チートあるけどまったり暮らしたい

なんじゃもんじゃ

123 ペロン・フォン・クック2

 
 軍が進軍すればするほど人的被害が膨らむ。それが聖オリオン教国の人だろうと神聖バンダム王国の人だろうと死者や負傷者が増える。
 カルラは負傷者にヒールを施す。それが聖オリオン教国兵であっても区別なく命を助ける。勿論、戦争をしている以上は戦場で聖オリオン教国兵を殺すことだってあるけど、一旦戦いが終わり助けれる命があれば躊躇なく助ける。
 僕はそんなカルラを妻にできて幸せだ。


「ペロン、何にやにやしているのよ?」
「僕のお嫁さんは綺麗だなぁ~と思ってね」
「な、何言ってるのよ!?」


 頬を赤く染めてはにかむ。うん、可愛い!


 今日はアゼルを離れゼルバンに向かうので荷物をマジックバッグに入れているところなんだけど、基本的にカルラの荷物ばかりなので僕は特にすることがない。
 だって僕が触ると分からなくなるから触るなって言われてるんだ。


 僕たちの移動はクリストフ君が乗車している指揮車に同乗する。指揮車はクリストフ君印のハイスペック馬車で、指揮車を引くのはクリストフ君印のゴーレム馬、そして周囲はウィックさんのバトルホース騎馬隊が固めている。空にはジャバンさんの竜騎士隊も哨戒任務にあたっているので敵の待ち伏せはかなり高い精度で分かるようになっている。
 それにこの指揮車では10人ものスタッフが常に数十台のモニターを監視している。そのモニターにはここからは見ることもできない場所の映像がリアルタイムで映し出されている。
 クリストフ君はこのモニターに映し出されているのは監視衛星からの映像だと言っていたけど、僕にはその監視衛星と言うものが何か分からない。でもこの指揮車では各地の映像が確認できるので聖オリオン教国軍の動きが手に取るように分かるんだ。


 移動は歩兵の行軍速度にあわせているので非常にゆっくりで、それでも普通の馬車だと揺れがあるけどこの指揮車は揺れどころか振動さえ殆ど感じない。
 指揮車内はとても広くモニターの監視をしているスタッフ以外にはクリストフ君と僕の妻のカルラ、親友で参謀のクララにクリストフ君の護衛のフィーリア、そして参謀次官のエグナシオさんと僕が同乗している。スタッフ10人を含め16人も乗っているのにまだ余裕がある空間はクリストフ君曰く「これでも自重しているんだぞ」らしい。


「フィーリア、お茶を淹れてくれるかな」
「はい、少々お待ちください」


 アゼルを出立して暫くはエグナシオさんによる戦略講義を聞いていたが、クリストフ君は戦争の話には興味がないので飽きて来たのだろう、フィーリアにお茶を淹れるように頼んだ。
 フィーリアがお茶の用意をしているので良い匂いが漂ってきた。暫くすると洗練された所作でフィーリアがお茶を皆に出す。こうしていると普通のメイドにしか見えないけどフィーリアはクリストフ君の配下の中で最強なんだよね。


「有難う、フィーリアも一緒に飲もう」
「いえ、私はクリストフ様の護衛ですから」


 護衛なのにメイドのようにお茶を淹れるのも何だと思うけど、お茶を淹れるのはフィーリアの職務の内と言うことで納得しているのだと思う。
 お茶の誘いを断られたクリストフ君も無理に誘わないのでそれで良いと思っているようだ。


「美味しい、フィーリアの淹れたお茶は相変わらず美味しいわね」
「うん、私のメイドに欲しいわ」


 カルラもクララもフィーリアの淹れたお茶が好きなのだ。そういう僕もフィーリアの淹れてくれたお茶が大好きで、隣でお茶を飲んでいるエグナシオさんも満足そうにお茶の香りを楽しんでいる。


「そう言えばアトレイはどうしているんだ?」
「アトレイなら汚名返上だとか言って教都クリセント・アジバスダに潜入しているわ」
「あいつなりの拘りだな」


 アトレイさんを重傷にまでおいやった勇者と思われるエルフ。アトレイさんはそのエルフと再び剣を交えるのだろうか? 僕ならそんな無茶はしないけどアトレイさんにはアトレイさんの譲れない矜持があるのだと思う。無事に帰って来てくれれば良いけど。


 ゼルバンには3日後に到着した。
 ゼルバンは小高い丘の上にゼルバン城が建っており、その周囲に街が広がっている城塞都市だ。ゼルバン城は真っ白な壁に綺麗なコバルトブルーの屋根の城で、城下町も壁と屋根の色をゼルバン城に倣って統一感があるので城塞都市と言うよりは観光地と言った趣のある綺麗な街だ。


 既に戦いは終わっておりゼルバンには神聖バンダム王国の国旗がはためいていた。ゼルバン陥落の報は2日目の朝には白色軍のキクカワ中将から届いており、僕たちはスムーズに入城できた。


