暗黒騎士物語

根崎タケル

オーガが支配する地1

 背中から翼を出すとシロネは空を飛び北へと向かう。
 シロネの後ろを飛ぶヒポグリフにはキョウカとカヤが乗っている。
 本当ならシロネは1人で北へと向かうつもりだった。
 クロキの事でみんなには迷惑をかけられないからだ。
 1人でも魔王に捕えられたクロキは必ず自身の手で助け出すつもりだ。
 シロネはこの世界に来てとても楽しくすごしていた。
 冒険と探検の世界に来てわくわくした。
 それは、レイジがいて、チユキがいて、みんながいるからだ。
 ちょっと苦しい時もあるけれど、仲間がいるから乗り越えられる。
 でも、クロキはどうだろうかと考える
 シロネの知るクロキは普通の人間だ。
 冒険や探検等とは無縁の人だ。
 レイジとは違う。退屈で何の変哲もないが、穏やかで平和な日常にいる人だ。
 それを無理やりこの世界に連れてきたあげくに、無理やり戦わせるなんてして良いはずがない。
 だからこそ早く助け出してあげたいとシロネは飛ぶ。
 だけど、後続のヒポグリフの速度が遅い。
 シロネは早く行きたいけど、折角来てくれた2人に文句は言えなかった。
 シロネはヒポグリフを見る。
 ヒポグリフは鷲と馬を掛け合わせたグリフォンに似た魔獣だ。
 グリフォンよりも弱いが、大人しくて騎乗に適している。
 そのヒポグリフに乗せられた荷物は明らかに重量オーバーであった。
 キョウカの荷物が多すぎるのだ。
 もう一匹いれば良いが、騎乗用の魔獣はそんなに数をそろえておらず。
 またレイジ達も魔獣を使うので、使える魔獣はこのヒポグリフ一匹しかいなかったのである。
 流石のヒポグリフもきつそうであった。

「シロネ様! そろそろ休みましょう」

 カヤが提案すると、シロネは頷き下へと降りる。
 森の少し木々が少ない開けた場所でヒポグリフを休ませる。

「今日はこれ以上進むのは無理です。どこか寝泊まりできる場所を探しましょう」
「えっ!? まだあんまり進んでいないのに、それにチユキさんの期限が……」

 実を言うと今回の事には、期限がもうけられている。
 なぜなら、シロネを1人にするといつまでも留まる可能性があるからだ。
 そのためチユキはシロネに期限をもうけた。
 最短で1週間。それ以後はチユキが呼んだら戻らねばならない。
 そう約束している。
 そのためシロネは急いでいるのだ。

「これ以上は無理です。もうすぐ夜が来ます。ヒポグリフは夜になると飛べません」
「確かにそうだけど……」

 ヒポグリフは鳥目だから夜は飛ぶ事ができない。
 しかし、シロネは違う。夜だって飛ぶ事ができる。
 全速力で飛べば今日中にアルゴアやヴェロスにたどり着けたであろう。

「シロネ様……。くれぐれも1人で行くなどと馬鹿な事を考えないでくださいませ」

 シロネの考えを察したのかカヤが釘を刺す。
 そもそも、この2人が付いて来たのは、1人で行かせる事に不安を覚えたチユキが一緒に行ってくれるようにお願いしたからだ。
 無理をするようならカヤによって力づくで戻らされるだろう。
 何はともあれ、仲間が心配してくれている。その好意をシロネは無下にはできなかった。

「わかったよ、カヤさん。でも……」

 シロネはそう言って荷物を見る。

「もう少し減らせないかな……」

 重い荷物を載せているためヒポグリフのスピードが遅い。
 減らせればもっと速く飛べるはずだ。

「あら、これぐらい普通ですわ。それにこの中にはシロネさんの荷物も入っていますわよ」

 キョウカ言葉にシロネは何も言えなくなる。
 北の地であるヴェロスやアルゴアに行くのはシロネの自己満足だ。
 ナルゴルの近くに行けばクロキの情報も手に入るかもしれない。
 シロネはそんな不確かな可能性に賭けて北に行くのだ。
 その不確かな事に付き合ってくれる2人に感謝しなければいけないだろう。
 それに荷物のほとんどはキョウカの物とはいえシロネの荷物も入っている。
 文句は言えない。

