日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

21.テンプレ召喚の甘い罠

 魔界貴族どもが一様に困惑している。
 羊角ちゃんと先代が頭の中で結びつかないのだ。
 羊角ちゃんってどう見ても魔王ってイメージじゃないしな。

 うーん、しかし「かわいいメイドちゃん」じゃ、どうにも格好つかねーな。
 今更ながら名前を聞いておくんだったと後悔する。
 いや、鑑定眼のおかげでわかるにはわかるんだけど。
 今、その名で呼ぶと話がややこしくなるし。

 しかし、羊角ちゃんってば尋常な怯え方じゃないな。
 さっきから魔界貴族どもが「先代!」「本当に先代なのですか!」とか騒いでるけど全くの無反応。
 蛇に睨まれたカエルみたいに、俺から目を離さない。

「サカハギ……本当にこの娘が先代魔王なのか? 言ってはなんだが……」
「魔王様! この者は先代が存命の頃から城で下働きをしております! いったいどういうことなのですか!?」
「ええーい、お前ら一度に質問するな!」

 でも、確かにこのままじゃ話が進まないだろうし。
 かわいそうだが脅しをかけよう。

 アイテムボックスから聖剣を取り出し、切っ先を羊角ちゃんに向ける。

「ひっ……」
「俺の質問にすべて正直に答えろ。嘘を吐いたら殺す」
「は、はい! 何でも話すから殺さないでください!」

 即答する羊角ちゃん。
 よほど死にたくないらしい。

「俺の話に間違いはないな?」
「はい……あたしが、先代魔王……そう呼ばれる者、です……」

 観念したように、とつとつと語り出す羊角ちゃん。
 後ろの何人かが声を発しようと息を吸い込む音が聞こえた。
 そんな奴らには無言のプレッシャーを放ち、口を挟ませない。

「どうして隠れていた?」

 ゴクリと誰かが生唾をのむ音が聞こえる。
 誰しも聞きたかったことに、羊角ちゃんがバッと顔を上げた。

「魔王になんて戻りたくなかったからです! それに初めて魔王様に会ったとき、何をしても絶対に勝てないってすぐわかりましたから……」

 なまじ魔王として強かったからだろうか。
 俺と自分の強さの次元がケタ違いだと一目で確信したっぽい。

「やっぱり、魔王としての記憶は……俺と初めて会った時点でもう戻ってたんだな?」

 そういうことになる。
 もっとも、羊角ちゃんの魔力波動を見たときから予想していたのだが。
 一応、本人の口から確認を取りたい。

「そうです……勇者のあの子に殺されたときから、この肉体に先代魔王としての記憶が宿ったというか、思い出したというか。自分でもよくわからないんですけど。だから正体がバレたら殺されると思って…… 」

 あー、そういや初めて会ったとき、いきなり命乞いされたっけ。
 単純に恐怖してたわけじゃなかったんだねー。
 たぶん、元の羊角ちゃんと魔王の霊体は同化してるんじゃないかな。
 魔王が意識を乗っ取ってるっていうより、羊角ちゃんが魔王としての前世を思い出したような、そんな感じ。
 そんでもって、シュレザッドの魂を喰って、記憶だけじゃなく魔王としての力も完全に取り戻しちゃったと。

「ようやく、ようやく普通に暮らせるって、思ってたのに……!!」

 ん、なるほどね。
 やっぱり俺と同じクチか。
 気の毒に……。

「信用できる七魔将はみんな勇者のあの子と戦って死んじゃったし……後の連中は、あたしを利用したいやつらだけ。誰が、あんな奴らのために魔王になんて戻ってやるもんですか!」

 あ、魔界貴族どもが悲鳴を上げてる。
 いいぞ、もっと言ってやれ!

「もう魔王なんか絶対にやらないです。だから殺さないで! 勇者が来るのはイヤ……イヤァ!!」

 縋り付いてきたと思ったら、完全に泣き崩れてしまった。
 どうやらここらが限界のようだ。

「もう休め」

 睡眠魔法をかけて眠らせ、封印珠に入れる。
 振り返ると、ビフロスが頭を抱えていた。

「先代が我らをお見捨てになっていた原因が我ら自身にあったとは……」

 おやおや今更気づいたのかい、ビフロス君。
 やれやれだな。
 あ、鑑定眼は回収させてもらうからね。

 他の魔界貴族もビフロスと似たり寄ったりだけど、どこかバツの悪そうな顔をしている連中もチラホラと。
 まあ、俺が断罪してやってもいいけど……コイツらに怒りをぶつける権利を持ってるのは羊角ちゃんだ。

