異世界転移者のマイペース攻略記
019_死者の迷宮3
炎の杖を構えると躊躇する。MP800を込めたファイアストームならリッチを一撃で倒せる、が、俺たちも無事ではいられない……選択肢は3つ、何もせずにリッチに殺されるか、足掻けるだけ足掻いて有るかも分からない活路を見つけるか、自爆覚悟でMP800のファイアストームを撃つか。
生き残れる可能性が一番高いのは3番目、嫌過ぎる。しかし1番目や2番目は基本的に死の未来しかないが、3番目が一番前向きなんだよな。
「む、リッチが魔術を!」
セーラが声を上げるのと同時にリッチの魔術が発動しリッチを囲むように骸骨が10体現れる。リッチの持つ【死霊魔術】によって召喚された魔物、スケルトンだ。
リッチだけでも厄介なのにスケルトンが10体も現れるのかよ!
スケルトンを【鑑定】で確認するとランク2とある。ランク自体はそれほどでもないが数で押されるとヤバい。
召喚されたスケルトンがリーシアに殺到する。しかしリーシアが盾を横に振り回すとスケルトンはバラバラに吹き飛ばされる。
それを見たリッチは更に多くのスケルトンを召喚していく。もう際限がない感じで次から次に召喚されたスケルトンがリーシアに攻撃を仕掛ける。
幾ら何でもこのままスケルトンが召喚され続ければリーシアの体力が持たないのは分かり切ったことだ。
「セーラ、自爆覚悟で魔法を撃つぞ」
「自爆?」
「生半可な魔法ではリッチにダメージを与える事はできない。リッチにダメージを与えるだけの威力のある魔法を撃てばこの狭い空間だから俺たちにもその猛威が振るわれることになるだろう……」
「……やるしかないのですね?」
「ああ、やるしか俺たちの生き残る道が無い」
セーラは少し迷ったようだが、この状況では10分も持たないと分かっているのだろう、俺の提案を飲み込んだ。
「私はどうすれば?」
「できるだけリッチを奥に誘導し、俺が魔法を発動するタイミングでこちらに集合するように指揮をして欲しい」
できるだけ自分たちが生き残る目を残す為に魔法の中心地となるリッチを出来る限り引き離しておくのが良いだろう。
しかし俺が魔法を撃つタイミングでリッチを引き付けていたリーシアたちが戻ってくる時間も稼がなければならないのでセーラにはそう言った調整をしてもらうことになる。非常に難しい判断だが、セーラしかできないことだ。
「分かりました。魔法を撃つ前に声を掛けて下さい!」
そう言うとセーラはリーシアとサンルーヴに指示を与え、リッチやスケルトンの牽制を行う。そして徐々にリッチたちをボス部屋の奥に誘導していく。
流石だ、周囲がしっかりと見えているし、指示も的確だ。
俺も自分の仕事をしなければな。
先ずは【時空魔法】でヘイストを2人と1匹に付与し、手に持った炎の杖をギュッと握り前に構える。
「MP800を消費し、我が敵を炎の渦にて焼き滅ぼせ、……セーラ、撤収っ!」
俺の声に呼応し、セーラはリーシアとサンルーヴに指示を出す。
リーシアが盾でリッチにシールドバッシュをするとリッチは一瞬固まる。シールドバッシュは物理攻撃と属性攻撃が合わさっているようで属性攻撃であるスタン効果が【物理耐性】を持っているリッチにも効果がある。そして2人と1匹がこちらに走り出した。
2人と1匹が俺との距離を詰める、3分の1を切った、今だ!
「ファイアストーム!」
スタンから回復したリッチやスケルトンたちもリーシアたちを追いかけて来ていたが、それなりに距離があったので俺はファイアストームを撃った。
南無三っ!
膨大な炎の渦がリッチを中心に蠢き、動きの遅いスケルトンを巻き添えにしてその範囲を拡大させる。
離れた場所にいる俺にも爆風が届いてくるが、ファイアストームは未だ範囲を広げている。
「主っ!」
俺の元に戻って来たリーシアが俺の前に仁王立ちし、ファイアストームから俺を守ろうとする。
リッチやスケルトンたちは炎の渦に視界が遮られその動向が分からないが、これだけの威力のあるファイアストームを受けて無事なわけがないだろう……と思いたい。
俺はリーシアに守られ直撃を受けてはいないが膨大なエネルギーの奔流を受け、体が悲鳴を上げる。これ以上はキツイ、熱い、死ぬ!