「うう。わかりました……」

 シロネは降参する。

「それでは納得していただいた所で、今夜の逗留先ですが飛んでいる途中で人間の国を見つけましたので少し戻ってそこに行きましょう」




「エチゴス様! 頼む後生だ! 許してくれ! おらから娘を取り上げねえでくれ!!!」

 目の前の男が頭を地面に擦り付ける。

「悪いがそれはできん。ゼング様に捧げる娘はお前の娘に決まった」
「そこを何とか! できれば他の家の娘を!!」

「お前も仕方がない男だな。自分の娘を助けるためなら他の娘がどうなっても良いとはな」

 エチゴスは少し笑ってしまう。
 エチゴスにとって他人の不幸は蜜の味だ。
 これだから、この仕事はやめられないのである。

「お父さん!!」

 部屋に何者かが入って来る。
 エチゴスはその顔には見覚えがあった。目の前で無様に土下座している男の娘だ。

「マチメ! どうしてここに!!」
「お父さんもうやめて! 私がオーガに食べられれば良いだけだから! そうすれば他の子が犠牲にならなくてすむわ!!」
「だけどそんな事をすれば……お前は……」
「いいの、お父さん……。私はお父さんの子に生まれて幸せだったわ……」

 親子はそういって抱き合う。
 普通の人間なら泣かせる話かもしれないが、エチゴスにとっては笑える話だ。
 にやついた顔には憐憫の感情は見えない。 

「娘よ、なかなか殊勝な心がけだ。それでは覚悟は良いな」

 エチゴスは笑いをこらえながら神妙な顔つきで娘に言う。

「はい、エチゴス様……」

 娘はうなだれて言う。
 けなげな娘であった。
 この国を支配するオーガのゼングへの捧げものでなければエチゴス自身が手を出したい所だ。
 この国はオーガの支配下にある。
 そして、この国の人間はオーガの家畜にすぎない。
 この娘はオーガへの捧げものだ。
 前にゼングから母親の誕生日に持っていく娘を選ぶように言われて、容姿や肉付きから良さそうなのをエチゴスは選んだのだ。
 本当はもっと別の見た目が悪い娘を選びたいが、ゼングが気に入らなければエチゴス自身の身が危ない。
 だから勿体ないが、この娘には死んでもらうしかないのである。

「エチゴス様!!!」
「今度は何ですか、騒々しい」

 入ってきたのはエチゴスの配下の者だ。

「旅人が! 女が3人来ました! かなり美しい女です」

 美しい女。
 その言葉をエチゴスは聞き逃す事が出来なかった。

「旅人ですか……案内しなさい」



 シロネとキョウカとカヤは来る途中に見えた人間の国へと降り立つ。
 ただ、その国は国というにはあまりにも小さい。
 人口は少なく1000人に満たないだろう。
 建造物も粗末で過去に本で見た茅葺小屋を連想させる。
 この村のような人間の国はコキと言って、これでも国である。
 シロネはこういった小さな国に来るのは初めてではなかった。
 レイジ達とナルゴルに行く途中で何度か立ち寄った事があった。
 ただ、こういった小さな国は閉鎖的である事が多く、立ち寄ろうとしても門前払いになる事も多かった。
 もちろん、そんな事を聞くレイジ君ではない。無理やり入国して寝泊まりする。
 おかげで道中野宿をする事はなかった。
 シロネはコキの国を見渡す。
 そして、疑問に思う。
 国の規模の割に、城壁がすごく立派だ。
 もちろん、魔物の被害があるから、堅固な城壁を造るのは間違っていない。
 しかし、この城壁は内側から上に行けない作りになっている。
 まるで、住人を逃がさない為の檻のように感じたのだ。
 シロネは視線を戻すとカヤがコキ国の長らしき人と交渉している。 
 門前払いになるのではないだろうかとシロネは不安に思う
 その時はカヤは力で押し通るような気がしたのだ。
 実際にこの長の家に来るまで住人はヒポグリフに怯えていた。脅せば何とかなるかもしれないだろう。
 この国の長はエチゴスとカヤが話をしている。