「お前らにはほとほと愛想が尽きた。今この時をもって、俺は魔王をやめる。あとは好きにしろ」

 三下り半を突き付けて城を去っても、魔界貴族どもは俺を止めようとしなかった。
 先代の気持ちを聞いた後じゃ、そんな気力もないみたい。
 あいつらはあいつらで忠誠を誓い、支えていたつもりだったんだろうけど……完全に片思いだったもんなー。

「この娘も被害者だったというわけか」

 シアンヌが悲しそうというかやりきれないというか、なんとも複雑な顔をしながら封印珠を覗き込んだ。
 魔王の娘として、いろいろ思うところがあるらしい。

 誰にも本音を打ち明けられず、やりたくもない魔王をやらされていた先代魔王。
 その挙句に勇者に殺され、ようやく普通に暮らせると思いきや魔王として復活しちゃった羊角ちゃん。

「殺すのか?」

 偉大な父の背中を見て育ったシアンヌ。
 ひょっとしたら、魔王の孤独が理解できるのかもしれない。
 その目がなんとかしてやってほしいと語っていた。

「誓約を果たすためには勇者としての役目を果たさなきゃいけないわけだが、さて……」

 実を言うと、まだ解いていない謎がある。
 基本的に面倒をショートカットし最短距離をひた走る俺ではあるが。
 一度気になったことは、できればはっきりさせてから次に行きたい。人の子だもの。

 それにうまくいけば、羊角ちゃんを殺さずに済むかもしれない。

「次元転移で戻るぞ。念のため城の近くにポイントを作っておいて良かったぜ」



 人界の城に戻ると、すごい勢いで歓迎された。

「魔王を倒してくださって、ありがとうございます!」

 姫様が満面の笑みで握手を求めてくる。

「いやいや、当然のことをしたまでだよ」

 握手に応えつつ愛想笑いを返した。

 もちろん、先代魔王こと羊角ちゃんを倒してはいない。次の世界に飛んじゃうしね。
 だけど表面的な魔王の被害もなかったので、俺の自己申告を信じるしかないはず。
 一応、魔王が使ってたと嘘を吐いて俺の魔剣を見せたら、証拠としてあっさり信じてもらえた。
 占いとかされたらバレるかもしれんけど、見た感じその様子もないかな?
 魔王の脅威自体は完全に取り除いていると言えるし、全部嘘ってわけじゃないもんな。

「それにしても、仲間を集めずおひとりで魔王を倒してしまうだなんて。お強いんですね!」
「いやー、ははは」

 姫さんの指摘どおり、今の俺はシアンヌを連れていない。
 少なくとも、周りにはそう見えるはずだ。

「で、俺は帰してもらえるんだよな?」
「もちろんです。こちらへどうぞ!」

 約束通り、送還の魔法陣で俺を元の世界に送ってくれるという。
 期待薄だけど一応ダメもとで試してもらうかな。

 まぁ、本当にその気があればの話だけど。

「ですが、本当によろしいのですか? 魔王を倒した勇者なのですから、お父様からの褒美も思いのままですのに……」
「そういうの興味ないからね」

 地位も名誉も金も、その異世界でしか役に立たないなら俺にとってはゴミ同然だ。
 きんや宝石とかなら他の異世界でも換金できたりするけど、生憎と充分な蓄えがあるんでね。

「そうですか! 勇者様は無欲でいらっしゃいますね!」

 なんてヨイショされつつ、城の地下にある魔法陣へと向かう。
 俺が呼ばれた部屋だ。 
 魔術師と思しきローブを羽織った男女が四方に配置されている。

「再確認ですが、やり残したことはありませんね? では、あちらの魔法陣へどうぞ!」

 姫さんの言葉に頷いて、魔法陣の上に乗った。

「それでは送還の儀を始めますっ」

 魔術師たちが何事が唱え始める。
 同時に、姫さんのにこやかな笑顔が幻のように消え去った。

「あの世へのね!」

 次の瞬間、魔法陣から勢いよく光の奔流が立ち昇る。

「おー?」

 チリチリと肌を焦がすような感覚を覚え、間抜けな声をあげてしまった。
 完全レジストしてるから効果のほどはわからないが、明らかに攻撃魔法的サムシングだ。
 この光が勇者を元の世界に返してくれるとは思えない。

「あら、分子分解光線ディスインテグレートで生きてるなんて、しぶといんですねぇー」

 案の定、姫さんが口元に手を当てて目を丸くしていた。

「コイツはどういう趣向なんだい?」
「あら、まだわからないんですか?」

 俺がわずかばかりに殺気を向けても、余裕を失わない姫さん。
 自身の安全を確信しているからだ。
 魔法陣の淵には内向きの結界が展開されており、一応俺は閉じ込められている。

