日替わり転移 ~俺はあらゆる世界で無双する~(※MFブックスから書籍化)

epina

17.テンプレに見える召喚には裏がある

 本当に一瞬のことだった。
 足元に浮かんだ召喚陣が何を意味するのか。
 それを理解する前に、俺は次の異世界へ飛ばされたのだ。

「ああ、勇者様! よくぞお越しくださいました!」

 目の前が開けた瞬間、そんなテンプレのセリフが聞こえてきた。
 見ればパツキン美少女の姫様が感激したように手を組んで、目をキラキラさせている。

「……はあ」
「あら、状況を理解できてないお顔もステキ! とにかく、まずはお部屋でお休みになって!」

 まるで初めて異世界に召喚されたかのような置いてけぼり感を抱いたまま、用意された部屋に通された。
 見慣れた西洋風……あくまで西洋「風」なファンタジー特有の大理石の壁で囲われたやたら豪奢な部屋。

「しばらくこちらで休んで、落ち着いてくださいね!」
「あ、はい」

 ニコニコ笑顔のお姫様が扉を閉め、部屋に一人残された。
 それから思考を取り戻すのに、10秒ほど要した後……。

「なんじゃこりゃーッ!?」

 叫びと同時。
 部屋が大爆発を起こした。
 
「なんだなんだなんだなんだなんだ!?
 どうなってやがるどうなってやがるどうなってやがる!!
 有り得ねえ有り得ねえ有り得ねえ有り得ねえ有り得ねえ有り得ねえ!!!
 誓約達成!? 破棄!? いったい、何が起きやがった!!」

 一息で叫び終えた後、豪華だった部屋の面影は微塵も残っていなかった。
 無論、俺のチートがいろいろ暴走したせいである。

「勇者様ー? そちらでものすごい轟音がしたような!?」
「気のせいだ!」

 衛兵に来られても面倒なので、かろうじて残っていた扉に結界を張る。
 今来られたら、マジでただの八つ当たりで殺しかねん。

 ふぅー……とりあえず落ち着け、俺。
 まず現状確認だ。

 召喚された。
 いつもどおりだ。
 何一つ変わらない。
 あの姫様が十中八九、誓約者で……あの姫様の頼みを聞けばいいだろう。

 うん、それはいい。それはいいんだ。

 召喚された、召喚されちまった、それはもう……どうしようもない。
 俺がいくら暴れたところで、あの召喚陣は片道なのだ。
 どんなに納得できなくても、俺は別の異世界に自力では移動できない。
 因果律を捻じ曲げようが、時空の神を取り込もうが、異世界間の移動チートを使おうが、絶対に不可能だ。
 ある意味で俺の根幹を為す誓約と召喚のチート能力はその点において、決して覆されない。

 つまり前の世界での誓約が何だったかを考えることに、何一つ意味なんてないということだ。

 誓約達成かもしれないし、破棄かもしれない。
 あの魔界で俺を繋ぎとめる力がなくなったんだから、そこはもうどうしようもないのだ。
 達成なら「俺が魔王として君臨する」なんて誓約じゃなかったことは確か。
 あの連中に謀られたのかもしれないとも思えてはらわたが煮えくり返る想いだが、報復もままならないってことを認めなくちゃいけない。
 ウサを晴らすならこの異世界でする他ないのだ。
 子供じゃないんだからないものねだりをするのはやめようじゃないか……うん。
 
「クッソ……マジかよ、せっかくのエンシェントドラゴンの肉を」

 悔やまれるのは、今まさに捌くところだったエンシェントドラゴンの肉。
 あろうことか丸ごと置いてきちまった。
 召喚陣が現れてから、いつもならもう少しインターバルがある。
 封印珠に入れる暇すらないなんて、どんだけ位相の近い異世界に召喚されたんだ!?