「某、クレイゾン・イムカと申します。神聖バンダム王国に忠誠をお誓い致します」


 身長は2mを越えるほどの大男で筋肉が凄く盛り上がっているイムカ卿。


「アベルメ・フルットと申します。神聖バンダム王国に忠誠をお誓い致します」


 神経質そうな細面のフルット卿。


「ハンベルト・デリンジャーと申します。神聖バンダム王国に忠誠をお誓い致します」


 これと言って特徴らしい特徴がないのが特徴のデリンジャー卿。


「私めはギレンド・ザビスと申します。神聖バンダム王国に忠誠をお誓い致します」


 野心的な鋭い視線のザビス卿。


 ザンバル・バレン殿の手紙に呼応しこのゼルバン城攻略後に集まった旧聖オリオン教国側の有力者たちがクリストフ君に頭を垂れて挨拶をする。
 ザンバル・バレン殿によると彼らは中央より放逐され辺境域を治める執政官や将軍だそうで、だからこそ調略が成功したと言っていた。


「以後の活躍に期待します」


 クリストフ君は短く簡潔に声を掛けた。今は海の物とも山の物とも分からない彼らに過剰な期待はしないようにしているのだろう。
 余りにも簡単に終わった面談の次は軍議がまっている。このゼルバンの次の目標についてどうするかの軍議だ。


「今後は軍を二手に分け進軍することになります。一手はこのまま東進しガラルジャンを、一手は南下してイスラ・クイルズを目指します。どちらも戦略的に抑えておく必要があります」
「では東進軍はイチジョウ大将を司令官として第3軍、第5軍、第8軍、ゴルニュー総監庁軍、ヘルプレンス旅団、義勇軍で向かって下さい。そうですね、私は残りの軍を率いて南下します。それとサガラシ侯にはこのゼルバンを任せます」


 東進軍は凡そ14万人。南下軍はブリュトイース公爵軍5千人、キクカワ中将の白色軍1万5千人、アゼルとプラムの混成兵1万5千人、今回寝返ってきた4人が率いて来た2万5千人の6万人だ。


「それでは南下軍の戦力が些か少ないと思われますが?」
「そのようなことはありませんよ。まだまだ奥の手を用意していますしね」


 クリストフ君は心配するイチジョウ大将にニコリと微笑む。
 恐らくイチジョウ大将もクリストフ君が色々かくしているのを知っているのでそれ以上は食い下がらず引き下がった感じだ。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 軍が駐留しているからか街中は活気が見られない。
 このゼルバンは交易の中継拠点として栄えていたので神聖バンダム王国の占領下に置かれては聖オリオン教国側と交易が出来ない為に人の行き来が停滞しているからだろう。
 そんな街中をのんきに歩くのは僕の仕えているクリストフ君だ。


「こうしてペロンとプリッツと歩くのはいつ以来だろう?」
「公爵様が護衛もおらず外歩きをされるなんてフィーリアが知ったら叱られますよ」
「ぐっ、ふぃ、フィーリアのことは忘れようじゃないか。偶には男同士でね、プリッツもそう思うだろ?」
「……クリストフ君の気まぐれで僕たちはカルラやクララに殺されちゃうよ……」
「ははは、2人とも頑張れ!」
「何言っているの、クリストフ君はフィーリアに折檻されると思うよ?」
「ぐっ!」


 クリストフ君だって偶には息抜きがしたいのは分かるし、クリストフ君なら刺客に襲われても何事もなかったかのように振る舞うこともできるだろう。
 それに久々に合流したプリッツも居たのでクリストフ君のテンションが上がったのだと思う。
 だけど、帰ったらクリストフ君はフィーリアに、プリッツはクララに、僕はカルラにキツイお仕置きを受けるのは言わなくても分かることだよ。もう勘弁してよ(泣)。


「あ、あれは何だろう!?」


 クリストフ君は久しぶりの自由を謳歌するかの如く色々な店を覗く。時々何かを購入しているけど殆どはウィンドウショッピングで終わる。


「プリッツ、あれは何かな?」


 クリストフ君が麻袋にギッシリ詰め込まれた黒くて小さな何かの実のような物を指さしてプリッツに説明を求めている。


「あれはこの土地の名産のコショウだよ」
「おお、これがコショウか!店主、コショウを有るだけ貰えるか」
「え?あるだけですか?」


 店にあるだけのコショウが欲しいと言うクリストフ君に店主が驚いて聞き返している。この小さな黒い実を何に使うのだろうか?相変わらずクリストフ君は突飛な行動をする。


 夕方、まだ遊び足りないと言うクリストフ君をなだめすかして何とか行政府まで帰るとそこには地獄が待っていた。


「クリストフ様!」
「ペロン!」
「プリッツ!」
「「「はいっ!」」」


 仁王立ちしていた3人にそれぞれ部屋に連れていかれた僕たちは捨てられて生死の境を彷徨う小猫のような虚ろな目で翌朝を迎えた。


「一晩中説教だったよ……」
「だから言ったよね、帰ったら酷いって……」
「久しぶりに皆と合流出来たのに死ぬかと思ったよ……」


 

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