チートあるけどまったり暮らしたい
143 召喚されし者5
僕は咄嗟に佐々木さんと久城の持っていた剣を握った。
物凄い力で佐々木さんと久城は持っている剣を自分の腹に刺そうとしているが、逆に抵抗もしているようだ。
クソ、手が痛い。焼けるようだ。
「ちょっと何よこれ?勇者がいないと困るのはアンタじゃないの!?」
「勇者?そんな甘ちゃんどもに助けを求めるほど僕は落ちぶれていないぞ!ひゃーっはははは!」
「はぁ?アンタ自分の立場分かってないの?落ちぶれどころか、めり込んでいるほど腐ってるわよ?」
「ウルサイッ!お前に何が分かる!?僕のような高貴な血筋が世界を統べるのだ、そうしなければならないんだ!」
「……アンタのどこが高貴なの?ただの犯罪者のくせに」
少女よ、どうでもよいけど僕たちを放置して仮面男と話し込まないでほしい。
助けてよ、僕の手から血がポタポタと滴り落ちているんだけど。
「あ、あの、助けて下さい……」
「貴様、何故自害せんのだっ!?」
「そうだったわね。アンタ五月蠅いから寝てなさい」
今度は仮面男の側頭部を持っていた杖で殴り飛ばし仮面男を黙らせた少女は僕たちの方にやってきて佐々木さんと久城の首筋に手刀を当て2人の意識を刈り取る。
「さて、アンタの手を見せて」
僕は2人の剣を握っていた両手の手のひらを少女に見せる。
「あんまり得意じゃないけどこの程度ならいけそうね」
そう言うと少女は杖の先を僕に向けた。
そして杖の先が発光し僕を優しい光が包み込む。とても気持ちの良い光だ。
光りの効果か僕の手のひらの傷口が徐々に塞がっていく。
回復魔法だと思うけど、やっぱり魔法って便利だと思う。
「そっちの2人はアンタのおかげで命拾いしたけど、こっちのはダメね。ボクではこっちのを治すことはできないわ」
少女は僕の次に2人も回復してくれた。
佐々木さんと久城はお腹に少し刃が当たった程度だから問題なく治すことができたけど、宇津城は剣がお腹から背中にかけて貫通しているから無理だと言う。
しかも貫通した禍々しい剣が脈打ちまるで生きているように見える。
やっぱこの剣は呪われているんじゃないかと思う。
「しかたがないわね」
徐にローブの内側から……スマホ?を取り出して耳にあてた少女。
えぇぇぇぇぇ!?この世界にもスマホがあるの?
「もしもしドロシー様、1人かなり酷い怪我をしたのがいるのでお願いできますか?」
ドロシー様って、あのドラゴンに乗っている綺麗な女性だよね?
とても強力な後ろ盾のあるドロシー様でよいよね?
「ええ、すみませんが、宜しくお願いします」
少女はスマホを懐に戻すと僕を見る。
「アンタがクリストフの言っていた勇者の中の協力者ね?」
「クリストフ?」
「ああ、そうだったわね。魔技神の加護を得ている勇者で良いのよね?」
「は、はい。ステータスにそうあります」
少女はツカツカと僕の方に寄ってくるといきなり僕に平手打ちをした。
パシンッと渇いた音がし、僕はたたらを踏む。
「魔技神はアンタに隷属主を始末しておけと言っていたはずよ。アンタがもたもたしていたからアンタの友達が命を落としていたかもしれないのよ、分かる?」
「ぅっ!……」
僕は頷くことしかできなかった。
そうだ、僕があの仮面男の正体を突き止めて……殺すか意識を刈り取っておけば皆は……
(クリストフから彼と協力して隷属主を殺すか無力化しろって言われていたけど責任は彼に擦り付けてしまえばいいわね)
少女が口をすこし歪めにやける。
何で笑えるのかと思う。でもその表情が僕を嘲笑っているようにも見える。
この少女ならどんなことでも、それが僕のせいだ!って言いそうだ。
「お取込み中失礼しますわね。その男性のお腹に刺さっている剣を抜いてくださいますか?」
後ろから声がしたので振り向くと、そこには巨大なドラゴンの顔があった。
今にもその大きな口で食べられそうなほど近い距離でドラゴンの顔を見てしまった僕は体を硬直させて茫然とするしかなかった。
ドラゴンの上には小さな赤ちゃんを抱えた綺麗な少女もいた。この綺麗な少女がドロシー様だと思う。
綺麗なドロシー様に見惚れていたわけではない。ドラゴンの恐ろし気な顔に硬直していただけなんだ。
しかし少女がそんな僕を許してはくれなかった。
後頭部に痛みが走る。少女が僕の頭を殴ったのだ。しかもグーで。
「ぼけ~っとしてない!アンタの友達を助けたくないの?早くあの剣を抜きなさいよ!」
少女は気が短い。
ドラゴンより僕は少女の方が怖いと思った。
僕は硬直した体をなんとか動かし宇津城のお腹に刺さっている剣に手をかけた。
そして少女を見、ドラゴンを見、ドロシー様を見る。
ドロシー様が頷いたので僕は剣を持つ手に力を込めて一気に引き抜く。
宇津城の体がビクンッと跳ねる。血がドバっと吹き出す。普通なら助からないと思うような光景だ。
「エクストラヒール!」
ドロシー様はラノベでもお馴染みの回復魔法を発動させた。
しかしこの世界にはスマホもありラノベでお馴染みの回復魔法もあって、異世界なんだけどそうじゃない感じもするな。
エクストラヒールを受けた宇津城の体が淡く光り、溢れるように流れていた血が止まる。
血の痕でよく分からないけど傷口が塞がったのだと思う。
「これで大丈夫でしょう。それよりもペロンさんたちの方も同じような状況だと報告がありましたので私はそちらに向かいますね」
「有難う御座います。ドロシー様」
「アルー、行きましょう!」
ドロシー様に促されドラゴンは翼を大きく羽ばたかせる。
その1度の羽ばたきであっという間に上空へ駆け上がるドラゴン……カッコイイ!