 それと。
 それと……。
 いや……考えてもしょうがないけどな。

 まったく俺ときたら、クソッタレもクソッタレだ。
 嫁を意図せず置き去りにするなんて。

「シアンヌ……チッ、俺からはどうしようもねぇか」

 別に恨まれるのは慣れてるからいいけど、言い訳もできないっていうのはやっぱり癪だな……畜生。
 アイツがそれこそ俺を召喚してくれればいいんだが、あっちの異世界で何年後のことになることやら。
 それに誓約は……いや、これ以上グチクチ考えてもしょうがねぇか。

 業腹だが、ここはもう違う異世界なのだ。
 俺がどれほどに悔やんでも、できることはひとつもない。
 それなら少しでも今の異世界を早くクリアして、あちら側から俺を召喚してくれることを祈るしかない。

 ともあれ、あの姫さんの話を聞くとするか……。



「それで、かつて勇者に倒されたはずの魔王が復活したという占い結果が出たのです!」
「ほー」

 部屋をクラフトで修理した後、やたらハイテンションなお姫様から事情を聞く。
 といっても、いつもどおり聞き流すといった風情である。

 なにしろさっきまで魔王だったのだ。
 しかも当分、魔王でいるつもりだった。
 魔王退治にノリノリだったときに召喚してくれればともかく、今更魔王を倒せと言われて乗り気になれるはずもなく。
 気持ちは切り替えたつもりだけど、こればっかりは勘弁してほしい。

「だったら、その勇者にやらせればいいじゃないか」

 とりあえず、話を聞いた範囲で思いついた疑問を口にする。

「先代勇者様は魔王を倒した後、自分の世界へお帰りになりました。本当ならその御方を召喚したかったのですが、どうしてもうまくいかなかったのです!」
「ふーん」

 勇者が帰った、ねぇ……。
 しかもその後の召喚がうまくいかなかった?
 ふーん、ふーん……。

「魔王は倒されてからどれぐらいで復活したんだ?」
「だいたい2ヵ月ぐらいです!」

 復活スパン、短っ。
 思わずコケそうになったぞ。

「で、魔王はどこにいる?」
「魔界の奥深く、魔王の領土だと思われます!」
「その魔界にはどうやって行けばいいんだ?」
「世界各地に魔界と通じる次元門がありますので、そちらから行き来できるはずです!」

 一番安全な次元門はここです、とご丁寧に地図まで用意された。

「ずいぶんと手際がいいもんだな」
「前の勇者様にも同じことを聞かれましたので、あらかじめ必要なものを用意しておきました!」

 きゃるんっ、とぶりっこぶるお姫様。
 まあ、気になる部分はあるけど……今のところ特に断る理由もない。

「わかった、魔王を倒してくる」
「本当ですか!? ありがとうございます!」

 感激したように俺の手を握ってくる姫様。
 童貞ならイチコロになりそうな笑顔を浮かべてくる。

 そのあとなんやかんやあって出発することになった。

「魔王を倒しましたら、お城にお戻りくださいね!」
「あいよー」

 誓約が達成されたらそれはないけどなーと思いつつ、テキトーに手を振って城を出る。
 普通の人間の足なら数週間かかりそうな道中を縮地で大幅にショートカットし、特に何のトラブルもなく次元門のある遺跡にまでやってきた。

「というか、本当に魔王に悩まされてるのか? この世界」

 だいたい魔王に悩まされている異世界というのは、異常が表面に出る。
 モンスターが狂暴化したり、街に不穏な気配が漂っていたり、天候が荒れたり。
 ここに来るまで、それが一切ないということは……。

「っと、あれが門か」

 指定された次元門は遺跡の中にある石造りの門だった。
 門の中からは黒い霧が漂ってきていて、魔界に繋がっているという話も本当っぽく見える。
 魔界との境界線でもあるので、兵士や騎士が砦などを築いて厳重に防衛していた。
 もちろん、次元門から来るモンスターに対抗するように内向きの防御だ。

