を指差す。

「あのふざけた店さえなくなれば、客は必ず俺の店に戻ってくる……どんな手を使ってもかまわない。つぶしてくれ!」



 だから俺はライバル店とやらを偵察してから、ひとつの結論を携えてハゲ男の店へ戻った。
 ひっそりとした細い裏通りを抜けると蔦に覆われた建物が視界に入る。
 ボロボロの木製扉を引くと、ギシギシと不気味な音を立てて開いた。

「ど、どうだった? うまくやったか!?」

 俺が召喚された店内でハゲ男が期待に胸を膨らませた様子で聞いてくる。

「ああ、ランチもデザートも美味かったよ」
「料理の味を聞いているんじゃない!」

 バン、とハゲ男がカウンターを乱暴に叩くと埃が舞った。
 怒りのあまり目が充血し、ギリギリと歯を噛みしめている。
 それでも俺の心は冷え切ったまま、微塵も揺らがなかった。

「いいか、俺の店はこの街で一番美味い珈琲を出す店だったんだ!」

 本当かよと思いつつ、改めて店内を見回す。珈琲に詳しくはないが、抽出機やハンドミル、他の異世界でもなかなか見かけないような道具が揃っているようだ。男の珈琲への力の入れようは疑いようもない。
 しかし……。

「いくつか聞きたいことがある」
「なんだ!」
「あの店ができる前、ここは本当に繁盛してたのか?」

 俺の指摘にハゲ男が唖然として、口をぱくぱくさせた。

「お前……俺の珈琲を飲みもしてないのに!」
「飲まなくてもわかるさ」

 今さっき男が叩いたカウンターを嫁をいびる姑のように指でなぞる。

「この埃。ここ数日で溜まるような量じゃない。それに店内の散らかりよう。ちゃんと掃除してんのか? 古めかしい外装はまだいいとして、この殺風景な内装はいただけない。もっとアンティークを飾るとかして喫茶店としての体裁を整えないと、せっかくの珈琲もまずくなる」
「違う! 本物の味さえわかるなら、必ず客は来るんだ!」

 ああ、こいつもの類か……。
 要するに他が駄目でも一芸特化だから世界で通用するんだとかいう、特に日本人が好きそうな話だ。

「そういう話は製造業とかならともかく、接客業の場合は当たり前のことができて初めて通用するんだよ。客商売を舐めてんのか?」
「そんなことはない! 俺は世界中を旅して、最高の豆を見つけてきた。仕入れもできるように整えたし……」

 その後、ハゲ男は自分なりの考えとやらを語り始めた。
 自分は不器用かもしれないが、これだけ一生懸命やってるんだから必ずうまくいく。要するにそういう話である。

 馬鹿な男だ。
 努力するのは勝つための前提であって、勝たなきゃ何も始まらない。
 勝つためには勝利条件を知る必要があるのに、この男の照準は最初からブレている。
 「味や技術さえ素晴らしければ勝てる」という言い訳で自分の不首尾から目を背けているのだ。

 特にまずいのは珈琲の豆と作り方だけに情熱を注ぎ過ぎて、商売の本質がまるで見えていないことだろう。市場調査マーケティングも何もあったもんじゃなかった。隠れた名店に憧れたという理由で裏通りの目立たない場所に店を構えたというのだから本当に笑えない。
 足りない部分を補ってくれる実務パートナーでもいれば話は別だったろうが、この性格じゃ望み薄か。

「アンタ、飲食業に向いてないよ。珈琲を取り扱う業者か何かへの転職をおすすめするぜ」
「な、なんだと……」
「アンタの言う通り珈琲が本当にすべてを覆す反則的な美味さなら、ライバル店に関係なく客は戻って来るのかもしれない。でも、客層からして違うだろ。アンタがライバルだって言い張る、あの喫茶店はさ」

 薄々自分でも気づいていたのか、ハゲ男は項垂れるように黙り込んだ。
 結局、自分とは全く違うスタイルで売り出している店に人気が出たのを認めたくなかったのだろう。

「自分の手抜きを他所のせいにしてんじゃねぇよ」

 そう言い残し、店を出た。
 我ながら甘いとは思ったが、ハゲ男の珈琲に対する情熱だけは本物だと感じる。
 だから無駄だろうとは思いつつも、猶予を与えてしまったのだ。

