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107 クリストフたちの日常3

 


 神聖歴515年9月。
 イーストウッドの中心部にそびえ立つ城の次に大きい建物、魔技神マギシンを祀る魔技神殿の前の広場には多くの民衆が集まっている。
 多くの煌びやかな衣装を身に纏った貴族や金持ちたちは優先的に魔技神殿の中の礼拝堂に入ってはいるが全ての者が入れてはいない。
 全ての者が魔技神殿に入ればよかったのだが、流石に万にとどきそうな民衆を全て収容するのは不可能なのだ。
 頭の上に犬耳や猫耳がある獣人たち、耳が長く美形ぞろいのエルフたち、筋肉質で背が低いドワーフたち、などイーストウッドの住民の6割はヒューマン以外の種族で締められている。
 そこに聖オリオン教国との戦争で捕虜となりそのまま戦争奴隷となった者たちを含むとヒューマンの比率が上がるのだが、奴隷は住民としてカウントされないのが世界標準らしい。
 但しイーストウッドでは奴隷を含めた全ての者を登録する事を義務付けている。


 この日、数多くの民衆が集まった理由は魔技神殿の神官長を任命するとクリストフが布令を出したからだ。
 これまで魔技神殿の神官長は領主であり表向きは魔技神の使徒であるクリストフが兼務していたが、いつまでも兼務しているわけにもいかないので神官長を任命する事にしたのだ。
 クリストフのネームヴァリューもあるが、魔技神殿の総本山がある事でも有名なので任命式を大々的に行う流れとなったのだ。
 魔技神の信者は順調に増えており、イーストウッドの住民で聖オリオン教国の戦争奴隷を除く8割ほどは信者であり、更に神聖バンダム王国全域にも信者は増えつつある。
 創造神率いる善神を信仰する信者は中央大陸の北部と西部に多く、更に他の大陸にもいるらしい。
 それに対して魔技神の信者は神聖バンダム王国、特にイーストウッドに集中している。
 中央大陸では神聖バンダム王国の人口はボッサム帝国と聖オリオン教国に次ぐ3番目に多く、クリストフは神聖バンダム王国内での認知度上昇を最優先課題として掲げている。
 信者が増えればクリストフの力も増大するのだから信者は大事にする方針ではあるが、それでも信者が不正や犯罪を犯せば容赦なく裁くことも心情としていた。


「皆、よく集まってくれた。本日は魔技神殿の最高責任者である神官長を選任する目出度き日である。この目出度き日に皆に一緒に祝ってもらおうとこうして選任の儀を公開するものである!」


 クリストフは言葉短く集まった来賓と民衆に挨拶をする。
 その手には自らが作り上げたマイクを持ち、そのマイクとスピーカーをアンプ経由で接続したマジックアイテムが民衆には威容を放っているように見える。


「では早速新任の神官長を皆に紹介しよう!」


 クリストフの声がスピーカーから聞こえるのに不思議な感じを覚えながらも民衆はクリストフの姿を注視する。
 そしてクリストフに促され神殿の奥から神官服に身を包んだ女性が貴賓席の中央を優雅な足取りで進む。
 その姿は女神が舞い降りたかのような錯覚さえ起こさせるほどものであり、集まった来賓たちは自分の横をまるで漂うように進む神秘的な女性から目が離せないであった。
 新神官長がクリストフの横まで移動する間誰もがその神秘的な美しさに見とれ出るのは溜息や驚愕の声だけであった。


「紹介しよう! 彼女が新しい神官長である、ドロシー・フォン・ブリュトイース。私の妻であり魔技神様より選ばれし使徒の1人である!」


 クリストフの紹介の後にドッと歓声が沸き上がる。
 まるで音の津波が押し寄せたような歓声に包まれたドロシーは頬を僅かに赤らめその声に胸を一杯にする。


「さぁ、彼らに応えてあげて」


 クリストフは歓喜の声で向かえてくれた民衆に応えるようにドロシーを促す。
 ドロシーは演台の上で民衆を見渡す。
 そして右手を上げるとまるで波が引くように民衆の声が引く。
 シーンという擬音がシックリくるような静寂である。


「この度、神官長を拝命することになりましたドロシー・フォン・ブリュトイースです。親愛する魔技神様の御為に、そして魔技神様を信奉する皆様の御為に微力を尽くす所存ですーーーーーーーー」


 ドロシーはそよ風のような心地よい声で集まった民衆に語りかける。
 聴衆はドロシーの演説を聞き涙する者、跪き祈りを奉げる者、静寂の中でドロシーの一言一句に聞き入る者、集まった者たちは新しい神官長の誕生を心から喜んでいるようだ。