「勇者様ですね。お早い到着で……早速魔界へ行かれますか」
「ああ」

 門番に話しかけると、あっさりと魔界へ通された。
 黒い霧の中をまっすぐに歩いていけばいいとのことなので、指示に従う。

「ふぅん……ここの魔界はこんなのか」

 魔界なんて大抵は陰気な雰囲気と相場が決まっている。
 ここもそうだ。見る限り気持ちの悪い形をした暗雲、それに岩土しかない。
 酷い場所では人間が生きていけないような瘴気が漂っていることすらあるから、それに比べればマシではあるけど。

「前の魔界もこんな感じだったなー」

 チッ……らしくもない感傷だ。
 しばらくこんな気分と付き合わなきゃいけないかと思うと、嫌になる。
 何もかもぶっ壊して楽になりたいけど、こういうときに暴れると後でもっと陰鬱になるのは目に見えてるからな……。
 あー、スッキリしないなぁー。

 コンパスの示す方角に従い、縮地を使って移動する。
 魔界の地図も用意してもらっているので、魔界でも迷わないで済んだ。
 モンスターもいたけど、無双する気分じゃないのでスルー。
 おすすめの次元門だけあって、魔王城にもすぐ到着した。
 まあ、それでも本来なら数ヵ月を要する道ではあったけど。

 そうして、魔王城を睥睨できる丘にたどり着いた。

「って、オイ。あの城は……」

 見覚えがある、なんてレベルではない。
 建築様式とか、偉大さ巨大さ荘厳さが似ているとかでもない。
 ついさっきまで、俺がいた魔王城そのものだったのだ。

「まさか並行世界か?」

 違う歴史を歩んだ世界同士が分岐して、別々の異世界になることがある。
 かつて俺はそれぞれの分岐並行世界に召喚されたことがあった。
 今回もそうなのかと思ったが、それも一瞬のこと。

「サカハギ!」

 背後からの呼び声に、振り返る間もなかった。
 背中にゾブリと何かが突き刺さる痛みとともに、灼熱感が沸きあがる。
 胸からは漆でも塗ってあるかのような漆黒の刃が生えていた。

「かはッ……」

 油断していたつもりはなかった。
 けど、どうやら自分で思っている以上に……随分と精神的ショックを受けていたらしい。
 ほとんど無防備の状態で、背後からの奇襲バックスタブを喰らってしまった。
 もちろん、俺は即死したりしないので命は取り留めているけど。

 喀血しながら、力なく地面に倒れ伏す。
 再生チートが緊急再生を勝手に起動したので傷は即座に塞がった。
 だけど俺はそのままなんとなーくボーッとしながら、反撃に出るでもなく……ゴロリとうつ伏せから仰向けに転がる。

「貴様、なんで、どうして……」

 その視界に追撃をかけてくるでもなく、漆黒の大鎌を携えたままの美女がはっきり映り込んだ。

「ハッ。なんて顔してるんだよ……」

 大方、縮地で俺の探知圏外から一気に仕掛けてきたんだろう?
 せっかくうまくいったんじゃないか。
 念願の仇討ちのチャンスだろう。
 どうして攻撃してこない。

 まあ致命傷に反応して自動防御系のチートが重複発動したから、もう俺には傷一つつけられないだろうけど……。
 ああ、鑑定眼でも起動してるのか? それなら攻撃する無意味さにも気づけるか。

 だからといって……なんで鎌を取り落とす?

 武器を捨てる必要はないだろ?
 素手で俺が殺せるとでも思っているのか?
 そんな風に無防備に俺に近づいて頭を抱き寄せたりして……。
 くそ……柔らかくて、いい匂いだな。色仕掛けってわけか。

「……バカ」

 なんだと、こいつ。
 ……でもまあ、そうだな。
 確かに俺は底なしのバカだ。

「お前の言う通りだよ、シアンヌ」

 突然の別れから、俺の体感時間にして3時間12分。
 置き去りにした嫁と、無事に再会を果たした。

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