日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)
23.王国破滅エンド
「あたしきっと、あの子の……勇者の魂を食べちゃってるのよね」
跡形もなく消え去った城の上。
瓦礫の中、静かに佇む羊角ちゃんが誰ともなく呟いた。
「まあ、そうだろうな」
『ソウルイーター』の範囲は世界全土だ。
人界も魔界も一つの世界でカウントされている以上、無差別に食い尽くしたことだろう。
「あたし、本当にもう、どうしようもなく魔王だわ」
きっとそれは、自分に向けた言葉。
だから俺は何も返さなかった。
「それにしても、魔王の魔力波動かぁ。全然知らなかった。そんなのでバレちゃうなんて。バレなかったら、こんなことにはならなかったのかなぁ……」
「あー、それなんだけどな」
そろそろタネ明かしをしてもいいだろう。
「実を言うと、アレは嘘だ。魔王特有の魔力波動なんてものはない」
「へ?」
俺の告白に、羊角ちゃんがものすごく間抜けそうな声をあげた。
「世界が違えば魔力波動も違う。そんな中、魔王だけが全部同じ魔力波動を持ってる……なんてことは有り得ないさ」
「え、嘘!? でもだって……!!」
「実際に同じだったのは何故か、か?」
言葉に詰まりながらも、コクリと頷く羊角ちゃん。
ニヤリと笑いかけてから、魔力波動のパターンを変えて見せる。
まあ、鑑定眼を与えてないから見えないかもしれんが。
「魔力波動は方法を学べばコントロールできる。俺はキミの魔力波動をコピーしたんだ」
「えー! そんなー!?」
羊角ちゃんが非難の声をあげながら、ポカポカ叩いてきた。
「ずるい! ひどい!!」
「ごめんごめん。でも、あの舞台を整えればキミの自白を取れると思ったんで」
笑って誤魔化すと、羊角ちゃんが「あれ?」っと首を傾げた。
「だったら、どうしてあたしが魔王だってわかった……んですか?」
まだ俺が怖いらしく、羊角ちゃんがたどたどしい丁寧語を付け足す。
「魔力の色だよ」
「色?」
ぽかん、とする羊角ちゃんにさらなる説明を付け加えていく。
「黄金の魔力波動を持つ者には、ある共通点がある。召喚者や転生者、特に日本人の殆どが黄金の魔力を持っているんだ。俺ももともと金色なんだよね」
ポン、と肩を叩きながら優しく微笑みかけた。
「キミ、転生者だろ? 酒井彩奈ちゃん」
「ひょええぇぇっ!?」
ザザザザザッと後ずさって、俺から間合いを取る彩奈ちゃん。
「どうしてあたしの名前を知ってるんですかー!?」
「鑑定眼」
トントン、と右目を指で示しながら、ちょっと芝居がかった仕草で説明する。
「こいつでわかるのは、魔力波動だけじゃない。熟練すれば魂に刻まれた真名もわかるようになる」
「ひょええぇぇっ!!」
さらに逃げようとする彩奈ちゃん。
容赦なく光翼疾走で回り込んで背後から両角を掴んだら、でっかい悲鳴を上げられた。
「キミを鑑定眼で見たとき、角も生えて現地人っぽいから転生者だっていうのはすぐわかった。それでも実を言うと、魔王かどうかまで確信を持てなかったんだよなー」
「じゃあ、あんな大芝居までして……カマかけてたって言うんですかっ!!」
「そゆこと」
俺の拘束から逃れつつ無数の魔力壁を展開する彩奈ちゃん。
これ以上近づくなという意思表示らしい。
デコピン指弾ですべての魔力壁を破壊しながら接近し、その願いを踏みにじる。
「まあ、コロシアムとか馬車なんか現代風デザインだったし。魔王に現代知識を与えたヤツがいるんじゃないかなーっとは思ってた。だから確信したのはやっぱり、魔王と指摘された反応を見た時だねー」
わなわなと震えながら、彩奈ちゃんがビシーッと指を突き付けてきた。
「サイテー! 女の子をそんなふうに弄んで、なんて男なのよ!」
指先から炎の魔法を発現させて、マシンガンのような弾幕を張る彩奈ちゃん。
グミ撃ちは負けフラグやで。
ヒットコースを飛んでくる炎だけレジストし、ずんずん近づく。
まあ、こんなのはじゃれ合いみたいなものだ。
彩奈ちゃんの攻撃には殺気がないし。
「決めたわ!」
「お?」
あと数メートルまで接近したところで、彩奈ちゃんがプイッとそっぽを向いた。
「あのルールのこともあるけど、やっぱり貴方についていくのはやめるわ!」
「あら、残念」
はい、実は嫁に誘ってました。
見事にフラれちゃったねー。
フラれた以上、強引なアプローチはもうやめるとしようか。
世間話でもしよう。
「それにしてもツイてないな。現役女子高生が魔王に転生とは」
「あ、わかるー? まったく、悪役令嬢の方がまだマシだったわよ……」
あー、彩奈ちゃんはそういう系が好きなのか。
「貴方なら知ってるかしら。悪役令嬢の異世界もある?」
「おう。婚約破棄の現場に召喚されたことがあるぞ」
「いいなぁー」
いいのか?