「私達は旅の者です。一晩だけこの国で逗留したいのですが宜しいでしょうか?もちろん謝礼は払います」
「いえいえ、謝礼なんてめっそうもない。私の家で良ければどうぞ、一夜の宿にしてください」

 しかし、シロネの予想に反してコキの長はあっさり了解した。
 コキの長は恰幅の良いおじさんでニコニコと笑っている。
 そしてその笑顔に何か違和感を感じる。

「それではどうぞ、こちらへ。その魔獣は納屋になりますので後で案内いたします」

 しかし、カヤはその言葉に首を振る。

「いえ、全員同じ納屋でよろしいです。案内していただけますか」

 その言葉にシロネとキョウカさんは驚く。

「は……はい、それではこちらへ」

 コキの長もシロネと同じくらい驚いているみたいだった。少し言葉を詰まらせている。
 そして、シロネ達は納屋へと案内される。

「どういう事ですの、カヤ?」

 キョウカがカヤさんを問い詰める。
 シロネも疑問に思うキョウカもいるのに納屋で寝泊まりするとは思わなかったからだ。
 ヒポグリフならともかく、シロネはここで寝泊まりするのは遠慮したかった。

「お嬢様。それについてはシロネ様に尋ねたい事があるのですが?」
「えっ、私に?!」

 シロネは急に話を振られ驚く。

「先程のエチゴスという男から何か違和感を感じませんでしたか?」
「うん。この国の長だと思うおじさんからは、魔物が私達を見る目と同じだったような気がする」
「はい、私もシロネ様と同じように感じました」

 エチゴスの目はシロネの敵感知に引っ掛かった。
 魔物がシロネ達を獲物として狙うのと同じ目をしていたのである。
 それはわずかの物だったから、シロネはもしかして気のせいかもと思ったが、カヤも感じたのなら気のせいではない。

「どうやらこの国の長は、私達に対して良からぬ事を考えているみたいですね」

 カヤは少し笑う。
 その笑みを怖いとシロネは思う。

「どうする? この国から出る?」

 この国が害意を持っているのなら、早くこの国を出た方が良いだろう。
 だけど、シロネの問いにカヤは首を振る。

「そうしたいのは山々なのですが……、もうすぐ夜になります。今から野営できる場所を探すのは困難です」

 ヒポグリフは夜の間は飛べない。
 シロネ達の中には暗視やまともな照明の魔法ができる人がいない。ある程度なら物体感知で暗闇でも動く事はできる。けど、それに頼るには限界があった。
 カヤの言うとおり今からでは動けないだろう。

「ではどうするのです、カヤ?」

 キョウカが聞く。その声には少しいらだちを感じる。

「もちろん、力づくで何とかします。この国の人達が何を企んでいるのかはわかりませんが、叩きのめせば問題は無いでしょう」

 カヤさんが拳を合わせる。
 シロネはため息が出る。これでこの国の人達は酷い目に合うだろう。
 だけど仕方がないとも思う。
 追い払うだけなら、さすがのカヤも酷い事はしないだろう。
 だけど、襲うなら話は別だ。
 その時、シロネ達がいる納屋の周りで複数の人達が集まる気配がした。
 私は納屋の窓から外を見る。納屋の周りを武器を持った人達が取り囲んでいる。
 その中にはこの国の長もいた。私達を留めて置いて、武器を持った仲間を集めていたようだ。

