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116 オリオン包囲戦<オリオン北部方面軍3>

 


 進軍する槍隊を援護するように魔術が派手に飛び交う。
 着弾すれば間違いなく何人かが死傷するだろう、魔術の応酬。
 しかしそれは一方的なものだった。


「どうしてだっ!? 何故奴らは生きているっ?」


 着弾したはずの魔術が何かにかき消され霧散する様にその魔術を発動させた魔術師たちが騒ぐ。
 同時に魔術師たちが所属している陣営にも動揺が走る。
 いくら防御の魔術を張り巡らそうと全ての魔術を防ぐ事などできない。
 それが彼らの常識であり魔術師としての誇りだった。
 逆に味方の兵は敵が放った魔術によって犠牲者を出している。
 密度の高い防御の魔術を展開し更に間断なく攻撃を加える敵が恐ろしく感じられた。
 それは弓矢での攻撃も同じで味方の兵には矢が命中しているが、敵の兵に当たる寸前に味方が放った矢は弾かれる。
 両軍の槍隊が前進するが、味方の槍兵は隊形が崩れているのに対し敵の槍隊は横一列に並び槍を構えて進む。
 遠距離攻撃では敵に一日の長があり、味方の槍兵は既に多くの者が魔術や矢によって数が減らされている。


 聖オリオン教国兵が使用する槍は長さ3.5mほど、それに対し神聖バンダム王国ゴルニュー要塞軍が使用する槍は5.5mほどと非常に長い。
 ゴルニュー要塞軍が使用している槍はクリストフが提唱した『長槍』という槍であり聖オリオン教国兵が使用している一般的な槍よりも2mほど長い。
 槍が長いという事はそれだけリーチが長いという事でゴルニュー要塞軍の槍の方が先に敵に届くという有利な一面があるが、普通は長すぎる槍は扱いずらく折れやすいというデメリットが目立つのだ。
 しかしゴルニュー要塞軍が使用する『長槍』は硬化の魔法陣が刻まれており強度に関しては全く問題がない。
 そしてクリストフは『長槍』は突くのではなく、振り下ろすものだと一般兵に徹底している。
 更に一般兵に至るまでマジックアイテムを支給しており力や防御が強化されているので振り上げて振り下ろすだけの単純作業であれば一般兵でも『長槍』の扱いにそれほど苦労はしなかった。


 長槍が振り下ろされる度に聖オリオン教国兵の頭が潰されたり肩や体に当たれば骨を折りかねない衝撃で動きが止まる。
 魔術や矢によって打ち減らされた槍兵たちの密度は薄いが動きが止まれば後方の味方に押されたり踏みつぶされたりして味方によって命を取られる事にもなる。


「近付く敵に振り下ろすだけで大きな衝撃を与える・・・頭では分かっていても実際に実戦で見てみると恐ろしい威力だね」


「閣下、そろそろ頃合いでは?」


「ああ、そろそろ良いかね。お前たちいくよっ!」


 赤毛のアズバン、そんな二つ名を持つ赤毛の大女は後方で合図を今か今かと待ちわびていた騎兵たちに声をかけると六本脚の巨馬で魔物でもあるバトルホースの腹を蹴る。
 バトルホースはランクDの魔物で大森林内ではよく見られ群れで活動する魔物だ。
 バトルホースは生後半年ほどで成体となり、スピード、持久力、耐久力の三拍子そろった軍馬となるが、繁殖どころか手懐けるのも大変な魔物なのだ。
 しかしブリュトイース公爵家ではこのバトルホースの繁殖に成功し現在では軍用に3千頭以上を保有しているし、ブリュトイース公爵家が繁殖したバトルホースは南部の貴族、特にブリュトゼルス辺境伯家とゴルニュー総督府に出荷されている。
 ゴルニュー総督府は聖オリオン教国と国境を接している地域を任されている為に最優先でバトルホースを供給していた経緯があるのだ。
 つまり、赤毛のアズバンの後方には500騎からなるバトルホース騎馬隊が存在するのだ。