「さて、この始末、どうしてくれようか!?」
少女はころがっている仮面男を蹴り飛ばす。
意識のない人を蹴るなんて僕の常識からしたら彼女のほうが悪役だ。
「アンタ、見てないで手伝いなさいよ」
「は、はい」
け、蹴るのを手伝うのか?僕も悪に染まってしまうのだろうか?
どうしよう?そ、そうだ、手加減して蹴ろう!
「何してるのよ?」
「え?蹴るのではないの?」
「はぁ、それでこのクソ虫からアンタの友達の支配権を奪えるのならそうしなさいよ」
「……」
「このクソ虫を殺さないと友達は解放されないわよ?」
「っ!」
何となくだけど分かっていたんだ。殺さなければ佐々木さんたちがいつまでも奴隷のままだって。
でも僕にこの仮面男を殺せっていうのはキツイよ。
でも少女に殺させるのも気が引ける。
どうすれば良いのか……
「アンタ殺らないのなら私が殺るわよ?」
「え?良いの?」
「でも奴隷の支配権がボクに移るわよ?その後のことはボク次第よ?」
「……それって貴方が解放すれば」
「それで良いの?ボクが解放しなかったらどうするの?ボクを倒す?それだったらアンタが今ここで殺れば良いと思うわよ?」
「……」
確かに僕が仮面男を殺した方が確実なんだ。
でも僕に人を殺せるのだろうか?どうすれば……
「うぅ……痛……」
「あら、起きちゃったわよ。クソ虫は生命力だけは強いのよねぇ~」
「だ、誰がクソ虫だ、このブスが!」
「そんな恰好で強がっても滑稽でしかないわよ」
「くそっ!」
そう言うと仮面男は奥歯を噛む。
「……」
「……」
「……」
悔しくて奥歯を噛んだわけではないようだ。
何かの仕掛けが奥歯にあったのは仮面男が何度も奥歯を噛んでいるからわかった。多分、ドラマやアニメなんかでお馴染みで毒とか仕込んであるのだと僕は思うんだ。
「何故だ!?何故発動しない!?」
「あぁ~もしかして転移系のマジックアイテムを発動させようとした?残念だけど転移系のマジックアイテムは無効化してあるからね。毎回逃げられても癪だからってクリストフが言っていたわ」
「なぁぁぁぁぁぁぁんっだぁぁぁぁぁぁってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
仮面男の心の叫びが聞こえたようだ。
どうやら仮面男は毒を飲んで自害する系ではなく、危なくなったら転移して逃げようと思っていた系だったようだ。
今までにも同じように逃げたのか、今回は転移を封じられた感じみたいだ。
この仮面男って間違いなく悪役なんだけど、コメディアンぽいよね?
そんな時だった。僕の腰に携えてあったあの呪われていそうな剣がいきなり鞘から抜け出し、そのまま上空へと浮かび上がっていった。
仮面男の叫びが発端になったのか、それとも何らかの切っ掛けがあったのか分からないけど、剣が飛んでいくなんて異常だ。
しかも佐々木さんや久城、そして宇津城の剣も空に飛んでいく。
よく見ると神殿の方からも剣が飛んでいくのが見えた。
多分、僕たちに配られた全部の剣が飛んでいったのだと思う。
「ねぇ、あれ何よ?」
「くくくくく、貴様などに教えるものか!?」
「あっそう」
少女はグーで仮面男の鼻をパンチした。
仮面がなかった部分なので直撃した拳に潰された鼻から盛大に血が飛び散る。相変わらず容赦ないよ、この少女。
その後、マウントポジションからの左右の連打を仮面男の顔面に叩き込む。リンチにしか見えない。
あ、仮面男の仮面が割れて顔が見えた……普通にイケメンの部類だったと思うのだけど、今の彼は鼻は折れ歯もバキバキに抜け落ち膨れ上がったことで原形をとどめない顔になっている。
「ふ~少しはスッキリしたわ」
この少女には逆らってはいけないと僕の心の奥底に刻まれた瞬間だった。
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