「勇者様。魔王を倒してくださってありがとうございます。ですが、もう用済みなんです!」

 かわいらしい容姿を醜く歪ませながら、姫さんが口端を釣り上げた。

「なんで?」
「そんなの邪魔だからに決まってるからじゃないですか!」

 当然の疑問に対し、愉快そうな声を上げる姫さん。
 屠殺される家畜を見るような目を向けて、俺をあざ笑っている。

「そうかー、俺は殺されるのかー」

 我ながら酷い棒読みだった。

「冥土の土産に教えてくれよ。どうして邪魔だっていうなら勇者を元の世界へ帰さず殺すんだ?」
「実を言うとですねー。召喚した勇者様を元の世界に返す送還の儀……なんてものは存在しないんです♪」

 ま、そーだろーね。

「これまでの歴史でも魔界に魔王が出現したことがありましてですね。文献によると召喚した勇者様に倒していただいたんですが、どいつもこいつも調子に乗りやがったそうで。地位をくれだのなんだのって、本当にうざいみたいなんですよねー。大人しい勇者様もいつ野心出すかわからないですし、念のため殺すことになってるんですよー。もちろん、表向きは帰ったことにしてね!」

 まあ、強力なチート能力があったら調子に乗るガキもいるだろうけどな。
 本当に異世界でのんびり暮らしたかったヤツもいるだろうに、ひでえことしやがる。

「ちなみに帰らないって言った勇者はどうするんだ?」
「そのときは私の影武者が誘惑してサクッと暗殺します♪」

 いい趣味してやがるぜ、この姫さん。
 美人だし、嫌いなタイプじゃないがな。

「つまり、俺の前の勇者もそうやって殺されてたってわけだ」
「あら、気づきましたー? そうですよ。身の程知らずにもわたしに求愛なんてしてきましてね。夜の寝所に招き入れて……フフッ、死んだ後に見せてもらいましたけど、無様で笑える死に顔でした!」

 ケラケラ笑う姫さん。
 魔術師以外の護衛もいっしょに笑い出した。

 そんな阿呆どもに向かって、俺は冷静に一言。

「やっぱりな。そんな予感がしてたんだ」
「……は?」

 笑い声がピタリと止まった。
 しかし、姫さんがすぐにクスッと嘲笑する。

「じゃあ、わざわざ殺されるとわかってて戻ってきたんですか? あっはははは、おバカですねえ、勇者様ったら! でも、もう遅いですよ。その魔術結界は勇者様の力を完全に封じ込めますからね!」
「そうみたいだな」

 この結界に入ったら、力を封印されるらしい。
 感覚でわかる。
 普通の勇者だったら、全能力を封印された挙句にあの光に焼き尽くされるのだろう。

 ……そう、俺が普通の勇者だったなら。

「お前らに、いいことを教えてやろう」

 両手をわざとらしく広げた。
 連中からはハッタリにしか見えないであろう、心からの余裕の笑みを浮かべてみせる。

「俺という存在は召喚されれば、どんな異世界でも行く。でもな、意外と召喚の優先順位ってやつは低いんだよ。他に適切な候補者がいないとき……いわばハズレとして召喚されるのが俺なんだ」
「何を言っているんですか? そろそろ飽きたんで大人しく死んでくれません?」
「まあ聞けよ。今後に生かすためだ」

 もちろん、一人として生かして帰さんがな。

「召喚には縁がある。召喚者と被召喚者の相性、世界同士の位相の近さ、召喚される側の願望。いろいろあるが、そんな中でも特に強い縁が『一度でもその異世界に召喚されている』ことなんだよ」

 だからこそ、一度世界を救った勇者が何年後かに今度は魔王として召喚されるなんていう事例も起きるわけだ。

「姫さん、俺にこう言ったよな? 前の勇者を呼ぶつもりだったけど、うまくいかなかった、って」
「ええ、言いましたね! それがどうしたというのです?」
「わからないか? 前にこの世界を救った勇者を差し置いてハズレの俺が召喚される、なんてことは普通なら有り得ないっってんだよ。何者かによる妨害があったとかじゃなければ、わかりやすい答えはひとつだ。『勇者は既に死んでいる』」

 一応、死んでいても召喚できることはあるけどな。
 そういうのはチートや転生、神が絡む例外則だ。

「お前らは召喚を試して失敗したっていうじゃないか。だから元の世界に戻って交通事故にでも遭って偶然死んだのかもしれないし、他の異世界に召喚された可能性も一応残ってたわけだが……いやぁ、確かめに来てよかった。やっぱり勇者を殺していたのはお前らだったんだ。試すまでもなく、前の勇者が死んでいることを知っていた。自分たちが殺したからだ」
「もう結構です! 今すぐ、この男を殺――」
「いやあ、本当によかった! 安心した!」

 姫さんの命令を遮り、魔法陣を軽めに蹴った。
 結界が粉々に砕け散る。
 姫さんたちの顔が一瞬で蒼白になった。

「これで心置きなくお前らを皆殺しにできる!」

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