 懇切丁寧にどうしろとは説明しない。
 こういうことは自分で間違いに気づかない限り、負け組のままだ。
 そして気づけなかった人間は生涯、地べたを這いつくばる。自分だけは違うと。ゴミ拾いをし、路上生活を続けつつ、いつかはと。ボロ布にくるまりながら、ありもしない夢想の中に生きるのだ。

 できれば次に来るときには清潔になった店内で男の珈琲を飲んでみたい。
 そんな気持ちがあったのも、嘘じゃなかった。
 だけど、いつもどおりに。
 俺のささやかな希望が叶うことはなかった。



 その日の夜、ハゲ男は人目を忍んで出かけた。
 そして、ある建物の前で木くずをばらまいて火を放ったのである。

「ひ、ひひひ! 燃えろ、燃えやがれ!」

 燃え上がる炎を眺めて狂気の笑みを浮かべるハゲ男。

「馬鹿野郎が……」

 俺が背後で呟くと、男が憎しみの籠った目で睨んできた。

「はん、今更来やがって! この役立たずが! 最初からこうすれば良かったんだ!」

 男の凶行内容は今更説明するまでもないだろう。
 ため息とともに、俺は男にかけてあった魔法を解いた。

「その目でもう一度よく見てみろ」
「え、な、なんで……俺の、店?」

 ライバル店に向かおうとしたら自分の店にたどり着き、その際に自分の店がライバル店だと錯覚するよう幻惑魔法を男にかけておいたのだ。
 つまり、ライバル店への攻撃は自分の店に跳ね返ってくるのである。

「やっぱりクズはクズなのか」

 ここ最近では一番長いため息が出た。

 別に子供騙しのまじないが男の改心の一助になるとは思ってはいなかった。
 たとえ因果応報の憂き目に遭ってもこの手の連中は恨み言しか吐かない。他人の痛みを想像できないまま大人になってしまっているから、是正は困難だ。
 それでもぶっちゃけ、せいぜい最初は嫌がらせの落書きとかをする程度だとタカを括っていた。
 まさかいきなり放火するとは。

「お、俺の店……駄目だ、あの中には器材と豆が!」

 事態を理解した男は一目散に燃え盛る店内へと飛び込んでいった。
 だが、もともとロクな整備もされずボロボロになっていた建物はガラガラと崩れていく。

 もちろん自業自得の男を助けるつもりはない。
 周囲に飛び火しないよう他の建物に耐火魔法だけかけておき、その場を去る。

「さて、どうするかな」

 何か適当な代理誓約を立てれば、この世界での誓約は終了である。
 もう次かと思うと終わって嬉しい反面、全身に疲れがどっと出てきた。
 立ちくらみがする。

「っと。そろそろ小休止入れたほうがいいな」

 邪神ハザード=ディストリウスを打倒してから、かれこれ84世界め。
 充分頑張ったし、そろそろ休んでもいいよね?



 あくる朝。
 男が勝手にライバルだと言い張っていた店の前に再びやってきていた。
 開店前だというのに既に行列ができていたので、素直に最後尾へと並ぶ。

 放火の危機にあった店舗を外側から改めてじっくりと観察してみる。
 大通りに面した建物の外装は奇を衒ったものではないが、あの男の店と違って清潔感があった。
 新築ではないものの、逆に古式ゆかしい雰囲気さえ感じさせる。

「やっぱり雲泥の差があるな」

 並んでいるのは、ほとんどが店員目当ての男達である。
 しかし入り口前に置いてあるメニュー表の装飾はかわいらしいデザインで、女性も入ってみたいと思わせる工夫をしてあった。
 大通りにできる行列は人目を引くし、話題性もある。 行列の中にはライバル店を偵察に来た業者もいるだろう。

 いいところは盗む。
 市場競争を勝ち抜く気があるなら当然の行動だ。
 パクれる程度の要素にオリジナルを名乗る資格はない。

 やがて開店の時間がやってくる。
 俺も少し待たされた後、店内へと招かれた。
 そして、店員が横一列にズラッと並んで俺を含む客たちを出迎える。





「「「おかえりなさいませ、ご主人様☆」」」





「うん、やっぱ路線違うよな!」

 猫耳メイドさんのふりふり揺れる尻尾を眺めながら、俺は案内されたテーブルに頬杖をつきつつ、ストローでキャラメルフロートを啜るのだった。

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  • 炙りサーモン

    すかっと

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