まあ、俺には何をどうすればいいのかさっぱりわからなくて嫁どもに任せたんだけど……。
力ずくで解決できない願いが多いから、あの手の異世界は極力行きたくないんだよなぁ。
「ついてこないのはいいとして。これからどうするんだ?」
「うん。魔王はやりたくなかったけど。いろんな人の魂で復活しちゃった以上、それもなんか違うかなって」
そんなもんか?
まあ、万単位の魂を喰らっておいて普通に暮らしますってのも、ちょっとないか。
「この世界はあたしが責任を持って監視する。あの子みたいな勇者が召喚されないようにね!」
「ほほー」
まあ、それが誰にも強制されず自分で出した答えだっていうなら、俺は止めない。
思うところがないでもないけど。
「でも、キミは魔王だ。召喚の阻止が間に合わなかったら、その勇者と戦うことになるかもしれないぞ?」
「今度は負けないわ。負けてやらない……そんでもってなんとか説得するわ!」
うむ、その目はいいぞ。
大変よろしい。
「わかった。もし俺が勇者として召喚されたら、またお前と手を組んでやるよ」
「うん、そうしてもらえると嬉しいわねー」
いい笑顔だ。
俺を悪魔と呼んだシスターに匹敵する、実に邪悪な笑みだった。
「じゃあ、そろそろ生き残りにトドメさしてくるわね。準備しておいてちょうだい」
「あいよー」
ちょっと花摘み行ってくるぐらいのノリで王族を殺しに行く彩奈ちゃん。
立派な魔王になったもんだ。
ん、背後から殺気。
「同じ手は食わないぞ、シアンヌ!」
「む」
俺の叫びに縮地で駆け抜けてきたシアンヌが急ブレーキをかけ、城の残骸が土煙をあげた。
「やはり無理か」
大して残念そうでもない様子でシアンヌが笑う。
なんだどうした気持ち悪い。
「サカハギ、聞きたいことがある!」
なんて思ってたのを見破られたわけでもなかろうが。
少し強い調子で叫びながら、キッと俺を睨んでくるシアンヌ。
「なんだ?」
様子からして、シリアスな問いかけな気がするけど。
「あのとき、私はお前に刃が通るとは微塵も思わなかった」
あのとき。
あのときというのは、まああのときだろう。
アレなー。
「手加減をして、わざと受けたのか?」
答えはノーです。
今思えば超油断してました。
なまじ強いと自分を倒せるヤツなんていないって慢心しちゃうんだよなー。
まず、シアンヌに調子に乗ってチート能力を与え過ぎた。
小回りが利かないから俺が移動用として割り切っている縮地だが。
まっすぐ走って攻撃するなら弱点も関係ないし、チート回収も間に合わない。
自分のスピードを加速させるチートだから、対象指定型と違って無効化はできないし。
とはいえ、馬鹿正直にそんな答えを返せばシアンヌに舐められてしまう。
嫁に舐められるのは嫌だ。
だから、
「当然だ。少しはいい夢を見れたか?」
などという強がりが口をついて出た。
内心、見破られはしないかとドキドキしていたんだけど。
「そうか……まあ、そうだろうな」
シアンヌがフッと微笑んだ。
表情が軽くなってる気がする。
まるで憑き物が落ちたみたいだ。
「どうしたんだ?」
「いや、別に。そうでなくてはな、と思っただけだ」
次の瞬間、シアンヌの姿が消えた。
「次元転移!」
すぐに背後の気配に向かってカウンターのハイキックを放つ。
手応えあり!