自分のことながらこれだけの威力のファイアストームをよく発動させた物だ。手に持っていた炎の杖は既に大破し、原型が分からないほどにボロボロになっている。
「……」
「……」
「……」
「……」
どれだけの時間が経ったのか、10秒か、1分か、もっと長い時間なのか、分からない。
やっとファイアストームが収まり、俺は周囲を確認する。リッチやスケルトンは居らず地獄の業火とも思えたファイアストームに焼かれた床や壁、そして俺を守って仁王立ちしたリーシアと同様に俺を守る様にファイアストームを耐えきったセーラとサンルーヴ。
「生きているか?」
皆から返事が返ってきた。何とか生きているがボロ雑巾と言う形容詞がしっくりくる姿、もう満身創痍だ。特にリーシアは持っていた大盾が大破し、鎧にもヒビや穴が開いてしまっておりダメージが大きいのが分かるし、セーラとサンルーヴもかなり火傷を負っている。
体を動かすのも辛いがポーションを取り出し皆で飲む。1本では不安があったので俺は2本、俺以外には4本飲ませた。念の為に回復の杖を取り出しヒールを皆にかける。
「何とか生き残ったな」
皆が頷き3人と1匹でホッと一息つく。
だが、そんな俺たちの気など知らないと言わんばかりに床が光り輝く。
座っていた俺たちは立ち上がり光り輝く床を警戒する。そして光が周囲を包み俺たちは目を開けていられなくなる。
「おめでとう御座います。貴方たちはこの『死者の迷宮』のダンジョンマスターを見事討伐しました」
光りの中で俺たちに誰かが語り掛けて来る。男とも女とも、老人とも若者とも、判別できない声だ。
目を開けたくても光が眩しすぎて声の主を視認できない。
「だ、誰?」
セーラの声がした。彼女も俺同様この声の主が誰か分からないのだろう。
「私はこの『死者の迷宮』を創りし『死を司る神、ツキヨミ』です」
ツキヨミって聞き覚えがある神の名が出てきました!
俺の知っている神様とは違うかも知れないけど、俺の知っている神様ならかなりのビッグネームだ。
「今回、貴方たちは初めてこのダンジョンマスターを討伐されましたので、ダンジョンマスター初回討伐特典として私の力の及ぶ範囲内で貴方たちの希望を叶えてさしあげます」
ダンジョンマスターの初回討伐特典……で希望を叶える? それって元の世界に戻してと希望すれば帰れるのか?
「希望されるのは何でも構いません。スキルが欲しい、武器が欲しい、防具が欲しい、などどのような希望でも構いません。但し、私の力が及ばない希望に対してはできるだけ希望に沿うように近付けることになります」
『インス、このツキヨミって神様は本物なのかな?』
『間違いなく『死を司る大神ツキヨミ様』です』
インスが知っている神であり、更に神の前に『大』を付けている事からかなり上位の神様だと言う事が分かる。
『元の世界に戻して欲しいと願っても大丈夫かな?』
『ツキヨミ様は死を司っておりますので世界を渡るお力については何とも言えません』
『つまり元の世界に戻れる可能性はかなり低いと?』
『そう思われます』
別に元の世界に戻りたいわけではない。日本には家族は居るが疎遠だし友達も居ない。
今の暮らしに不便があると言えばあるが、【通信販売】がある俺にとってはマイナス要素ではない。
魔物は恐ろしいがリーシアたちもいるので心強いし、日本よりリーシアたちが居る分俺の居場所がある感じもする。
しかし『帰れない』と『帰らない』では気持ちに雲泥の差がある。ならば俺の希望はこれだ。
……俺たちの希望を聞いたのか、眩しくて目を開けれなかった状態からボス部屋に戻っていた。
「……夢……なのか?」
「……いえ、恐らく現実です」
「うむ、主よ、夢ではないぞ」
「ゆめじゃないワン」
セーラ、リーシア、サンルーヴの3人が夢ではないと言っている事から俺たちはダンジョンマスター初回討伐特典をツキヨミ様から貰えたようだ。
「「「……っえ?」」」
「どうしたんだワン?」
俺、セーラ、リーシアの視線がサンルーヴ……に集まる。
「……サンルーヴ……なのか?」
サンルーヴが喋っている……しかも全裸で……いや、全裸は元々……俺、目が可笑しくなったのか? サンルーヴが犬耳、じゃないな、狼耳の獣人になっている……全裸でっ!
「……サンルーヴ……姿が獣人に……」
「ごしゅじんさまとおはなしがしたいとおねがいしたんだワン」
「なるほど、主と話をする為にな……」
願ったらブラッドウルフが獣人になれるのかよ……ツキヨミ様、パネェ! そんなことができるなら世界を渡ることなどお手の物じゃね?
「ゴホンッ! グローセさんはいつまでサンルーヴの裸を見ているのですか?」
「うむ、主よ、裸が見たければ俺のを見せてやるぞ!」
俺はセーラによって無理やり頭部を180度回転させられた。首が千切れ死ぬかと思った。そしてリーシアはぶれない。
サンルーヴが獣人にクラスチェンジしたようにショッキングなことがあったが、俺たちはボス部屋の中央に現れた宝箱を眺める。
サンルーヴの希望は獣人になったことで叶ったのだから、後は俺とセーラとリーシアの希望を叶えられる物がこの宝箱に入っていると考えるべきだろう。だからか宝箱も3個現れている。
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