過去に戻り青春を謳歌することは可能だろうか
5話 俺は彼女に驚いた
髪の毛を乾かし、洗面所から出た俺は、玄関にローファーが綺麗に揃えて置いてあったことからコンビニから可憐が帰ってきていたことに気づく。
リビングに入ると可憐はテレビを見ていた。おそらく下着は俺がシャワーを浴びているときに履いたのだろう。
「ちゃんとシャワーにしたわよね?」
「もちろん」
「ならいいわ」
「信用ないなー」と俺は呟きながらキッチンの夕飯を電子レンジで温め直し可憐の座っている机まで運んで行った。
時刻は10時をとっくに回っている、夕飯というよりかは夜食だ。女子は夜遅くに食べるということに抵抗がある生き物。だから俺はヘルシーに作った。その野菜炒めと味噌汁を見つめ、可憐は「美味しそう」と呟いた。とても嬉しかった。
「その服、サイズ大丈夫でしたか?」
照れ隠しに話題を逸らす。
「まー少し大きいけど大丈夫よ」
俺の身長は175センチと高めだが、可憐の身長も165センチと女子にしては高い方だ。なのでそれほど服に差はないのかもしれない。
「ならよかったっす」
「いただきます」
「いただきます」
俺の言葉に少し遅れて可憐も手を合わせた。
もう愛犬はすっかり寝ていた。いつもは寝る時間なので仕方ない。
「可憐さんはいつまで家出しているつもりなんですか」
「気がすむまでよ」
「そうですか」
それから俺と可憐は夕飯を食べながら学校の話や生徒会の話をした。時にはうちの愛犬の話もした。
2人とも家の事情や過去の話はしなかった。
不意に無言の時間が流れ、テレビの音だけが聞こえる空間となった時とある制汗スプレーのCMが流れた。いつもならCMはスルーしているがその時は違った。テレビか『はじけろ青春』というセリフとともに美少女がカメラに向かって微笑む。俺はその美少女を知っている。というか今俺の目の前にいる。
「あ、あの」
開いた口が塞がらないというのはまさにこのことだろう。
「なに?」
「これに出てる人って可憐さんだよね?」
「他に誰に見えるのよ」
味噌汁をずずっと啜り、そう答えた。平然としているその様子は当たり前でしょと言っているような感じがした。
「直斗は知らなかったの?」
「まったく。」
「だからか」
味噌汁を机に置き呟く、その呟きに対し俺は首を傾げる。
「長嶺原高校で私に声をかける他学年の生徒はノートか色紙とペンを持ってサインをせがむの、もしくは『写真撮ってください』って言うのに直斗はカレーパンを差し出してきたから驚いたのよ」
「あれは可憐さんがお腹空かしてたし」
「その後に何かせがむのかと思ったら直斗は教室に戻ろうとしちゃうんだから私のこと知らないんだって思ったわ」
「ただの美人の生徒会長としか思ってませんでした、すみません」
「いいのよ、私のことを知っている人の前ではテレビや雑誌に出ている私を演じなきゃいけないから疲れるのよ」
“演じなきゃいけないから疲れる”その言葉には強く共感した。
「それ分かるな」
「だから直斗が私のこと知らないって思ったら少し嬉しかった」
可憐は再び味噌汁を啜った。その様子はまるで照れ隠しのように見え、俺は少しだけドキッとした。
「いつから有名人になったんですか?」
「中学3年生の時にモデルのスカウトを受けてバイト感覚で始めたのよ、そしたら半年前あたりからCMだったりバラエティの出演オファーが来るようになったの、出まくりってわけでは決して無いけどね」
「モデルのスカウトって噂本当だったんすね」
「むしろ引き受けたわよ」
俺は高校に入ってから友好関係をあまり広げていない。だから可憐のこともモデルにスカウトの話以外には耳に入らなかった。
「直斗、友達いないでしょ」
「いますよ、少ないですけど」
「多そうな顔しているのにね」
多かった。
「どんな顔ですか。てか可憐さんこそいないでしょ」
「ど、どうしてよ」
「友達いたら家出したその日に今日初めて話した男の家なんて行かずに友達の家行くでしょ普通」
痛いところを突かれたのか少し俯いている。
「私って有名だし可愛いじゃん?」
顔を上げ自慢気に言ってきた。
「ですね」
「だから寄ってくるのは男子ばかりで」
そこまでで話の結末が読めた。
他学年からも人気な夏ノ可憐に嫉妬しない女子はいないだろう。それが原因で可憐は裏で調子乗ってるだの言われて、訳もなく人が離れていったのだ。
話の先が読めた俺はその光景が頭によぎった。だから、可憐の言葉を遮るように口を開いた。
「ま、高校生なんてガキなんでそんなもんすよ」
可憐のことではない。可憐の周囲のことだ。
ふふっとどこか可笑しそうに可憐は微笑む。
「そうね、ご飯美味しかったありがと、ごちそうさま」
「どういたしまして」
食器を洗っている途中、可憐は歯を磨いていた。コンビニで歯ブラシセットも一緒に買ったのだろう。俺も歯を磨き、寝室に布団を引いた。2人暮らし(仮)を想定していなかったので一枚しかない布団を可憐に譲った。
可憐は「リビングで寝て」と俺を寝室から追い出し仕方なく俺はリビングに毛布一枚だけを持ってきた。
真っ暗の天井を見つめ俺は今日起きた過去に戻った現象を思い返した。
あれはいったい何だったんだろう。
考えても仕方がない。それよりも俺の家に美人の有名人が泊まっているということの方が重大のような気がした。
今日のことを思い出している途中、俺の意識は遠ざかっていった。
俺のつまらない日常は今日1日でガラリと変わった。
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