チートあるけどまったり暮らしたい
117 オリオン包囲戦<オリオン北部方面軍4>
這う這うの体でアゼルまで辿りついたカズン将軍はそこで信じられない物を見た。
自分が出撃する時にはアゼルの街を囲う巨大な防壁に聖オリオン教国の国旗とオリオン教のシンボルであるスネパス旗、そしてアゼルを治めるバレン家の紋章旗がはためいていたはずが、今では神聖バンダム王国の国旗と長年戦い続けてきたブリュトゼルス辺境伯の紋章に似た旗が風を受け揺れているのだ。
「どう言う事だっ!?」
カズン将軍に従ってアゼルまで引いてきた兵は少なく、恐らく100人にも満たないだろう。
その100人にも満たない兵にも分かっている事をカズン将軍は唸る様に口に出した。
「将軍、ここは既に敵地となり申した。早々に移動を!」
「くっ、ザンバル・バレンめ裏切ったなぁぁぁぁぁっ!」
カズン将軍は憤怒の形相で自分を、そして祖国を裏切ったであろうザンバル・バレンをなじる。
しかし今の自分では何もできないのは明白であり、部下たちを引き連れ逃走するのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
クリストフはアゼルの街の城門前でザンバル・バレンの出迎えを受け、そのまま行政府に入る。既にプリッツたち情報部によりアゼル内の不穏分子は粗方排除されておりスムーズに移動ができた。
「負傷兵の手当を優先する様に、重傷の者は聖オリオン教国兵であっても差別せず手当するように」
「狂信者ども、も、で御座いますか?」
「この地に生まれなかったら彼らも狂信者とはならなかったでしょう。彼らは洗脳されているのです。私たちが憎むべきは彼らの様な末端の者ではないでしょう?」
「分かりました。その様に徹底させます」
イチジョウ大将が部下たちに命令を伝え徹底させる。
「それとヘルプレンス旅団には周辺の警戒をお願いしたい」
「哨戒任務ですな。して、周辺の村々はどうされますか?」
「今、周辺の街や村を統治下に置けば狂信者たちはその街や村を襲い皆殺しにしかねないので放置ですね。哨戒網を築くだけで構わないです」
「閣下はお優しいですな」
「周辺の村々を従えても管理するのが手間なだけですよ。それに周辺の村々がこちらに牙を剥いてきたら手加減せず殲滅するまで。今は捨て置けばよいでしょう」
その様子を何も言わずザンバル・バレンは見ていた。
彼はクリストフ・フォン・ブリュトイースと言う若すぎる統治者がどのような思考の持ち主なのか見極める時間が必要なのだ。
「さて、ザンバル・バレン殿」
「はっ!」
「このアゼルは貴殿にお任せします。が、部下たちの中には頭が固い者もおりましてね、貴殿を監視させてもらいます」
「皆様の懸念は尤もで御座います。某がその立場であっても同じように進言致しましたでしょう」
クリストフは満足そうに頷く。
そんなクリストフに視線を固定したザンバル・バレンは権力者としては程遠い物言いのクリストフの真意を測りかねる。
それは年齢相応の物言いと言えば良いが、目の前の若き権力者にはもっと深い何かがあると思わせる気配があるのを感じ取る。
「それとザンバル・バレン殿に頼みがあるのです」
「頼み、ですか?」
「ザンバル・バレン殿のコネを使って寝返りを促してほしいのです」
「・・・寝返りですか・・・」
「難しい事ではないでしょう。手紙を書いて欲しいだけなのです。後は私の部下がその者に手紙を届けますので」
「手紙だけで宜しいので?」
ザンバル・バレンは自分の部屋に白昼現れた手紙の事を思い出した。
「手紙だけで構いませんよ」
この権力者は殺そうと思えば自分どころか国家の中枢にある人物でも暗殺出来るだろう。
背筋に冷たいものが走る。
「それと、不当に奴隷化された人々を解放するように布告をお願いします。布告後一定期間の内に奴隷を解放しない場合は誰であろうと罰します。勿論、犯罪者であれば奴隷でも構いませんが、その奴隷が犯罪を犯していない場合は奴隷の主人にそれ相応の報いを与えます。この件はそこのクック男爵を責任者としますのでザンバル・バレン殿も協力をお願いしますね」
「ペロン・フォン・クック男爵です。現在はクリストフ様の下でオリオン北部方面軍幕僚総長を拝命しております。どうぞ宜しくお願い致します」
「は、はい、ザンバル・バレンと申します。以後、お見知りおき下さい」
