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なんじゃもんじゃ

137 オリオン包囲戦<キルパス川方面軍2>

 


 船旅は順調だ。いや、船旅というのは不謹慎か。
 聖オリオン教国への進軍。もう直ぐクリセント・アジバスダを包囲できる。
 これほどまでに順調に進めるのは息子であるクリストフのマジックアイテムがあってこそだと感慨に浸るアーネスト。


 ホエール級のサザンクロスを旗艦とするキルパス川方面軍に配備されている艦船の殆どは帆船である。つまり風に左右されるはずなのだが、キルパス川方面軍は風に悩まされることなく進軍する。
 何故ならクリストフが作成したマジックアイテムである【風向ふうこうの鈴】によって常に追い風となっているからである。
 その他にも【水陸両用強襲用戦車】という箱型の上陸船によって部隊の上陸がスムーズになったり、魔導砲が長射程に改良されたことで援護射撃によって攻城戦が楽になったりと上げたらキリがない。


 今の所、3方面軍の中で我がキルパス川方面軍が最も侵攻速度が速くクリセント・アジバスダにも最初に到達できると見込んでいる。
 そんな順調な進軍だったが、ここで占領した港湾都市が何者かの襲撃を受け、少なくない被害を被ったと報告が上がってきた。


「敵は少数でこちらの哨戒網を掻い潜って潜入し我が軍を攻撃、被害は小型艦8隻大破、小型艦11隻中破、中型艦4隻大破、中型艦7隻中破。人的被害は確認中で御座います」
「それだけの被害が出たのに敵は少数だというのか?」
「は、敵は地上から強力な魔術1発を放っただけとのことです」
「1発……だと……王級もしくはそれ以上の魔術か……」
「魔術は火属性の爆発系魔術だったと報告にあります。爆発が起こったと思ったら一瞬でそれだけの艦船に被害が……」


 聖オリオン教国は4大国だ、それだけのマジックアイテムを持っていても不思議ではない。寧ろこれまで被害がなかった方がおかしいと思った方が良いだろう。
 しかし、だからと言ってそれを放置するわけにはいかない。王級以上のマジックアイテムであれば使った後には魔力の補充が必要で少数の部隊であればその魔力を補充するのも時間がかかるだろう。
 その補充が終わるまでに見つけ出し対処しなければ再び大きな被害を受けることになる。


「敵部隊を見つけ出せ。哨戒部隊を倍増させよ」
「は、直ちに」


 しかし被害報告は私の予想を超えて広がっていった。
 そしてその被害がたった1人の敵によって齎されたと報告があり、私はとても驚いた。
 たった1人で敵地に乗り込み、大打撃を与えて離脱する。最小単位の1人による破壊工作なので哨戒網に引っかからなかったようだが、それだけの攻撃を1人で行うなど誰にでもできることではないからだ。


「この敵はエクセル団長に匹敵、いやそれ以上だな……1人で潜入するだけでも大変なのだから……」


 思わず声が漏れてしまった。
 敵は天才と言われた我がブリュトゼルス辺境伯家の魔術師団長であるロザリア・フォン・エクセルよりも上だと思っておいた方が良いだろう。
 流石にクリストフ並みとは思えないが、非常に危険な敵であることには違いがない。


 港湾都市への攻撃は毎日続いたが、2日前にそれが止まった。
 報告によればクリストフのオリオン北部方面軍が聖オリオン教国の勇者を捕縛したらしい。恐らくはその勇者が港湾都市を攻撃していた者なのだろう。
 クリストフのところで捕縛した以上はその勇者の処分はクリストフが行うことになる。ここまで我がキルパス川方面軍では数千にも及ぶ兵が死傷したので私の手で裁いてやりたかったが仕方がない。
 だがこれでクリセント・アジバスダに進むことができる。


 全軍に進軍の指示を出しクリセント・アジバスダを目指す。
 残る港湾都市は1ヶ所、その港湾都市も魔導砲による援護射撃を行い上陸部隊を支援する。
 最初の砲撃で敵の中枢部を徹底的に潰したので敵の抵抗は散発的で上陸部隊は思った以上にスムーズに上陸ができた。
 だが、散発的な抵抗を行ったのが狂信者とも言える者たちだった為に各所で激しい抵抗にあい、少なくない被害が出ているという。
 しかも上陸部隊が広範囲に広がり過ぎ下手に支援砲撃を行えない状況になってしまっている。
 ここで膠着こうちゃくした戦局を打開するために魔術師団を投入することにした。


「エクセル団長に左翼の支援を行えと指示を」
「は!」


 通信士によって指示が素早く発せられる。
 この通信機というマジックアイテムもクリストフ製の非常に高性能な情報伝達手段である。
 この通信機があることで一瞬で味方に指示が出せる。これだけで戦を有利に進めることが出来るのだ。
 私の命を受けた魔術師団が左翼の支援に向かう。
 我がブリュトゼルス辺境伯家の魔術師団はクリストフのところの魔術師団とまではいかぬが、それでも神聖バンダム王国の宮廷魔術師に匹敵する実力を持っている。
 天才と言われたエクセル団長が手塩にかけて育てた魔術師たちなのだ、世界有数の実力をもっていると自負している。


 魔術師団を投入した左翼が敵の防衛施設を攻略したことによって戦局が動いた。
 敵の右翼が瓦解したことで浮足立った敵の隙を見逃さずにここぞとばかりに圧力を強化したからだ。
 敵味方共に大きな被害を出したが、港湾都市を抑えることができた。
 教都に近いだけあって予想以上に抵抗が激しかったのだ。
 狂信者というのは本当に厄介だとつくづく思う。


 教都クリセント・アジバスダ。
 この中央大陸最大の都市であり人口は推定で400万人。
 キルパス川沿いに港を幾つも要する非常に大きな都市だが、その港には殆ど艦船は存在しない。
 これまでの戦いで我が軍が撃破したり拿捕したりした以外にもクリセント・アジバスダを脱げ出す者たちが艦船の殆どを使用したことによる光景だ。
 沈没する船から鼠が逃げ出すようにクリセント・アジバスダを見捨てたのだろう。
 しかし元々多くの艦船は残っていなかったのも大きいと思う。


 クリストフのオリオン北部方面軍、クジョウ侯爵のベルム公国方面軍が到着するのにまだ時間がかかるので我が軍はキルパス川を封鎖するに留める。
 我が軍だけでも攻撃は可能だが、これだけの大都市を攻撃するのには些か不安があるからだ。
 これまで解放してきた港湾都市で不当に奴隷にされていた者たちを解放し義勇兵を募っているので数においては既に35万を超えていることから不安はないが、残念ながら質が低いのだ。
 今まで奴隷として武器を手にしたこともない者たちが多いので訓練を行う時間がなく、数だけ揃えたという状況では市街戦を行うのは不安なのだ。


 クリストフたちが到着するまえに教皇が逃げ出すことも考えられたが、このクリセント・アジバスダにはオリオン教の聖域と言われる大聖堂と周辺の宗教施設があるので、これを放棄して逃げる者たちの求心力などたかが知れているので逃げたくば逃げれば良いのだ。
 我らは逃げた教皇たちを指名手配しどこまでも追い詰めてやれば良いのだから。


 数日後、クジョウ侯爵率いるベルム公国方面軍が到着した。その数日後にクリストフも到着したので会談を行うことにした。
 暫く見ない内にまた成長したように見えるクリストフはとても凛々しく見えた。
 この戦が終わればクリストフは……まぁ、先のことは良いな。
 さぁ、聖オリオン教国を打倒する決戦をしようか!


 

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