日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

37.勇者の舌が求めしもの

「いいですか、料理器具をすべて見直すんです! 王に具申して、最高級の職人が作ったものだけを大事に使うようにしなさい!」
「「「イエッサー!」」」
「料理の命は火です! 火力が弱ければ弱火で煮込むような料理しか作れないですが、火力があれば料理の幅が広がります! 竈の薪を絶やしてはなりませんよ!」
「「「イエッサー!」」」
「この城の井戸の水は臭くて不味いです! こんなんじゃ何を作ってもロクな料理はできませんよ。まずは全員、水浄化魔法を習得することを目標にしなさい!」
「「「イエッサー!」」」

 俺の指示で城の厨房は別世界に生まれ変わった。
 別に最新の家電や料理器具を導入したわけではない。
 この異世界で用意できる最高の調理環境を整備しただけだ。
 まあ、コンソールをちょっと使ったけどね。

「料理長、スープの味見をお願いします!」
「どぉれ……」

 料理人見習いが緊張気味に俺を大鍋の方に誘導する。
 これまで俺に何度もリテイクを出されているからか、かなりビビっているようだ。

 ぐつぐつと似込まれたスープからかぐわしい香りが漂っている。
 一口分掬い取り口に含んで風味を確かめた。

「よろしい、出汁もよく出てるし臭みもありません。これでいいですよ!」
「ありがとうございました!」

 料理人見習いは最敬礼をすると、火の番に戻った。

「この感じ、懐かしいな」

 厨房横の休憩室で椅子に腰かけ、テーブルに肘をついて頬杖をかく。

 誤解されているかもしれないので、ここではっきりさせておこう。
 俺が作れる料理は何も、フェアチキだけではない。
 そもそも異世界を彷徨うようになる前、日本にいたころの趣味が料理だったのだ。
 もちろん、プロを目指すような腕前ではない。
 ときどき暇つぶしにやってみる程度の、正直言って嗜みレベルだった。

 それがいつだったか。
 ある世界に呼び出されたときのこと。

「うちの店を立て直してください!」

 頭を下げる宿屋の娘と、そんな誓約を結ぶことになり。
 宿屋兼レストランの立て直しをすることになった。

 七難八苦がありつつもコックとして修業し、料理を極めていって。
 チートも剣も魔法もない戦場で戦い続けた。
 やがて自分が何者だったかすら忘れ、没頭していったのだ……。

「料理長! 料理長!」

 気づくと、ビゼットが俺の肩をゆすっていた。

「大丈夫ですか? 具合でも悪いんじゃあ」
「ん、ああ……すみません。少し昔を思い出してました」

 少し疲れたか?
 まあ、睡眠不要チートがあっても眠らなければ体力が回復するわけじゃないしな。
 そろそろ一度寝ておくか。

「それで、何か用ですか?」
「ええ。明日、三天星の勇者たちが戦場から帰還するらしいんですよ」

 おっと。
 そういやイツナとまったく会わないと思ったら、勇者たちは冒険に出かけていたのか。

「晩餐用の料理を用意することになったんですが、勇者たちの口に合う料理が俺たちに作れるかわからねぇんで。ここはひとつ、料理長が完全に仕切ってやってもらいてぇと」
「ああ、そういうことでしたか」

 確かに日本人は味にうるさいからな。
 俺が全部やった方が確実だ。

「よろしい、仕込みから私がやります。見て覚えるようにと全員に伝えなさい」
「へい!」

 さてさて。
 厨房を借りて材料無限のフェアチキ研究無双をするつもりだったのに。
 どうしてこんなことになってるんだろう?