『おおおおおおおおおおおっ!』


 赤毛のアズバンの掛け声一つで雄叫びを上げてバトルホースを駆る騎馬隊。
 この声で最前線で敵を叩きのめしていた長槍隊が道を開けるように移動する。
 出来上がった道に敵が殺到するより先に数歩でトップスピードに速度を上げた騎馬隊が猛進する。
 赤毛のアズバンを先頭に500騎のバトルホース騎馬隊は道を塞ぐように居並ぶ敵兵をゴミのように踏みつぶしハエを払うように槍で薙ぐ。
 アッという間に肉塊に変わる兵を後方から見ていた聖オリオン教国の指揮官の顔から血の気が引きのが傍から見ても分かる。
 たかが500騎、されど500騎。
 ただの騎馬であれば『たかが』といえるだろうが、このバトルホースは聖オリオン教国が採用している軍馬よりも二回りも大きい体にランクDの魔物だけあって剣や槍の攻撃を受けても分厚い皮膚に阻まれ多少の傷は付くだろうが、致命傷になるほどの傷にはならないのだ。
 そんなバトルホースの全身をブリュト商会製の鎧が包む事により傷が付くなど考えられないほどの防御力を有するのがゴルニュー要塞軍バトルホース騎馬隊の実力なのだ。


 赤毛のアズバンがバトルホース騎馬隊を投入した事で右翼の趨勢は定まったと言えるだろう。
 それに対し左翼のフリード中将率いる王国第5軍は数で圧倒する敵に苦戦を強いられていた。


「引くな! 押し返せ!」


 数で倍する敵兵によって徐々に押され兵の数を減らされていく。
 このままではじり貧だと感じたフリード中将が取った策は魔術師隊による大規模攻撃だった。


「敵の中央に高威力魔術を放て、道を切り開くのだ!」


 大規模攻撃は押されている現状を打破するのには効果があるだろう。
 しかしその為には魔術師による防御魔術を解除し魔術師を全員大規模攻撃に投入する必要がある。
 現状、魔術師が発動している防御魔術が効果を出しており、今魔術師を大規模攻撃に集中させるのは防御魔術を解除する事になり味方の損害も馬鹿にならないだろう。
 それでもフリード中将は起死回生を狙い部下の魔術師隊に命令を下したのだ。


 その頃、中央を支えるイチジョウ大将の王国第8軍は聖オリオン教国と一進一退の攻防を繰り広げている。
 現在、イチジョウ大将はクリストフの副将として全軍の指揮を執っている為に王国第8軍を指揮しているのはイチジョウ大将の腹心の部下であるレンドル少将だ。
 レンドル少将は叩き上げの軍人で騎士爵家の三男から王立騎士学校を経て王国軍に入隊して幾つもの戦場で戦功を挙げている。
 基本は参謀よりの知将で指揮能力も然ることながら奇抜な作戦を立案する事で軍内部では有名である。


「左の部隊をやや下げよ・・・魔術師隊はそのまま防御に集中・・・弓隊の弾幕は切らすな」


 ここまで知将というよりは堅実な指揮を執る老獪な将軍というイメージのレンドル少将である。


「閣下、アズバン閣下の右翼が敵の分断に成功したようですな。左翼はあまり宜しくないようです」


「前線を押し上げる。魔術師たちにありったけの魔術をたたき込めと命じよ」


 伝令が走る。
 キルパス川方面軍の主要な船には通信機が設置されているが、地上部隊であるブリュトイース軍には通信機は配備されていない。
 その為、伝令が走って命令を伝えるのだ。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 イーストウッドの南に広がる名もなき大森林はランクAの魔物も多く生息する地である。
 ランクAの魔物がもし人の生息域に現れたなら小国なら滅ぶとまで言われるほどの存在だ。
 だがランクAの魔物が自分の縄張りを出て行くことは滅多にない。
 魔物は一般的に魔素を吸収しなければ生きていけない種であり、魔素濃度の薄い地域の魔物は強制的に魔素を吸収する為に人間などの魔力を持っている生き物を襲う。
 そして高ランクの魔物ほど魔素濃度の濃い地に生息域を定める為に人間が住む魔素濃度の低い地には好んで出向かないのだ。
 そんな高ランクの魔物が多く生息する大森林を越えようとする一団があった。


