過去に戻り青春を謳歌することは可能だろうか
1話 夢を見た
「直斗君は優しいから、きっと色んな人が君に救われるよ」
夕方の公園のブランコに座っている俺の目の前で誰かがそう言った。
誰だろうか。顔は分からない。髪の毛は少し茶色で長いストレート。その髪型と声からして女性なのは間違いない。
「君は、誰?」
ニコリと口角を上げて
「私は……」
目が覚めた。見慣れた天井を見つめて俺はボーっとしている。目元に微妙な熱を感じた、なぜか泣いていたのだ。
目元をぬぐい敷布団から体を起こし制服に着替えた後、適当に朝食をとり洗面所に向かい歯を磨き髪の毛をセットした、そして家を出る。
「行ってきます」
別に誰か他に『行ってらっしゃい』という人はいない。
いつもと変わらない朝を迎えいつもと変わらない時間に家を出る、季節はゴールデンウィーク明けの5月6日、春にはなっているが朝はまだ少し肌寒い。
学校に着き自分の教室がある二階まで階段を登り席について授業の準備を始めた。
「おはよー、なおとー」
俺の肩を組んできた翔は少し体に熱を持っている。
「お前暑いから離れろよ」
「仕方ないだろ〜朝練終わりなんだぞ」
見れば翔はブレザーを脱ぎまだ肌寒いこの気候でワイシャツに腕まくりというスタイルだ。
「理由になってねーよ」
翔の肩を振り払う、翔は「バスケ部ハードなんだよー」と手で顔を仰ぎ『暑い』というジェスチャーをする。
「バスケ部の練習は朝でもハードなのは知っているがむさ苦しいからその絡みはやめてくれ」
「中学校からの仲だろ?」
翔はニコリと笑った。こいつのこの爽やかすぎる笑顔には腹が立つ。
「彼女にやれって」
「他クラスだし」
「彼女の代わりが俺ってのはよくねーぞ」
俺の返しに笑っている翔の笑顔にいったい何人の女子が恋をしただろうか、今の彼女もその1人で入学早々に付き合い一年経った今でもラブラブしている。
授業開始のチャイムがなり翔は「じゃーなー」と自分の席に戻っていった。翔の苗字は赤羽。つまり出席番号は1番、クラスの席は窓側になる。対して俺の席は廊下よりの後ろの席、1番先生と目が合うような席だ。
4時間目の授業が終わり、昼休みに入った。
「やべっ。弁当忘れた。」
昨日作ったお手製自分向け愛のこもった弁当を置いてきてしまった。仕方ない。購買に行くか。たしか100円くらいで買えるカレーパンがあった気がする。それ一個で我慢だな。
玄関の前にあるパン屋さんまで行った。既に多くの生徒で賑わっているせいでどのパンが売っているのか確認できない。てか買えない。ここ長嶺原高校の生徒数は全校で1200人くらいだ、お昼の時間にこうなることは毎回恒例なのだろう。
人混みをなんとか避けながらやっと100円のカレーパンを買った。
「今日は中庭が良さそうだな」
快晴で少し暖かくなった日にはできるだけ中庭で食べることにしている。いつもなら翔と食べているが教室を出るときに「俺今日沙耶とー」と彼女の名前を出した。つまりあれだろ青春するってことだろ。
購買に寄ったせいか中庭のベンチはほとんど埋まっている。仕方なく端っこにあるベンチに向かった、しかしそこには先客がいた。
長いストレートの黒髪を風になびかせながらパソコンで何かをしている女子生徒。その姿は凛とした佇でとても美しく数秒間見入ってしまった。彼女はこの学校の生徒会長である夏ノ可憐だ、その美貌から何度もモデルや芸能界にスカウトをされたことがあるらしい。
はっと我に帰り可憐の座っているベンチに腰を下ろした、なるべく離れて。
買ってきたカレーパンを開封しようとしたその時。
「グゥ〜」
右隣から腹の虫の鳴き声が聞こえた。
気まずい。
可憐はお腹をさすっている。腹ペコアピールだろうか。
「あの…」
「なに?」
声をかけた俺に可憐は顔を向けてきた、その姿でさえ少しドキッとしてしまう。
「カレーパンあるんすけど食います?」
「それ、あなたのでしょ、大丈夫よ」
冷たい声音で拒否をする。
「そっすか」
カレーパンを開封し口に近づける。
「グゥ〜」
また泣いた。腹が。
「何も食べていないんすか?」
「朝からね」
「俺朝は食ったんであげます」
「別にいいわよ」
膝の上に乗ったノートパソコンのキーボードから手を離しこちらに向けて両手を振ってくる。
「じゃー半分こで」
パンを器用に半分に分け片方を可憐に差し出した。
「あ、ありがと」
諦めたようで可憐はカレーパンを口に運び「おいしい」と少し笑顔になっていた。その笑顔にドキッと心が踊った。
5時間目の授業開始5分前の予鈴が鳴った。
腰を上げベンチから立つ俺を見て可憐がカレーパンを飲み込み口を開いた。
「君、名前は?」
「俺は、2年5組、町直斗です」
「私は、3年1組、夏ノ可憐よ」
これが俺と彼女の小さな出会いだった。
帰りのホームルームが終わった、担任が最近遅刻が多いだの何だの言っていたが聞き流した。
駐輪場に向かった。2年生専用の駐輪場に差し掛かったときそこにはいつもとは違う光景があった。
「会長さん、なにやってんすか」
そこには先ほど昼休みに出会った夏ノ可憐の姿があった。彼女は3年生なので2年生専用の駐輪場にはいないはずだ
「えっ…あ、さっきの」
少し肩をビクッとさせて後ろを振り返った。
「はい、さっきのです」
名前を忘れられたのではないのだろうか。
「直斗くんよね?」
「そうですよ、覚えててくれたんすね」
「さっき会ったばかりなのよ、普通覚えているわよ」
当たり前でしょと付け足して可憐は下を見て首を右に回したり左に回したりしている。
「探し物ですか?」
「うん、家の鍵を落としちゃって」
「探すの手伝いますね」
「え、あ、ありがと」
今日はこの後バイトがある、早めに見つけてバイトに向かおう。
結果を言えば見つからなかった。時間は16時52分。駐輪場に着いたのが16時ジャスト。1時間近く探していたのだ。
今から帰ったとしても17時スタートのバイトには間に合わない。人生初の遅刻でもするか。
「はぁ…」
俺が溜息を吐いた瞬間、急に目の前が眩しくなり不意に目を閉じた。
目を開けるとそこは中庭のベンチだった。
「グゥ〜」
横を見ると可憐の姿があった。
「どういうことだよ」
俺はどうやら過去に戻っていたのだ。
コメント
黒山羊
最初会長さんとあってた時は意外とありがちだなーと思っていたんですが、最後の謎展開には心が踊りました!!そして、自分への愛情を向けた弁当は笑いましたw
あと、物語序盤の謎の女性も気になります!これからも読んでいこうと思います!