 コピー済みの食材がアイテムボックスで大量に唸ってるし、もともと量産してあった素材も大量にあるから別にいいけど。
 しかしイツナがいるから、フェアチキを出すわけにはいかない。
 ここはひとつ……。

「若者ウケ1本狙いでいくか」

 献立を頭の中で組み立てると少しずれてたコック帽を整え直し、厨房へ戻った。



「真打は遅れてやってくる、とうっ! オレはレベル17になったぞ!」

 最後に意気揚々と食堂にジャンプで現れたのはチー坊だった。
 イツナもJKちゃんも既に席についていたのだが、チー坊の登場方法にあんぐり口を開けている。

「アタシ、まだ12なんだけど……」

 小声で言いにくそうに申告するJKちゃん。
 苦戦しているのだろうか。
 逆にイツナが元気いっぱいに報告する。

「レベル93になったよ!」
「なんでだよ! お前の方が高レベルだったのに、なんでオレらより上がってんだよ! おかしいだろ!」

 チー坊の反応が予想通り過ぎて好きだわー。
 両手の人差し指をチキチキ動かして抗議するチー坊に、イツナがあっけらかんと笑い返した。

「努力家っていう特殊能力のおかげで成長補正っていうのがあるんだって。だからじゃないかな」
「くそおおおおお!!」

 本気で悔しがって涙まで流すチー坊に、JKちゃんどころかイツナまでもが引いている。

 ああ、わかったわかった。
 お前にも「努力家」の特殊能力をやるよ。
 頑張ってそうだし100ぐらい。

 JKちゃんには能力の不遇も考えて300ほどプレゼントしよう。
 俺がレベルを強制的に上げてやってもいいけど、自力で強さを手に入れたほうが実感が違うし。

 ここで部屋の脇で控えていた俺を見つけてチー坊がニヤニヤしながら近づいてきた。

「お前はレベル1のままだろ? つーか、本当にコックなんてやってんのかよ! ハハハハ!」

 俺のコック帽を見て、腹を抱えて大笑いするチー坊。
 ああ、お前になら何言われても許せるわ。いつも俺に笑いをありがとう。
 チー坊に感謝を込めてにっこりと笑い返すと、何故かイツナが青ざめてブルブル震え出した。
 どうしたんだい? 俺はいつでもこうじゃないか、はははは。

 ちなみにジャボーン三世達には別室でフェアチキと特製スープ、シーザーサラダを楽しんでもらっているので此処にはいない。
 給仕の他で食堂にいるのは地球人だけだ。

「つか、いい加減、最前線だと保存食の干し肉ばっかりで飽き飽きしてたんですけどー?」
「日本で味わえない大味なんかも異世界の醍醐味だぞ」

 JKちゃんの不満から異世界メシをフォローするチー坊だが、城でうまいゴハンに有りつける事には素直に期待している顔だ。
 イツナもお腹をさすってるし、そろそろいいだろう。

「さあ、今夜の晩餐は特別です。腕によりをかけて作った逸品ですよ。いっぱいあるから、遠慮なく食べてくださいね」

 給仕が運んできた料理が全員の前に出される。
 皿に被せられたフタを取ると、そこには――

「……ハンバーガー?」

 イツナがきょとんとして呟いた。
 そう、勇者たちの前に並べられた料理はただのハンバーガーである。

「なにコレ、マジ有り得ないんですけど」
「ふざけんな、バカにしてるのかよ! 異世界に来てまでハンバーガー食えっていうのか!!」

 早速JKちゃんとチー坊が不満を垂れるが、これは予想どおり。

「まあ、そういわず。一口食べてみてください」
「じゃあ、いただきまーす」

 素直にいただきますしたのはイツナだけで、他ふたりは無言でハンバーガーを頬張った。
 しばらく咀嚼して飲み込んだ後、勇者たちが顔を見合わせる。
 フェアチキのように表情に劇的な変化があるわけでも、黄金の光を吐き出しながら「うまいぞー」と叫び出すわけでもない。

