日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

29.漆黒たる由縁

 本選当日。
 予選とは打って変わって、観客席がごった返していた。
 まだ3年目だというのに随分人気があるんだな。

「わぁー! 今日は上の方に人がいっぱい!」

 選手の待機室から見上げる光景に、昨日と同じくテンションが高いイツナ。
 いつでも同じっていうのは、いろんな意味で安心するねぇ。

「あ、エイゼムさんがいる! おーい!」

 イツナが手を振る先にはエイゼムが疲れた様子で座っている。
 昨晩も俺の特訓を受けたので、ここに来るのもしんどかったはずだ。

「サカハギ。昨晩はあの男と夜通し何をしていたのだ?」

 お、シアンヌは気づいてたのか。

「まだ秘密」
「むっ!」

 唇に指を立ててみせると、シアンヌが目に見えて不機嫌になった。
 しかしルール3を覚えていたのか追求はして来ない。

「皆さーん! 大変長らくお待たせいたしました! これより、第3回魔戦大会本選を開催いたしますー!」

 かわいらしい女の子の声が会場中に響き渡る。
 会場の歓声がいきなり最高潮に達した。
 拡声魔法を使った実況。なるほど、こういうのもあるのか。

 俺たちは係員に連れられて、闘技場の通路を歩いていく。
 その中にはヒュラムやアマリアはいない。
 闘技場に出ると、一気に観客達の好奇の視線にさらされる。

「それでは選手の入場です! 本選に出場する選手は20名! 予選を勝ち抜いた16名のほかに、4名のシード選手が出場します! その中でも優勝候補筆頭として見られているのが王国宮廷魔術師にして、新魔法を開発した英雄……ヒュラム・スペイセル選手!」

 ああ、シード選手だから別の高い場所から出てくるのね。
 随分と特別扱いなんだな。
 まあ、自分を称賛してもらうために作ったステージなんだから当然か。

「開催に先立ちまして、エルレイエリフ=ストームガルド女王陛下よりお言葉がありますー」

 なんだと~?
 面倒くせぇな、とっとと始めろってんだ。

 貴賓席の集まるブロック。王族専用の観覧席で女王と思しき人物が立ち上がった。
 50を過ぎてそうなおばさんだったけど、表情から芯のある強さを感じさせる。
 きっと若いころは美人だったんだろうな。

 とはいえ演説は適当に聞き流す。

「――魔戦大会も今年で3回目を迎えました。出場選手の皆さんは……」

 耳を穿りながら聴いてた女王の声が突然止まる。
 何事かと思って女王を見ると、俺としっかり目が合った。

 あー?
 なんだよ、ガンつけて。
 喧嘩売ってんのか?

 と思ったら、視線をそらされた。

「……失礼。とにかく選手の皆さんは全力を出し切ってください」

 慌てて取り繕ったように演説を打ち切ると、バツが悪そうに女王は奥へ引っ込んだ。
 なんだったんだ?

「女王陛下、ありがとうございました! それではこれより、本選を開始いたしますー!!」

 会場が大きな歓声で包まれた。
 いよいよ魔戦大会の本選開始。
 いっちょ盛り上げてやりますか。



「ビアーズ選手の気絶を確認! 勝者、シアンヌ!」
「フン、当然の結果だ」

 うん、当然過ぎて試合見てなかったわ。

「圧倒的! 圧倒的スピードです! 私には何が起きたか全く見えませんでしたが、シアンヌ選手が勝利ー!」

 実況ちゃんエキサイトしてるな。
 試合が進み、イツナの番だ。

「リリスティア選手、気絶! 勝者! イツナ!」
「やったぁー!」

 やったね、すごいね。

「イツナ選手の雷魔法が炸裂して瞬殺ー! 予選では武器を使って戦っていたとのことですが、まさかの魔法使い~!? これは思わぬダークホースかー!?」

 魔法じゃないんだけどね。
 まあ、この異世界じゃ当然そう取られるよな。

「さて、俺か」
「サカハギさん、がんばって!」
「身の程を思い知らせてやれ」

 舞台に上がると、相手選手は既にいた。
 どうやらちょうど実況ちゃんによる紹介が終わったらしい。

「さて、サカハギ選手ですがこちらは剣星流の使い手です! 不慮の事故で出場を断念したエイゼム師範に代わって門下生の出場! 早速、剣対魔法の宿命の対決! 果たしてどんな戦いを見せてくれるのかー!?」