「どうやら来たようですね。それでは少し懲らしめてやりましょうか、お嬢様」

 そう言うとカヤは胸の前で拳を合わせるのだった。




 エチゴスはこの国に来た3人の女を思い出す。
 今まで会ったどの女よりも美しかった。
 おそらく真ん中にいるいかにも高慢そうな女が主人だろう。着ている服もかなり上等であり、どこかの国の姫かもしれなかった。
 女の1人は侍女のような恰好をして、もう一人は剣を持っている所から護衛のようである。
 この2人の女は従者で間違いなかった。
 エチゴスは何としてもこの女をこの国に置いておきたいと思った。
 そして、この3人の後ろにいるのは間違いなくヒポグリフである。
 エチゴスは以前に飼いならせる魔獣がいるとは聞いたことがあったが、まさかそのヒポグリフを見る事ができるとは思わなかった。
 おそらく飼育されたヒポグリフを買ったのだろう。
 だとすればこのヒポグリフは人間に対して大人しいはずだ。
 女だけでなく、飼いならされたヒポグリフも手に入るとは運が良いとエチゴスはほくそ笑む。
 その女達は今納屋にいるはずであった。
 エチゴスの周りには50人の武装した男達がいる。
 これからその女を捕えるのだ。
 たった3人の女相手に多すぎる気もするが、絶対に勝てない力を見せつける事で抵抗する気をなくすという目的もあるので、妥当な戦力である。
 問題はヒポグリフであった。
 グリフォン程ではないとはいえ、魔獣だ。
 普通の人間では敵わない。
 しかし、それに対抗できる者がエチゴスの側にいるから大丈夫のはずである。

「中々良さそうなのが入って来たようだな、エチゴス」

 背中から声を掛けらる。
 エチゴスが振り向くと背中に大剣を背負った男がいる。
 大きな体に筋肉が盛り上がった腕、口からは犬歯が見える。いかにも暴力で身を立てている男の容貌だ。
 そして、この男がいる事もこの国に他の魔物が入って来ない理由の1つである。

「これはこれは、ダイガン様。おっしゃる通り中々の上玉です」
「女共を騙して、油断した所を襲うか?」
「はい、もちろんでございます。ぐふふふふ」
「くく、エチゴスよ、お主も悪よのう」
「いえいえ、ダイガン様には敵いませんよ。ぐふふふ」

 ダイガンは笑う。
 そう、この男がヒポグリフを怖れる事はない。
 エチゴスは行商人として旅をしている時にオーガのゼングに掴まった。
 しかし、持ち前の口先と尻尾を振り、なんとかゼングの人間の飼育場の管理者になる事ができた。
 その時にダイガンに出会った。
 ダイガンは元は邪神を崇める人間の戦士であり、その恩寵を得た者だ。
 今はオーガのゼングの元で剣客としている。
 エチゴスは前にダイガンが戦っている姿を見た事があるが、人間とは思えない程の力を持っている。
 ヒポグリフを抑える事もできるだろう。

(この国の人間はダイガンを怖れて私の言いなりだ。たかが人間の商人だった私が、今やこの国の王のような者である。ゼングの力を使えば何でもできる)

 エチゴスは再び笑うと納屋を見る。
 相手はたかが女3人だ、何も怖れる必要はなかった。
 怖れる事は捕える時に女を傷つけてしまう可能性がある事ぐらいである。
 それにゼングに渡す前に1人ぐらいなら楽しんでも良いだろうとエチゴスは思う。
 そして、どうやって踏み込もうか考えている時だった。
 突然、踏み込む前に納屋の扉が開かれる。
 会った時と変わらない3人の姿があった。つまりは武装したままである。

「一応理由を聞いた方が良いのかしら?」

 高慢な女がエチゴス達を睨むと聞いてくる。
 その目はゴミを見る目であった。

コメント

  • 眠気覚ましが足りない

    更新、回答ありがとうございます。

    回答を踏まえると、
    キョウカの荷物が多いのは、シロネの脚を遅めるために、カヤがわざと荷物を増やすようにキョウカを誘導したのでしょうね。

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  • 根崎タケル

    3章の続きを更新しました。
    今年はこれが最後の更新になります。
    良いお年を!

    そして、チユキとカヤですが、頭の良さは変わりはないですが、カヤの方が鋭いです。

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