 だけど、ふたくちめを口にしたところで3人の視線が一斉に俺へ集まった。

「こ、この味……メックだよ、サカハギさん!」
「メックバーガーだぞ、これ!?」
「いや、ラクドでしょー!」

 ふむ、この反応。
 どうやらみんな俺のいた地球とは違う並行世界出身みたいだな。
 イツナとチー坊が同じで、JKちゃんだけ違うみたい。
 ちなみに俺が再現しようとした味は、俺の地球ではケミックバーガーと呼ばれるチェーン店のものだ。

「やべぇ……なんかいろいろ思い出してきた」

 ガツガツ食べ始めたチー坊が鼻水と涙を流し始める。
 それを見たJKちゃんがケラケラと笑った。

「ちょっとマジー? 泣くほどー? ありえなーい」

 とか言いながらも、JKちゃんが既にまるまる1個を平らげている。
 早っ。

「なんならセットでポテトとドリンクもいかがですか?」
「マジ!?」
「ちょーほしーんですけどー!」

 上々の反応ににっこりスマイルを返しながら、指をパチンと打ち鳴らした。
 運ばれてきたのは馬鈴薯ジャガイモで作った異世界風フライドポテト。

「たぶん、味は少し違います」

 フェアチキを作る調理器で揚げたから、色味や風味もオリジナルとは違ってはいる。
 それに加えて、異世界の果物を絞って作ったミックスジュース。
 味見はして臭みも癖もないし、みんなの反応を見る限りでも問題はなさそうだった。

「ううん、これもなかなかいけるしー!」
「異世界と地球の味が融合して……うん、ありだこれ」
「おかわりはこの世界の好きな具を挟んで食べていいですよ。合うのをチョイスしておきましたから」

 しばらく頷きながらポテトをパクついていたチー坊が、俺の方にやってきていきなり頭を下げた。

「すまん。レベル1だからってアンタをバカにして……オレが悪かったよ。これからもウマイ飯、期待してっから!」

 さわやかでいい笑顔だ。
 チー坊って普通にいいヤツだわコレ。
 素直に嬉しかったから努力家を200にしてあげようね。
 がんばるんだよ。

「ちなみにテイクアウトはしていきますか?」
「「お願いします!」」

 元気よく応える2人に、俺は満足して頷く。
 そう、そうなんだよ。この笑顔を見ちゃうとな。
 異世界を旅し続けることとか本気で馬鹿馬鹿しくなって、俺は前にもそれで……。

「なつかしー……そういえば、1個のハンバーガーを分け合ったりしたっけー」

 イツナだけはチマチマと、少しずつハンバーガーを食していた。

「みんな元気にしてるかなー」

 イツナの言うみんなというのが誰のことなのかは、俺にも察しがついた。
 そうだな、あいつらみんな元気にしてるといいよな。

 一仕事終えた充実感を胸に部屋を出ると、ビゼットが腕を組んで頷きながら俺を出迎えた。

「さすがですね」
「そんなことないですよ」

 謙遜でもなんでもなく、俺は首を横に振りながら廊下を歩いていく。
 追随しながらため息を吐くビゼットは、体格よりもずっと小さく見えた。

「報告では、宿屋や街で食べた料理についてもだいぶうるさかったとのことでしたので、心配しておりましたが。やはり料理長には彼らの好みがわかっていたんですな」

 まあ、そうだろうな。
 どうしたって異世界は中世ヨーロッパ風。
 現代育ちの舌の肥えた勇者たちを本当の意味で満足させる料理っていうのは、一部でしか食べられない。

「若い勇者の舌を簡単に唸らせるモノがあるんです。殘念ながらそれはほとんどの場合、彼らの故郷にしか存在しません。彼らが本当に求めているのは高価な宮廷料理でも、丹精込めて煮込んだスープでも、モンスターの希少部位を使った珍味でもないんです。若き勇者の魂が切望するものはただひとつ」
「それはいったい?」

 生唾を飲み込んで答えを切望するビゼットに、長年の経験と勘で導き出した結論を確信を込めて言い放つ。

「化学調味料です」

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