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115 オリオン包囲戦<ベルム方面軍1>

 


 ブリュト島を左に見て南下する事14日、神聖バンダム王国ベルム方面軍はゲンバルス半島を視界におさめる。
 船で海上の移動は慣れない兵にとって苦痛以外の何物でもなく、1,800隻からなる艦隊は当初部隊行動を維持するのも難しい状態であった。
 それでもゲンバルス半島が近くなるにつれ全員ではないが当初の半数ほどは何とか持ち場を維持することができるほどには回復している。
 長く戦乱から遠ざかっており急遽海軍の規模を拡大させた弊害が出ているのだと皆が認識しているが、今回の出征の原因となった事件を思えばと皆歯を食いしばって我慢をしている。
 そんな状況下でクジョウ侯爵は500隻、凡そ7万人の上陸部隊をベルム公国の沿岸部に差し向けた。


 クジョウ家は王家の一族でありクジョウ侯爵自身は王位継承権を有している。
 王家の一族は他に8家(内2家は断絶中)あり、ドロシーの配偶者となったクリストフのブリュトイース公爵家が外戚となり現状10家となっているが、クジョウ家の王位継承権は低く仮に王家の直系が絶えても王位に就くことはまずできないであろう。
 それでもクジョウ侯爵はこの遠征を成功させなければならない。
 愛する娘であった王妃の仇を討つためにも。


「閣下、先遣隊の上陸が完了しました。敵は城に立て篭もって出てくる気配もないとの事です」
「うむ、では予定通り明朝日の出とともに攻撃を開始する」


 クジョウ侯爵は粛々と命令を出し、それをアカツキ子爵が復唱し部下たちに伝達する。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 小太りで禿げた頭を隠す事もなく眉間にしわを寄せた初老の男が広い部屋の中を何やらブツブツ呟きながら忙しなく歩き回っている。
 背が高く赤いローブを纏った男性はその光景をイラつきながら視線で追う。
 小太りの男と赤いローブ男の他にもう1人、首からオリオン教徒の証でもあるスネパスと言われるシンボルのネックレスを下げている男がソファーに座り額の汗をハンカチで拭いながら紅茶を飲んでいる。


「大使殿、何時になったら援軍は来るのでしょうか?」
「もう直ぐで御座います。執政殿」


 小太りの男はこのベルム公国においてまつりごとの一切を取り仕切るブレンガ・ガーランド、彼は伯爵ではあるが、その伯爵家は決して裕福ではなかった。
 ブレンガが家督を継いだ頃には貴族とは名ばかりの貧乏貴族であったが、彼はたった3年で火の車であった家の財政を健全化し更に5年目には膨大な資産を蓄財したのだ。
 当時の大公はそんな彼の噂を聞き、その手腕を見込んで財務官僚の職を与えた。
 そして今では執政と言うベルム公国随一の役職に14年もの長きに渡り就いている。


「その言葉は聞き飽きましたぞっ。今の我が国は滅亡の危機に瀕しているのです。今すぐ貴国の援軍が到着しなければ明日にはこの国は滅亡するのですぞ!」


 感情的ではあるが決して威嚇しているわけではない。
 大使と呼ばれた男は聖オリオン教国の大使として3年前からベルム公国に赴任しているムリント・フロッグだ。
 彼こそが今回の神聖バンダム王国の侵攻を呼び込んだ張本人である。
 ムリントがベルム公国の駐在大使となった翌月には神聖バンダム王国国王の暗殺を含む神聖バンダム王国攪乱作戦をベルム公国の大公であるアムキッツァ3世に持ち込んだのだ。
 彼の提案によればそれにより神聖バンダム王国は国王の座を巡って骨肉の争いが起こり内戦状態に陥るのだが、蓋を開けてみれば国王暗殺は失敗に終わり内戦どころか神聖バンダム王国がベルム公国と聖オリオン教国に対して戦端を開く理由を与えてしまったのだ。


「大使殿、分かっておいでか? 明日には貴殿も我らと同じ道を歩むことになるのですぞ」
「だ、大丈夫です。教皇猊下は10万の兵を派兵してくださるとお約束下さいました」


 神聖バンダム王国の兵力は少なく見積もっても15万、小国であるベルム公国が有している兵力は予備兵を含めても4万。
 聖オリオン教国が10万の援軍を出した処で兵力は神聖バンダム王国に劣っているが、それでも戦う土俵に上がる事ができると執政ブレンガは何度も聞いたその言葉を信じたかった。


 ベルム公国の首都であるサンテオリットは港町でその東僅か2Kmほどの海岸には数万の神聖バンダム王国兵が上陸し陣を張っている。
 そしてサンテオリットの沖合には更に千隻ほどの艦隊が駐留しており何時でもサンテオリットの港に殺到するぞと威嚇をしている。
 この状態で平常心でいられるほどブレンガは戦争慣れしていない。
 財を成す事には長けていても戦は門外漢のブレンガは焦りと共に怒りを感じていた。
 神聖バンダム王国国王暗殺案には当初から反対だったブレンガにとってこの事態を招いたムリントを絞め殺してやりたい思いである。
 主である世間知らずの大公アムキッツァ3世を唆して聖オリオン教国と神聖バンダム王国との戦いにベルム公国を巻き込んだ張本人であるムリントを絞め殺してやりたい衝動を抑える。