 落ち目とはいえ、なんだかんだ剣星流の人気は高いようだ。
 特に中年以降のおっさんは剣星流の幕を掲げてたり、とにかく声援がすごい。
 逆に魔法は若い子に人気って感じだね。イツナのときとは打って変わった冷めた目で見られてる。

 ちなみに俺の相手は実況ちゃんの言う通り魔法使い。
 ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべた初対面の男だ。

「ふん、ヒュラム様に逆らう愚か者め。剣星流など俺の魔法の敵ではないわ!」
「あ、そ」

 審判の人が俺たちの間に入って互いの準備を確認して、一歩下がる。
 一礼した後に互いに10歩離れて対峙した。
 杖を構える選手に対し、俺は刃の潰れた鉄の剣を構える。

「魔戦試合はじめ!」
「フォースケージ!」

 開始と同時、光輝く正方形が俺をとらえようとしてくる。

「ふははは、それは力場の檻だ! 剣はおろか、物理攻撃では絶対に破壊できんぞ!」
「そうなの?」
「……へ?」

 構築が遅すぎるから、レジスト待つのもアレだし普通に避けたよ。
 まあいいや、ほいっと。

「ぐへ」

 鉄剣の腹で頭をコツンとやると、魔法使いは気絶した。

「バーゼラ選手、気絶! 勝者サカハギ!」
「いったいこれは!? フォースケージが発動した瞬間、サカハギ選手がバーゼラ選手の背後に現れた!? これは、スピード……なんでしょうか? これだけの衆人環視の中、サカハギ選手が完全に消えていたように見えましたー!!」

 実況ちゃんが熱く語り、おっさんたちの声援を背に受けながら退場。
 待機室へ戻ると、いきなりシアンヌが詰め寄ってきた。

「サカハギ、今のはなんだ! 鑑定眼で見ていたが何のチートも魔法も発動していなかった。次元転移も光翼疾走も使わず、どうやって消えたのだ!」
「別に。剣星流の歩法だよ」

 俺に語る気がないのを察したか、シアンヌが質問を変える。

「ずっと気になっていた。何故お前が剣星流を使える?」
「エイゼムに習ったんだ。一応、剣星流として出るんだから模倣できるようにって」

 真っ赤な嘘である。
 しかし辻褄は合っているはずだ。

「サカハギさん、勝ったね! おめでとう!」

 さらに何かを聞きたげなシアンヌに割り込む形でイツナが駆け寄ってくる。
 それで話はうやむやとなった。



 第一試合がすべて終わって休憩になると、待機室に試合結果が張り出された。

 トーナメント形式の本選はAブロックとBブロックに分かれている。
 運良くというべきか、イツナとシアンヌがAブロック、俺はBブロックなので決勝までふたりと当たることはない。
 トーナメント表見る限り、イツナとシアンヌもAブロック準決勝まで戦うことはないようだ。

「どうやら、私は貴方と戦うことはできないようですね」

 考え事をしている最中に声をかけてきたのはアマリアだった。
 シード選手専用の部屋があるのに、わざわざこっちに来るとは暇なこって。

「そうだなー」
「貴方では……いえ、剣星流ではヒュラム様には勝てない」

 アマリアが両手を広げて陶酔しながら断言する。
 Aブロックのシード選手その1であるアマリアが俺と戦うことができるのは決勝戦。
 つまり、Bブロックシード選手であるヒュラムに俺が負けると言いたいのだろう。