ガキンッ! と金属の折れる音がして、シアンヌの鎌の刃が宙を舞った。
「さすがだ」
愛用のエモノを破壊されたというのに、何の未練もなく鎌の残骸を投げ捨てるシアンヌ。
むしろ嬉しそうにしてやがる。
というか、この様子だとなんか目覚めちゃったんじゃないか?
今後も貪欲にチート能力を欲しがるんだろうし……。
俺、大丈夫かな?
まあ、大丈夫だろう。
もともとスリルが欲しくて、シアンヌを嫁にしたんだし。
「お、来たか」
足元に召喚陣が現れる。
彩奈ちゃんが最後の王族を始末したらしい。
とりあえず前回みたく、すぐに飛ばされることはなさそうだ。
「ほれ、来いよ。また置いていかれるぞ」
「ああ、わかってる」
俺が伸ばした手を、シアンヌは掴まなかった。
「お、おい」
「フフ」
なんと抱き着いてきたのだ。
豊満なおっぱいが押し付けられてくる。
「そう簡単に殺されてくれるなよ、サカハギ」
耳元で囁くシアンヌの瞳はぐっしょりと濡れていた。
どうやら今夜も寝かせてもらえないらしい。
また睡眠不要チートの世話になるな、こりゃ。
「ああ、俺は死なねぇよ。ヤツに引導を渡すまではな」
クソ神をブチ殺す。
フェアリーチキンのレシピをほぼ完成させた以上、残る目標はこれだけだ。
もう元の世界に帰る必要もないし、未練もない。
だが、ヤツの下にたどり着くには異世界の壁が分厚すぎる。
こうしている間にも、新たな異世界が創世されているかもしれない。
歴史の分岐や特異点の出現などで、並行世界も際限なく増えていく。
事実、本来なら数百年で終わるはずだったノルマが、今では何倍にも膨れ上がっている。
ヤツのいる異世界に近づくには、サボった分のツケを清算しなくちゃならない。
だから、俺はどんな手を使ってでも誓約を果たし続ける。
本来維持すべきペースである月単位ならともかく、年単位で同じ異世界に足止めされるなんて以ての外だ。
できれば日替わりぐらいで転移して、利子を返したい。
もう、すべてを諦めて歩みを止めるつもりはない。
のんびりとスローライフを満喫している暇もない。
たとえ無限に思えても、終わりは必ず来るはずだ。
「がんばってねー!」
彩奈ちゃんが遠くで血だらけの手を振ってくれている。
俺の転移に見送りがあるのは珍しい。
えーと、何か返さなくっちゃ。
「ああ。お前も頑張って勇者召喚する奴らを皆殺しにしろよ!」
うん、こんなところかな。
「いっそ人間どもを根絶やしにしてやれ!」
シアンヌまでエールを送るとは思わなかった。
彩奈ちゃんも苦笑している。
もう少しこの光景を見ていたいけど、もう時間がない。
異世界が俺を喚んでいる。
彩奈ちゃん、大変だろうけど……どうか元気で。
強く生きろよ。
「伯爵、召喚に成功しました!」
「おお、でかした!」
……せっかく人がちょっぴり感傷に浸っていたというのに。
光が絶えると、目の前に豚みたいな人間がいた。
服装が成金趣味丸出しで目に良くない。
「良いか、お前は戦奴だ。儂のために戦争で死ぬまで働――」
「豚は死ね」
不愉快だったので周りにいた部下ともども豚をナマス斬りにする。
「やってしまったな。代理誓約はどうする?」
シアンヌも慣れたもので、死体の山を暗黒球体で消滅させていた。そんな使い方までできるのね。
「あー、どうすっか。まあたぶん、敵対する貴族と手を組んでコイツらの勢力を皆殺しにすれば……」
「戦奴と言っていたし、似たような扱いをされるのではないか」
「そうだな。そんときは……お互い戦争なんてできないようにでもしてやるよ」
貴族の屋敷を大破壊魔法で消し飛ばし、高らかに宣誓する。
「誓約。逆萩亮二は――――」
瓦礫の崩れる轟音で声がかき消されている。
それでも俺は、異世界にノーを突き付けるのをやめない。
納得できないまま理不尽を受け入れてたまるか。
はるか高見で胡坐をかいてる神らに重い腰を上げさせてやる。
召喚された者を道具としてしか見ていない連中には、自分がどれだけ愚かな選択をしたか思い知らせてやる。
どんな意志であろうと。
悪と罵られても。
己を偽ることなく叫ぶことができたなら。
――召喚者の要請を破棄。代理の誓約を受け付けました。
声は、必ず届くのだ。
跡形もなく消え去った城の上。
瓦礫の中、静かに佇む羊角ちゃんが誰ともなく呟いた。
「まあ、そうだろうな」
『ソウルイーター』の範囲は世界全土だ。