クリストフと同年代の若者が男爵なのはそれほど驚く事ではないが、その若き貴族が奴隷解放政策の責任者になるのは驚いた。そしてその若き貴族がオリオン北部方面軍幕僚総長という重職にあるのには更に驚いたザンバル・バレンだった。
「ザンバル・バレン殿、早速ですがこの奴隷解放令の布告をお願いします」
羊皮紙などではない薄くそして綺麗な白色の紙を渡されたザンバル・バレンはここでも驚く。
「これは・・布ではないですな?」
「ん? あぁ、それは紙と言う物です。ブリュトイース公爵の領内で生産されている羊皮紙に変わる物です」
色々な驚きを胸にザンバル・バレンは神聖バンダム王国の公爵であるクリストフの下、新たな人生のスタートを切ったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
行政府のテラスから街を見渡すクリストフは呟く。
「この街の人々は何故これ程に貧しいのだ」
本人は呟いただけだが、その後ろで控えていた者たちにもしっかり聴こえ、回答に窮する。
この街に限らず聖オリオン教国の民の多くは神聖バンダム王国の民よりも貧しい。それは聖職者と言われる支配階層が民から搾取し続けた結果であり、辺境の村や集落では毎年多くの餓死者が出る始末だ。
「ザンバル・バレン殿、奴隷解放は順調ですか?」
「多少の混乱はありますが、概ね順調で御座います」
「それは良かった」
クリストフは行政府のテラスから街を眺めながら溜息を吐く。その溜息の理由を知る者はこの場には居ない。
そんなクリストフの前にゲールが騒々しく飛び込んで来た。
「閣下、ご報告申し上げます」
「どうしたのだ、そんなに慌てて」
「はっ、プラム攻略中のアジャハ大将の第3軍とロッテンハイム中将の第11軍が先ごろ敗走したと報告がありました!」
「……そうですか、被害状況は?」
「え? 驚かないのですか?」
「ゲールは私が彼らに期待などしていないのは知っているだろ?」
「閣下、その様な事を人前で仰るものでは・・・」
「アジャハ大将には2軍団、3万もの兵を与えた。対して敵は援軍を入れても2万。勝つとまでは言わないが負ける可能性も低い。そう思っていたのだが、彼はそれでも負けたか……」
傍に控えていたザンバル・バレンは苦い表情を浮かべ、数人の護衛兵は無表情だ。勿論、フィーリアにはアジャハなどどうでも良かった。
「フェデラーにプラム攻略を命じる。ブリュトイース軍を差し向ける。但しカルラは私の元に置く、魔術師隊は副隊長のエリメルダに任せる」
「しかし、それでは閣下の身辺警護が!」
「大丈夫だ、私にはフィーリアも居ればカルラ、ペロン、クララも居る。彼女たちだけで10万の兵と戦えるぞ?」
「そ、それは・・・分かりました。直ちにブリュトイース軍に出陣命令を発令します」
そのやり取りを聞いていたザンバル・バレンなどはクリストフが語るたった数人が10万の兵に匹敵するなどと言う勇者のような者たちが居るなどと言う話が本当の事なのか計りかねている。
そんな戦力がいるのであればそれこそ聖オリオン教国の国土は蹂躙されるだろう。
自分は既に神聖バンダム王国に帰順し支配者であるクリストフは自分を行政官に任命している。
しかしそれは自分を信じて行政官の地位を与えているわけではなく、投降した者を厚遇していると聖オリオン教国に示す為だ。そしてこの街を良く知っている者が行政官であれば面倒な事が少なくなるからだ。
その日の内にブリュトイース軍はプラムの街を攻略する為に出陣していった。
「ねぇ、クララ。今回のプラムの街の攻略にフェデラーさんたちを行かせたのは何故かな?」
「そんなの簡単よ。フェデラーさんやゲールさんたちに戦功を立てさせるためよ」
「やっぱそうか、ならペロンでも良いのに~」
「ペロンは奴隷解放政策の要だから今動かせないでしょうが、それに今はペロンの戦功よりフェデラーさんの戦功を優先させるべきよ」
「何で?」
「クリストフはこの戦いが終わったらフェデラーさんとゲールさんを陞爵させて領地を与えるつもりなのよ、何と言ってもアジャハ大将率いる3万の軍が落とせなかったプラムを落としたとなれば大きな戦功だからね。それにペロンには既に領地が与えられているから帳尻合わせもあるわね」
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