「それ以前に、貴方の次の相手は王国近衛隊長。ヒュラム様が手を下すまでもありませんね」
「そーなのかー」

 どうやら、俺が次に当たるシード選手は王国近衛隊長らしい。
 俺のどーでもよさげな態度にアマリアの顔が曇る。

「それだけ? 強敵と戦うというのに、何か言うことはないのですか?」
「いや、相手が誰とかどうでもいいんだ。俺が優勝することはもう決まってるんだし、適当に愉しむだけだよ」

 アマリアが一瞬きょとんとしたかと思うと、突然笑い出した。

「貴方、案外面白いことを言うんですね! 道化にでも就職されたらどうですか?」
「いいね、考えておくよ」
「さて、そろそろ第二試合が始まりますので。これで失礼しますね」

 ゴキゲンに笑いながらアマリアは去っていった。
 あいつ、何がしたかったんだろう。

 というか、Aブロックで次の試合ってシアンヌじゃん。
 そうか、あのふたりの試合なのか。
 一応、見に行ってみよう。

「さあ、第二試合を開始していきましょう! まずはAブロックのシードのアマリア選手の入場です! 対するは第一試合でビアーズ選手を下した漆黒の美女……シアンヌ選手!」

 アマリアとシアンヌが颯爽と入場すると、会場が男どもの歓声で包まれた。

「図らずも絶世の美女同士の対決! 男性陣の声援が飛びまくっていますねー! 私も容姿とスタイルにはちょっと自信ありますけど、さすがに両選手には嫉妬すら沸きませーん!」

 実況ちゃん面白い子だなあ。
 彼氏いるかな。

 さて、シアンヌが負けるとは思わないけどアマリアちゃんの実力や如何に。
 ん、シアンヌが何か言ってるな。

「む、魔力波動がない? どういうことだ?」

 あ、ヤバイ。
 シアンヌに「シード選手の魔法使いとの戦いでは鑑定眼を使うな」って忠告するの忘れてた。
 まあ、なんとかなるかな?

「魔戦試合、始め!」

 試合開始の合図があっても、ふたりは動かなかった。
 おそらくシアンヌはアマリアの魔力波動の謎を警戒している。
 うーん、俺がアドバイスしてれば縮地で速攻を仕掛けただろうし、それで正解だったんだけど。

「来ないのですか? それではこちらからいきますよ。イリュージョナルエレメンツ!」
「何っ!?」

 アマリアが杖を掲げると、周囲に色とりどりの光弾が出現した。
 シアンヌの目が大きく見開かれる。

「出たー! アマリア選手のイリュージョナルエレメンツ~!!」

 実況ちゃんの叫びに観客どもが沸く。
 期待に応えるとばかりにアマリアは一礼すると、杖を振り下ろした。
 すると七色の光球が一斉にシアンヌに向かって飛来する。

「チッ!」

 ギリギリまでアマリアを観察していたシアンヌの初動が遅れた。
 ほとんど避けたけど、赤い弾を一発だけ腕に掠る。
 ジュゥっと焼けたように腫れ上がった。

「クッ! 魔力波動がなかったのに、いきなり噴出したかと思えば……」

 それはねシアンヌ、普段は魔力波動を抑えて蓄えているからだよ。
 そういう操作ができるヤツの魔力波動は普段、表面に現れないのさ。
 そして、一気に爆発させることで波動魔法の威力を上げるんだ。

「しかも、魔力波動の色が次々に変わる? 一体、どういう手品だ?」
「魔力波動? ああ、私のマジックオーラのことですか。そう、私は魔力の質を変えることですべての属性を操ることができるのです!」

 シアンヌの疑問に、アマリアが自らを誇るように胸を張る。
 そう、これも波動魔法のメリットのひとつ。
 魔力波動には生まれついての色があり、これがいわゆる属性とリンクしている。

 赤の魔力波動は火。
 青の魔力波動は水。
 黄の魔力波動は土。
 緑の魔力波動は風。

 こんなのは一部で、他にもたくさん系統があるのだ。
 普通に暮らす分にはほとんど関係ないけど、有能な鍛冶師なんかには火属性が多かったりとか、一種の傾向はある。
 だけど魔力波動をコントロールすることができれば、この色を……自分の属性を変えることができる。
 アマリアの場合、それを非常に速いスピードでやってのけているのだ。