人界も魔界も一つの世界でカウントされている以上、無差別に食い尽くしたことだろう。
「あたし、本当にもう、どうしようもなく魔王だわ」
きっとそれは、自分に向けた言葉。
だから俺は何も返さなかった。
「それにしても、魔王の魔力波動かぁ。全然知らなかった。そんなのでバレちゃうなんて。バレなかったら、こんなことにはならなかったのかなぁ……」
「あー、それなんだけどな」
そろそろタネ明かしをしてもいいだろう。
「実を言うと、アレは嘘だ。魔王特有の魔力波動なんてものはない」
「へ?」
俺の告白に、羊角ちゃんがものすごく間抜けそうな声をあげた。
「世界が違えば魔力波動も違う。そんな中、魔王だけが全部同じ魔力波動を持ってる……なんてことは有り得ないさ」
「え、嘘!? でもだって……!!」
「実際に同じだったのは何故か、か?」
言葉に詰まりながらも、コクリと頷く羊角ちゃん。
ニヤリと笑いかけてから、魔力波動のパターンを変えて見せる。
まあ、鑑定眼を与えてないから見えないかもしれんが。
「魔力波動は方法を学べばコントロールできる。俺はキミの魔力波動をコピーしたんだ」
「えー! そんなー!?」
羊角ちゃんが非難の声をあげながら、ポカポカ叩いてきた。
「ずるい! ひどい!!」
「ごめんごめん。でも、あの舞台を整えればキミの自白を取れると思ったんで」
笑って誤魔化すと、羊角ちゃんが「あれ?」っと首を傾げた。
「だったら、どうしてあたしが魔王だってわかった……んですか?」
まだ俺が怖いらしく、羊角ちゃんがたどたどしい丁寧語を付け足す。
「魔力の色だよ」
「色?」
ぽかん、とする羊角ちゃんにさらなる説明を付け加えていく。
「黄金の魔力波動を持つ者には、ある共通点がある。召喚者や転生者、特に日本人の殆どが黄金の魔力を持っているんだ。俺ももともと金色なんだよね」
ポン、と肩を叩きながら優しく微笑みかけた。
「キミ、転生者だろ? 酒井彩奈ちゃん」
「ひょええぇぇっ!?」
ザザザザザッと後ずさって、俺から間合いを取る彩奈ちゃん。
「どうしてあたしの名前を知ってるんですかー!?」
「鑑定眼」
トントン、と右目を指で示しながら、ちょっと芝居がかった仕草で説明する。
「こいつでわかるのは、魔力波動だけじゃない。熟練すれば魂に刻まれた真名もわかるようになる」
「ひょええぇぇっ!!」
さらに逃げようとする彩奈ちゃん。
容赦なく光翼疾走で回り込んで背後から両角を掴んだら、でっかい悲鳴を上げられた。
「キミを鑑定眼で見たとき、角も生えて現地人っぽいから転生者だっていうのはすぐわかった。それでも実を言うと、魔王かどうかまで確信を持てなかったんだよなー」
「じゃあ、あんな大芝居までして……カマかけてたって言うんですかっ!!」
「そゆこと」
俺の拘束から逃れつつ無数の魔力壁を展開する彩奈ちゃん。
これ以上近づくなという意思表示らしい。
デコピン指弾ですべての魔力壁を破壊しながら接近し、その願いを踏みにじる。
「まあ、コロシアムとか馬車なんか現代風デザインだったし。魔王に現代知識を与えたヤツがいるんじゃないかなーっとは思ってた。だから確信したのはやっぱり、魔王と指摘された反応を見た時だねー」
わなわなと震えながら、彩奈ちゃんがビシーッと指を突き付けてきた。
「サイテー! 女の子をそんなふうに弄んで、なんて男なのよ!」
指先から炎の魔法を発現させて、マシンガンのような弾幕を張る彩奈ちゃん。
グミ撃ちは負けフラグやで。
ヒットコースを飛んでくる炎だけレジストし、ずんずん近づく。
まあ、こんなのはじゃれ合いみたいなものだ。
彩奈ちゃんの攻撃には殺気がないし。
「決めたわ!」
「お?」
あと数メートルまで接近したところで、彩奈ちゃんがプイッとそっぽを向いた。
「あのルールのこともあるけど、やっぱり貴方についていくのはやめるわ!」
「あら、残念」
はい、実は嫁に誘ってました。
見事にフラれちゃったねー。
フラれた以上、強引なアプローチはもうやめるとしようか。
世間話でもしよう。
「それにしてもツイてないな。現役女子高生が魔王に転生とは」
「あ、わかるー? まったく、悪役令嬢の方がまだマシだったわよ……」
あー、彩奈ちゃんはそういう系が好きなのか。
「貴方なら知ってるかしら。悪役令嬢の異世界もある?」
「おう。婚約破棄の現場に召喚されたことがあるぞ」
「いいなぁー」
いいのか?