 話が済みムリントが部屋を出て行った事で今まで抑えていた鬱憤が爆発して机の上の書類をぶちまけた。


「ムリントから目を離すな!」


 赤いマントを身に纏った長身の男、魔術師団団長のクッチはブレンガの指示に従いムリントの監視を行う為に部屋を出ていく。
 クッチ自身も神聖バンダム王国へ手を出すのは反対であったが、大公アムキッツァ3世と反ブレンガ勢力が強引に話を進めてしまったのだ。
 しかも反ブレンガ勢力の貴族たちは我先にとサンテオリットを離れて自領に引き篭もる始末。
 クッチはベルム公国の滅ぶ時が来たのかも知れん、と内心諦めにも似た感情を抱いていた。


「大公殿下を唆し我が国を滅びに導いた悪魔には人身御供になって貰わねばならぬ。自分だけ安全な場所に逃げるような真似はさせぬ」


 神聖バンダム王国からの使者が謝罪と賠償を求めた時に謝罪し無理をしてでも賠償金を拠出するように主張した自分が残り、神聖バンダム王国の要求をはねつけるように大公アムキッツァ3世をたきつけた反ブレンガ勢力は城内にいない。
 どうして間違ってしまったのか、その答えは出ていた。
 聖オリオン教国の大使であるムリントの甘言に乗ってしまった時からである。
 どうすればベルム公国を保てるのか? ブレンガの苦悩は深夜まで続くのだった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 朝日が昇ると同時に神聖バンダム王国の進軍は始まった。
 海岸方面からは重装歩兵を先頭に7万の兵が、そして海からは港町であるサンテオリットに向けて艦隊による砲撃が開始された。
 ホエール級4番艦、『イザナミ』と銘された魔導戦艦の甲板には魔導砲が3門、その威容を誇るように鎮座している。
 しかも魔導砲はこの1年ほどで改良され、射程が以前の比ではないほどに延びている。
 この改造はジルペン湖の戦いの後にゴルニュー要塞を抑えようとした時に光月の魔導砲による攻撃がゴルニュー要塞に届かなかった事でクリストフが決断したものであった。
 正確に言えば城塞の所以たる城壁には届き破壊できたのだが本丸と言える中心部は射程外であり攻撃が届かなかったのだ。
 そのことから威力はそのままで射程を伸ばす改良が施され1番から4番までの全てのホエール級の魔導砲は元々この世界の兵器としては長射程であったが更に長射程となったのだ。
 その他にもホエール級の小型、と言っても規模は中型戦艦であるドルフィン級が7隻竣工しており、そのドルフィン級にも1門ではあるが魔導砲が搭載されている。
 ホエール級4番艦の3門、ドルフィン級7隻の7門からの砲撃が一国の首都であるサンテオリットを守る城壁に襲い掛かる。


 小国とは言え一国の防衛の一端を担っている城壁、マジックアイテムの生産国でも有名なベルム公国の城壁、には幾重にも防御魔術や結界魔術が施されているのだが、その防壁をあっさりと貫き着弾し城壁を破壊する魔導砲の攻撃。
 幾重にも施された分厚い魔術防壁を簡単に貫いただけでもベルム公国側にとっては青天の霹靂と言える出来事だ。それによって大きな風穴を開けられ破壊された城壁を見る兵たちの驚愕の顔がそれを物語っている。
 これから戦おうという兵たちの意気が消沈する。


「何で・・・魔術防壁が・・・」
「う、嘘だろ・・・」


 尚も続く砲撃にベルム公国の兵は蜘蛛の子を散らしたように我先と逃げ出す。
 元々戦力で劣るベルム公国は籠城を行うことで時間を稼ぎ聖オリオン教国よりの援軍を待つという消極的な作戦しかとりようがなかった。
 そこへきて圧倒的破壊力で頼みの城壁が破壊されていく様を見せられては心が折れるのに時間が掛かる事はない。


「逃げろっ! もうダメだ!」


 海上からの援護射撃によって城壁が破壊されたのを見た陸上部隊は直ぐには進軍しなかった。
 それは城壁を破壊した海上からの援護射撃の爆発に巻き込まれない為でもあるが、何より敵であるベルム公国の兵らの戦意を極限まで削り味方の損害を極力減らす為である。
 海上からの援護射撃が街の城壁の破壊から街の内側にある城の城壁へ移ると陸上部隊は破壊された城壁を何の抵抗もなく進むのだった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「馬鹿な!? 何なんだ、あれは!? 防御結界が全く効果がないだと!?」
「執政閣下、兵らが、兵らが逃げ出しております!」
「くっ、まさか・・・ここまでの物なのか・・・神聖バンダム王国はとんでもない物を造ったものだ・・・」
「手も足もでないとはこのことですな」


 上手いことを言うと関心している場合ではない。
 城に詰めていた兵が我先と逃げ惑う様を眼下にし、執政ブレンガは開き直りにも似た境地に至った。


「私は大公殿下の下に向かう。お前はロマーニオ王子を連れて落ち延びよ。南部のアザム男爵を頼るとよいだろう」
「なるほど……あの男はオリオン嫌いで有名ですからな……まさか、死ぬ気ではないでしょうな?」
「私とて命は惜しい。だが、この命を差し出す事でこの国が生き延びるのであれば喜んで差し出そう」
「……」


 クッチはその後何も言わず黙礼をするとその場を辞した。
 再び会う事は無いだろうと長き付き合いに終止符が打たれるのだと数々の記憶を思い浮かべるも、ブレンガは今自分がすべき事をするために廊下を進む。


 その日、ベルム公国200年の歴史において初めて首都が陥落する事になった。


 

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