「貴女の属性や弱点が何であろうと私には関係ありません。すべての属性による同時攻撃から逃れるすべはないのですから!」

 勝ち誇るアマリアとは対照的に、シアンヌはため息を吐いた。

「確かに、お前の言う通りだな。なんであろうと関係ない」

 お、シアンヌのやつ鑑定眼切ったな。

「それがあくまで『魔法』だというのなら、お前は私の敵ではない」

 気づいたか。
 相手に合わせる必要なんて、ないってことを。

「フッ、戯言を! さあ、一気に終わらせてあげましょう!!」

 アマリアが杖を振ると、再び七色光弾が出現した。
 しかも、さっきの倍以上の数。

「ここで再びイリュージョナルエレメンツ! シアンヌ選手、絶体絶命のピンチだ~!」

 実況ちゃんのテンションが最高潮に達した。
 虹色の孤を描き、無数の光弾がシアンヌを圧殺せんと包囲する。

 だがシアンヌは迫りくる死に対して、至極冷静に目を瞑った。

「私がどうして父から漆黒のふたつ名を賜ったか、教えてやろう」

 双眸を開くとともに手を掲げると、シアンヌの周囲に無数の暗黒球体群が出現した。
 その数、アマリアの光球の10倍。
 ただ浮遊するだけの無数の黒い球に、七色の光が次々と吸い込まれて消えていく。

「なっ!?」

 自慢の攻撃をあっけなく防がれ、アマリアが息を呑む。
 シアンヌが朗々と謳い上げるように両手を広げて、己の能力を誇示した。

「――ブラックマター。あらゆる魔力と物質を吸収し、消滅させる……これを大量の魔力と引き換えに生み出すのが私の能力だ」

 あ、そんな名前つけてたんだ。
 シアンヌってば中二くさい!
 でも嫌いじゃないぜ、そのセンス。

「そ、そんな。魔力を消すなんて……反則です!」

 あまりの出来事にアマリアが顔色を失った。
 その狼狽ぶりをシアンヌが嘲笑する。

「反則? 違うな」

 ブラックマターのひとつが液状になって、シアンヌの手にベッタリとりつき。
 構え、そして縮地。
 すれ違いざまの黒い鉤爪が、アマリアの防御魔法を貫通して腹腔を切り裂いた。

「本当の反則を相手にしたら、こんなふうに勝負という次元にはならん」
「こ、んな……まだ、わたしは……」

 足に力が入らないのか、アマリアが倒れ伏す。
 審判がカウントを始めた。

「アマリアー!!?」

 どこからか彼女を心配する叫び声が聞こえてくる。

「ヒュラム様、申し訳ありませ……」
「8、9、10! 勝者、シアンヌ!!」

 歓声とブーイングが飛び交う中、シアンヌは悠然と闘技舞台から去っていく。

「これは……これはとんでもない大番狂わせです! ヒュラム親衛魔術師団のリーダー、アマリア選手がまさかの敗退! そして未知の魔法でシアンヌ選手が第三試合に歩を進めましたぁー!!」

 実況を背に会場と待機室を繋ぐ通路で、シアンヌが立ち止まった。
 そこに俺がいたからである。

「よう、強敵相手によく頑張ったな」

 俺のねぎらいに、シアンヌは何故か目を背けた。

「私のブラックマターは魔法なのか? それともチート能力なのか」

 その言葉に秘められた感情は怒りでも、悲しみでもない。
 たぶん、寂しさだと思う。
 なんにせよ、俺は事実を伝えるだけだ。

「いいや、どっちでもない。お前の力だよ」

 その言葉にシアンヌが顔を上げる。
 最初は不思議そうな顔をしてたけど、やがて力強い笑みを浮かべると俺の肩を叩いた。

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