まあ、俺には何をどうすればいいのかさっぱりわからなくて嫁どもに任せたんだけど……。
力ずくで解決できない願いが多いから、あの手の異世界は極力行きたくないんだよなぁ。
「ついてこないのはいいとして。これからどうするんだ?」
「うん。魔王はやりたくなかったけど。いろんな人の魂で復活しちゃった以上、それもなんか違うかなって」
そんなもんか?
まあ、万単位の魂を喰らっておいて普通に暮らしますってのも、ちょっとないか。
「この世界はあたしが責任を持って監視する。あの子みたいな勇者が召喚されないようにね!」
「ほほー」
まあ、それが誰にも強制されず自分で出した答えだっていうなら、俺は止めない。
思うところがないでもないけど。
「でも、キミは魔王だ。召喚の阻止が間に合わなかったら、その勇者と戦うことになるかもしれないぞ?」
「今度は負けないわ。負けてやらない……そんでもってなんとか説得するわ!」
うむ、その目はいいぞ。
大変よろしい。
「わかった。もし俺が勇者として召喚されたら、またお前と手を組んでやるよ」
「うん、そうしてもらえると嬉しいわねー」
いい笑顔だ。
俺を悪魔と呼んだシスターに匹敵する、実に邪悪な笑みだった。
「じゃあ、そろそろ生き残りにトドメさしてくるわね。準備しておいてちょうだい」
「あいよー」
ちょっと花摘み行ってくるぐらいのノリで王族を殺しに行く彩奈ちゃん。
立派な魔王になったもんだ。
ん、背後から殺気。
「同じ手は食わないぞ、シアンヌ!」
「む」
俺の叫びに縮地で駆け抜けてきたシアンヌが急ブレーキをかけ、城の残骸が土煙をあげた。
「やはり無理か」
大して残念そうでもない様子でシアンヌが笑う。
なんだどうした気持ち悪い。
「サカハギ、聞きたいことがある!」
なんて思ってたのを見破られたわけでもなかろうが。
少し強い調子で叫びながら、キッと俺を睨んでくるシアンヌ。
「なんだ?」
様子からして、シリアスな問いかけな気がするけど。
「あのとき、私はお前に刃が通るとは微塵も思わなかった」
あのとき。
あのときというのは、まああのときだろう。
アレなー。
「手加減をして、わざと受けたのか?」
答えはノーです。
今思えば超油断してました。
なまじ強いと自分を倒せるヤツなんていないって慢心しちゃうんだよなー。
まず、シアンヌに調子に乗ってチート能力を与え過ぎた。
小回りが利かないから俺が移動用として割り切っている縮地だが。
まっすぐ走って攻撃するなら弱点も関係ないし、チート回収も間に合わない。
自分のスピードを加速させるチートだから、対象指定型と違って無効化はできないし。
とはいえ、馬鹿正直にそんな答えを返せばシアンヌに舐められてしまう。
嫁に舐められるのは嫌だ。
だから、
「当然だ。少しはいい夢を見れたか?」
などという強がりが口をついて出た。
内心、見破られはしないかとドキドキしていたんだけど。
「そうか……まあ、そうだろうな」
シアンヌがフッと微笑んだ。
表情が軽くなってる気がする。
まるで憑き物が落ちたみたいだ。
「どうしたんだ?」
「いや、別に。そうでなくてはな、と思っただけだ」
次の瞬間、シアンヌの姿が消えた。
「次元転移!」
すぐに背後の気配に向かってカウンターのハイキックを放つ。
手応えあり!
ガキンッ! と金属の折れる音がして、シアンヌの鎌の刃が宙を舞った。
「さすがだ」
愛用のエモノを破壊されたというのに、何の未練もなく鎌の残骸を投げ捨てるシアンヌ。
むしろ嬉しそうにしてやがる。
というか、この様子だとなんか目覚めちゃったんじゃないか?