「お疲れ様。これで君がこの魔技神殿のおさだ。君のあの案も進めると良い」


「有難う、稟議書には既にサイン済みなので早急に着手しますね」


 ドロシーが神官長となって最初に手掛ける事になった事業が治療院を建設し運営する事だ。
 現在、イーストウッドには治療院はなく多くの場合は民間療法による治療か薬剤師が作った薬による治療だ。
 流石にそれでは治療が追い付かずに手遅れになる者もおり、ドロシーはそれを何とかしたいと考えていた。
 それはクリストフも同様に考えており、ドロシーから相談を受けた事で今回の神官長の選任にまで結びついてしまう。
 クリストフは魔技神殿の神官長を早々に決めなければならなかったが、適任者がおらずなぁなぁで今まできていたので丁度良いと考えたのだ。
 そして眷属となり自分の能力を民衆の為に使う事を決意したドロシーにその白羽の矢を向けたのだった。
 とはいえ、ドロシーを魔技神殿の神官長にする案は良いのだが、ドロシーはクリストフの身内も身内で妻であるのだから普通に考えれば身内を魔技神殿のトップに据えたと陰口をたたかれかねない。


 最初はドロシーに与える役割をいくつか用意していた。
 貴族の妻として社交界を通しての情報収集、ブリュト商会の役員として経営のノウハウを学ばせ将来的にはブリュト商会のトップとして経営を任せる、魔技神殿の神官として庶民の為に働く。
 これら以外にもいくつか考えはあったが、ドロシーはクリストフからそれらの案を聞いた時に迷わず魔技神殿の神官を選んだ。


「民あっての貴族です。貴族は民の暮らしが立つようにするべきですし、私は民と共にあり、民と共に考えたいと思います!」


 ドロシーが神官を選択した時のことを思い出しドロシーらしいと今でも思い出し笑いをするクリストフ。












 ドロシーが神官長となって最初に行った事業は治療院の建設と運営だが、次に行った事業は学校の建設と運営だ。
 学校は貴族階級の場合は一定の年齢になれば普通に通うが平民は富裕層でなければそうはいかない。
 ドロシーはクリストフと結婚しイーストウッドに移り住むと平民の多くが学校に行っていない事実を知り何とかできないかと考えていた。
 そこにクリストフからいくつかの選択肢を与えられ迷わず神官を選んだのだが、いきなり神官長にされるとは思ってもいなかった。
 しかし神官長と言えば魔技神殿の最高責任者であり、魔技神殿の予算は神官長の承認がないと執行されないのでドロシーにとっては自分のやりたい事に対して最大の権限を得たのだ。


「では、早速学校を建設しましょう! 平民以下及び一定所得以下の家の子は7歳から11歳まで無償で学校に通わせる事を各所に通達してください。そして優秀な子は12歳から神殿の援助で王都の学校に通わせる事も併記してください」


 魔技神殿の予算は信者からの寄進とブリュトイース家及びブリュトゼルス辺境伯家からの補助によるものである。
 今のところは魔技神の神殿はイーストウッドにしかないのでこの制度が適用されているが、他の都市に魔技神殿を建設する事も考えているので、その場合にはその神殿をどの階級の神官に任せるのか、そしてその権限をどうするかは考えどころである。


「直ちに各所に通達します!」


 魔技神殿の神官は一般的に神官と呼ばれるが、神官には階級がある。
 神官長を長として神官統括、神官統括補、一級神官、二級神官、三級神官、神官庶しんかんしょ、神官見習いの8つの階級だ。
 神官長を社長とするなら、神官統括は副社長や専務、神官統括補は役員、一級神官は部長、二級神官は課長、三級神官は係長、神官庶は平社員、神官見習いはアルバイト、的な感じである。
 正式には神官とは神官庶以上の階級を指す。
 よって神官見習いは正式には神官ではないが、呼称としては神官と呼ばれるのだ。
 現在、神官統括と神官統括補は空席となっており、神官長の下には一級神官の1人をはじめ数十人が神官として魔技神の教えを広めている。
 とはいえ、魔技神の教えはたった3つである。


 一、魔具作成は好奇心を持ち失敗を恐れない事。
 二、人を追い落とすのではなく、自分が高みへと昇る事。
 三、女性を尊び子を宝とせよ。


 この教えからも伺えるように魔技神殿では女性や子供に手厚い保護を与えている。
 そして女性の信者は豊満な胸を手に入れ、子供の信者は好奇心旺盛な子が多いようである。
 これらの事からも魔技神の信者は女性の比率が圧倒的に多く、その子も魔技神の洗礼を受けるのだった。




 

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