「ジャバン隊長、進路がやや西に寄っています」
「了解だ、東に修正する」


 大森林を眼下に眺め高速で飛行する巨大な影の上、ジャバン隊長と呼ばれた若者は濃紺の体に巨大な翼を持つワイバーンに合図を送り進路を修正する。
 このワイバーンはランクBに指定される魔物でクリストフが討伐したワイバーンが巣にしていた場から数十の卵を持ち帰り家臣に1つずつ卵を与えて孵化させ育てさせたのだ。
 だからこのワイバーンは彼を親だと思っており彼の言う事には忠実に従うのだ。


「あとどれ位で戦場に到着するんだ?」
「予定ではもうそろそろ大森林を抜けますので1時間も掛からないかと」


 ワイバーンの移動速度は恐ろしく早い。
 地上を走るバトルホースなど比ではないほどの速度を誇り、更に体力も並外れて高いので1日中飛び続けても疲れる事はない。


 大森林を抜け、肥沃な土地の上空を高速で飛行する。そして凡そ1時間ほどで到着した目的地では20万を超える兵員が戦火を交えるフルムス平原だ。


「右の軍が公爵閣下の軍です」


 双眼鏡で所属軍を確認した部下から報告が上がる。


「よし、左側の軍に攻撃を仕掛ける。左雁行陣!」


 ジャバンの掛け声でジャバン隊長を先頭に部下たちが左斜め後方に1列に並ぶ陣。
 そのまま高度を下げ敵軍に向けて攻撃態勢を整える。
 敵軍が射程に入るとワイバーンの口から巨大な風の鎌が吐き出される。


 行き成り現れたワイバーンに敵軍である聖オリオン教国軍の右翼は大混乱に陥る。
 そしてジャバンが騎乗するワイバーンによる攻撃に続き部下たち騎乗するワイバーンが順にブレス吐くと聖オリオン教国兵が切り刻まれ戦場が真っ赤に染まっていく。


 その光景を見ていたクリストフは中々良いタイミングで現れるとジャバンを心の中で褒める。


「閣下・・・あれは?」
「我がブリュトイース家の精鋭、竜騎士隊です」
「竜騎士、隊・・・」


 歴戦の将であるイチジョウ大将であっても目の前に現れたワイバーンに心胆が冷える思いがした。
 ワイバーンと言えば1体だけでも討伐には大きな被害が予想されるにも関わらず、目の前には20体ほどのワイバーンが聖オリオン教国兵を無慈悲に殺しまくっているのだ、無理もない。


「あれが閣下の仰っておられた奥の手で御座いますか?」
「そうです」
「閣下もお人が悪い。これでは我らが作戦を立てる以前に力押しできる戦力ですぞ」
「秘密兵器は秘密だから良いのです」


 クリストフの悪戯が成功したと言わんばかりの笑顔に少し殺意を覚えるも、イチジョウ大将は気を取り直し左翼へ伝令を出す。
 程なくして敵右翼の大戦力に押され少なくない被害を出していた左翼がヘルプレンス旅団の援護を受け態勢を立て直し前線を押し上げる。


「イチジョウ大将、左翼が押し返し始めましたぞ」


 イチジョウ大将はクリストフの声に頷くだけで、「アンタの秘密兵器の効果だよ!」と言いたいのを堪えた。


 一方、右翼は既に敵中央の軍にその矛先を食い込ませており、赤毛のアズバンを先頭に疾駆するバトルホース騎馬隊が無秩序に、気の向くままに敵軍をかき回している。
 この赤毛のアズバンの行動と、行き成り現れたワイバーン隊に聖オリオン教国の総司令官であるカズン将軍は何が起きているのさえ分からない恐慌状態に陥っていた。
 だが、何とか戦線を維持できていたのはレンドル将軍の功績であるが、レンドル将軍は既に戦いの趨勢が見えたとして撤退の隙を伺う。


「将軍、ここは引くべきであります」
「……」
「将軍っ!」
「……う、うむ……」
「某が殿を。将軍は何としてもアゼルまで辿りついて下され!」
「む、防御陣地ではないのか?」
「今となっては防御陣地もどうなっているか・・・故にアゼルにお引き頂き戦力の立て直しを!」


 ここで殿をすればまず生きては帰れない、レンドル将軍はその事を分かっていて殿を申し出た。
 これがカズン将軍への最後の奉公だと。


 一方、防御陣地を無事奪取し防御陣地から戦況を伺っていたキクカワ中将が呟いた。


「俺、要らないんじゃね?」


 

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