今後も貪欲にチート能力を欲しがるんだろうし……。
俺、大丈夫かな?
まあ、大丈夫だろう。
もともとスリルが欲しくて、シアンヌを嫁にしたんだし。
「お、来たか」
足元に召喚陣が現れる。
彩奈ちゃんが最後の王族を始末したらしい。
とりあえず前回みたく、すぐに飛ばされることはなさそうだ。
「ほれ、来いよ。また置いていかれるぞ」
「ああ、わかってる」
俺が伸ばした手を、シアンヌは掴まなかった。
「お、おい」
「フフ」
なんと抱き着いてきたのだ。
豊満なおっぱいが押し付けられてくる。
「そう簡単に殺されてくれるなよ、サカハギ」
耳元で囁くシアンヌの瞳はぐっしょりと濡れていた。
どうやら今夜も寝かせてもらえないらしい。
また睡眠不要チートの世話になるな、こりゃ。
「ああ、俺は死なねぇよ。ヤツに引導を渡すまではな」
クソ神をブチ殺す。
フェアリーチキンのレシピをほぼ完成させた以上、残る目標はこれだけだ。
もう元の世界に帰る必要もないし、未練もない。
だが、ヤツの下にたどり着くには異世界の壁が分厚すぎる。
こうしている間にも、新たな異世界が創世されているかもしれない。
歴史の分岐や特異点の出現などで、並行世界も際限なく増えていく。
事実、本来なら数百年で終わるはずだったノルマが、今では何倍にも膨れ上がっている。
ヤツのいる異世界に近づくには、サボった分のツケを清算しなくちゃならない。
だから、俺はどんな手を使ってでも誓約を果たし続ける。
本来維持すべきペースである月単位ならともかく、年単位で同じ異世界に足止めされるなんて以ての外だ。
できれば日替わりぐらいで転移して、利子を返したい。
もう、すべてを諦めて歩みを止めるつもりはない。
のんびりとスローライフを満喫している暇もない。
たとえ無限に思えても、終わりは必ず来るはずだ。
「がんばってねー!」
彩奈ちゃんが遠くで血だらけの手を振ってくれている。
俺の転移に見送りがあるのは珍しい。
えーと、何か返さなくっちゃ。
「ああ。お前も頑張って勇者召喚する奴らを皆殺しにしろよ!」
うん、こんなところかな。
「いっそ人間どもを根絶やしにしてやれ!」
シアンヌまでエールを送るとは思わなかった。
彩奈ちゃんも苦笑している。
もう少しこの光景を見ていたいけど、もう時間がない。
異世界が俺を喚んでいる。
彩奈ちゃん、大変だろうけど……どうか元気で。
強く生きろよ。
「伯爵、召喚に成功しました!」
「おお、でかした!」
……せっかく人がちょっぴり感傷に浸っていたというのに。
光が絶えると、目の前に豚みたいな人間がいた。
服装が成金趣味丸出しで目に良くない。
「良いか、お前は戦奴だ。儂のために戦争で死ぬまで働――」
「豚は死ね」
不愉快だったので周りにいた部下ともども豚をナマス斬りにする。
「やってしまったな。代理誓約はどうする?」
シアンヌも慣れたもので、死体の山を暗黒球体で消滅させていた。そんな使い方までできるのね。
「あー、どうすっか。まあたぶん、敵対する貴族と手を組んでコイツらの勢力を皆殺しにすれば……」
「戦奴と言っていたし、似たような扱いをされるのではないか」
「そうだな。そんときは……お互い戦争なんてできないようにでもしてやるよ」
貴族の屋敷を大破壊魔法で消し飛ばし、高らかに宣誓する。
「誓約。逆萩亮二は――――」
瓦礫の崩れる轟音で声がかき消されている。
それでも俺は、異世界にノーを突き付けるのをやめない。
納得できないまま理不尽を受け入れてたまるか。
はるか高見で胡坐をかいてる神らに重い腰を上げさせてやる。
召喚された者を道具としてしか見ていない連中には、自分がどれだけ愚かな選択をしたか思い知らせてやる。
どんな意志であろうと。
悪と罵られても。
己を偽ることなく叫ぶことができたなら。
――召喚者の要請を破棄。代理の誓約を受け付けました。
声は、必ず届くのだ。
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