過去に戻り青春を謳歌することは可能だろうか
4話 いつもとは違っていた
「着きましたよ」
灰色がかったアパートの目の前に来て俺は可憐にそう告げる。
「ここが直斗の家?」
「そうですよ、てか、いつから“くん”付けるのやめたんですか?」
「なんか長ったらしかったから」
「そうですか」
二階に上がり1番近くの扉までやって来た。
鍵を開けカチャっと音が鳴りドアノブを捻る。
入ると中からは黒いモコモコした物体が「わんわん!」と吠えて駆け寄って来た。
「めるちゃんただいまー」
部屋に入った可憐は、ニコニコしている。理由は我が家のアイドルが原因だろう。俺以外に懐かないという予想とは相反しめるちゃんは可憐に体をスリスリし、そのめるちゃんを「かわいいわねー、初めまして〜」と言いながら撫でていた。少し嫉妬する。
「ここでくつろいでいてください」
居間まで入り俺は座れと掌を机の方に向けた。
「ありがと」
俺に促された場所に可憐は座った。座ったと同時に我が家のアイドルも可憐の膝上に乗っかった。ポメラニアンとプードルの雑種のアイドルは小型犬だ。彼女の華奢な膝の上でもくつろげるスペースを確保している。
「親御さんはどうしてるの?」
可憐は部屋をキョロキョロしながら聞いて来た。
今日心から部屋を綺麗に保っといて良かったと思った。
「訳あって1人暮らしなんすよ」
「そう」
それ以上は聞いてこなかった。
可憐は、めるちゃんを撫でながら机の上に乗っているテレビのリモコンに手をつけ電源ボタンを押した。
その姿を見て遠慮しないなとか思ってしまう。
しかし、電源ボタンを何度も押しても我が家のテレビはつかない。
「あら、電源入れてないのね、節約してるの?」
テレビのコンセントを探すため可憐は四つん這いになった。その姿を後ろから見ていた俺の電源はしっかりオンになっていたが引かれたくないので目を逸らした。
「まー節約って感じですけど普段あまりテレビ見ないんすよ」
「そうなの、見たいテレビあるからつけるわね」
「どうぞ」
電源をつけた可憐は再び座り直しチャンネルをポチポチと切り替えている。
今日は月曜日、もう9時はとっくに過ぎ9時45分を回っている。9時から始まるドラマを見たとしても終盤に差し掛かっているため見るとは考えられない。何を見るのだろうか。この人のことを本当に知らない俺にとっては少し興味があった。しかし俺はやることがあるので脳みそを切り替えた。
「俺風呂沸かしてくるんで」
「お風呂入れてくれるの?」
少し驚いたように可憐がこちらを振り向く。
「ついでっすよ」
ついでというのは嘘だ。いつもは水道代を節約してシャワーで済ますが今日はさすがに節約してるんでシャワーでとは言えなかった。相手が男ならそう言っていたが女子となれば話が違う。
風呂を洗う。
ゴシゴシゴシ!!
学校1の美人の先輩を風呂に入れるのだ。腕が痛くなるほど浴槽を柔らかめのスポンジで擦った。
一通り洗いお湯を張る。
完全に入れる状態になるには少し時間がかかる。
俺はリビングに戻りキッチンに向かい冷蔵庫から何か食べれる物を探した。
今日学校に忘れたお弁当が眠っていたがこれは明日学校に持って行って食べよう。
「可憐さん、そういえば何食べたいんでしたっけ?」
質問をしたっきり答えを聞いていなかったことに気づいた
「…オムライス」
下を俯きながら呟くように可憐は言った。その声音は消えそうでとにかくもうめちゃめちゃ可愛い。あれだ萌えってやつだ。
しかし残念。
「材料見る感じ野菜炒めと味噌汁しか作れないっす」
「じゃー聞くな」
恥ずかしそうな顔をこちらに向けて来た。
食材を切ったり炒めたりしていると横のパネルが「お風呂が沸きました」と二回繰り返して伝えて来た。
「可憐さん、お風呂入ってください」
「男の子の家のお風呂なんて入った後に何するかわからない」
くそ。読まれてる。
「俺シャワーにするんで」
「約束ね」
はぁ、と残念というため息を小さく吐く俺の横を通り可憐は風呂場に向かった。
「タオルは洗濯機の上に置いてあります」
「分かったわ」
「それと寝間着俺のやつ貸しますんで今日はそれで我慢してください」
「うん」
その横顔は少し赤くなっていた気がする。
俺のこの人に対してのイメージとしてはもうこういうのは慣れていると思っていた。学校でNo. 1美少女の可憐はきっとお付き合いなどの経験が豊富だと予想していた。しかし今の表情を見るとそのイメージは崩れかける。
野菜炒めと味噌汁が出来上がった。さすがにご飯は冷凍のを解凍して茶碗に盛り付けた。
そのタイミングで可憐が出てきた。白のラインが入ったジャージの上に灰色のスエットを着ている。というか着させたと言った方がいいのかもしれない。そして俺はあることに気づく。
風呂に入る前と後では顔が変わっていなかった。
「可憐さんって今洗面所で化粧した?」
「してないわよ、学校はすっぴんで行ってる」
「嘘だろ」
整い過ぎだろ
「ホントよ、てか化粧品持ってきてないし」
可憐は家出中だ、財布を置いてきたくらいだから化粧品なんて持ってくるはずがな
い。
「それより」
「なんすか?」
下を俯き、可憐は少し身じろぎ消えそうな声音で呟いた
「………着。どうしよ」
「ん?」
「下着どうしよう!」
その顔は真っ赤だった。てか俺の方こそ真っ赤になっていた。つまり今その、俺のジャージに直に密着ってことだろ?そんなことがあっていいのだろうか。
「てことは直?」
「な、なわけないでしょ!さっきの履いてるわよ!」
「ですよね」
俺があからさまに肩を落とすと可憐は「残念そうにするな!」と叱ってきた。
俺は可憐にお金を適当に渡しコンビニで買ってくることを促した。
最初は一緒に行こうとしたのだが、可憐に睨まれたのでここはシャワーを浴びて待つことにした。
可憐がコンビニに向かうために家の扉を開け、俺は夕飯にラップをかけ風呂場に入った。
浴槽からもくもくと登っている湯気を見て俺はさっきまであの美人が入っていたのか、と頭の中で考えてしまい、ゴクリと唾を飲んだ。
「あほか。」
そんな童貞臭いことはダサい。童貞なのだが。
童貞は心を鬼にした。
「てかシャワーじゃついでじゃねーじゃん」
文句を呟くが俺の口角は上がっていた。
それは俺が興奮してるとかではなく、いつもなら全て1人なのに今日は2人ということに多少なりとも幸福感を感じていたから。
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コメント
黒山羊
主人公の裏も気になりますね。節約してるのも一人暮らしだからですかね??あと、なんでも良いけど先輩が可愛いです