暗黒騎士物語

根崎タケル

神殿の訓練場にて

 アルレーナ神殿の騎士達の訓練場に黄色い声が鳴り響く。
 レイジの目の前に女の子の群れができている。
 三十名以上はいるだろう。全員、レイジが目的である。

「みんなありがとう。俺のために来てくれて」

 レイジが爽やかに笑うと、女の子達から歓声が聞こえる。
 女の子達は聖レナリア共和国の市民の娘である。
 中には貴族の娘もいる。レイジが回復したと聞いて駆け付けたのだ。

「申し訳ないけど、あなた達。レイジ君は剣の練習の途中よ。邪魔するようなら、出て行ってくれませんか?」

 チユキはレイジの周りにいる女の子達を追い払うように手を振る。
 彼女達はレイジが剣の練習をしている時に突然押しかけて来た。レイジが剣の練習をしているのは暗黒騎士と再戦する時のためだ。
 本当はシロネと剣の練習をする予定であった。しかし、シロネはリノとナオと共にペルーダ退治のために不在だ。仕方がないからレイジは一人で剣の練習をする事にしたのである。
 レイジがシロネに剣を習いたいと申し出た時、チユキは驚いた。
 彼が武道を習おうとするとは思わなかったのである。
 レイジは武道の素人しろうとである。
 レイジの親は息子に何か武道をさせようとしたらしいが、子どもの時から今と同じ性格だったため誰もレイジに武道を教える事ができなかったようだ。
 しかも、レイジの運動能力は並外れて高く武道を何もしなくても強い。
 そのためレイジも積極的に武道を学ぼうとしなかったとチユキは聞いている。
 むしろチユキとしては何もしなくてもあれだけ強い事の方が驚きである。
 そんなレイジが剣を学びたいと申し出たのだ。どうも、暗黒騎士との戦いで何か思うところがあったらしい。
 これは、非常に良い影響なのではないだろうかとチユキは思う。
 レイジにはあれだけの才能があるのだ、学べばもっと上にいけるはずだ。
 子どもの頃はともかく、体が大きくなってからレイジが負けた事はなかったらしい。
 何かの本で読んだが、敗北が人を成長させる事もある、武術を極めたレイジなら、暗黒騎士にも簡単に勝てるようになるのではないだろうかとチユキは思う。
 ただし、今のレイジは体が本調子ではない。だから無理はできない。
 チユキが女の子達を追い払おうとすると不満の声が聞こえる。

(こいつらは……全く)

 女の子の態度にチユキは怒りが込み上げてくる。

「ごめんな、みんな。大人しくそこで見ていてくれ」

 レイジがそう言うと女の子達から不満の声が消える。

(何だか頭が痛くなるわね)

 チユキは頭を押さえる。レイジは美男子だ。女性にもてる。それはこの国でも変わらない。
 訓練場にいる騎士見習い達が羨ましそうに見ている。
 元の世界でも良く見た光景だとチユキは思う。

「本当にモテモテね……」 

 チユキは隣のサホコを見る。

「はは。レイ君は特別だから……」

 サホコは苦笑いをしながら答える。

(特別ね……。確かにすごい能力を持っているけどね)

 チユキは自らもまたレイジの婚約者候補なのを思い出す。
 リノも婚約者候補らしいので、一体どれだけ女性を側に置くのだろう?
 案外シロネもナオもそうかもしれない。
 レイジの父も祖父も同じだったのだろうか?
 もしかすると従兄弟や又従兄弟が沢山いるかもしれない?
 チユキはそんな事を考える。
 もっとも、チユキはそんな話は聞いた事がなく、レイジの父に兄弟や従兄弟はいないらしい。
 少なくともそうなっている。
 レイジが剣を振るう。レイジはシロネから剣の握り方から教わった。
 通常は柔らかく持ち、斬るその一瞬だけ力を込める。その教えを何度も繰り返している最中らしい。そんなレイジの顔はいつになく真剣だとチユキは思う。
 周りの女の子の嬌声が聞こえてくる。顔の良いレイジがああいう顔をすると誰もが見惚れてしまう。しかし、先程から見ているが、やはりその動きはぎこちない。
 当り前だろう、胸を深く斬られたのだ。今のレイジはサホコの魔法で無理やり命を繋いでいる状態だ。やはり、あまり無理をさせるべきではないだろうとチユキは判断する。

「チユキさん……」

 サホコガ不安そうにチユキを見る。

「わかっているわ。サホコさん。本当に危なくなるようなら止めます」

 チユキがそう言った時だった、女の子達からざわめきが聞こえる。
 何事かと思いそちらを見ると観客の女性たちの中を押しのけて誰かが入って来る。
 キョウカとカヤにその従者達だ。
 女の子達の不満の声。しかし、キョウカ達はその声に耳を貸さず、女の子達を練習場から追い出す。
 その様子がおかしいとチユキは思う。
 キョウカは傲慢なところはあるが、ここまで強引ではなかった。

「キョウカさん、何かあったの?」
「サホコさん! 大変な事があったのですわ!」

 サホコが聞くと、キョウカが叫ぶ。

「えっ? キョウカさん? どういう事なの?」

 チユキは首を傾げ、キョウカとカヤを見る。
 そして、カヤの服が汚れている事にチユキは気付く。
 カヤは常に身だしなみをきちんとしている。その彼女が身だしなみを整える前に報告に来た事に、チユキは緊急で何かが起こったのだと判断する。

「どうした? 何があったのかキョウカ? マンティコア退治に行ったのじゃないのか?」


 レイジが練習をやめてこちらに来る。
「お兄様! マンティコアは私達が来る前にはすでに死んでいましたわ!」
「「えっ?」」

 チユキとレイジの声が重なる。

「私達の前に何者かがマンティコアを退治していたのです。チユキ様。黒の牙の本拠地の地下にマンティコアの死体があったそうです」

 カヤが表情を変えずに報告する。

「何それ? どういう事なの? マンティコアはすでに退治されているなんて? それじゃあ黒の牙は? その団長は?」

 シロネはカヤに詰め寄る。

「黒の牙の者達は団長のゲンドルを除き逃亡しました。そのゲンドルは治療院に運ばれています」
「「はあ?」」

 再びチユキとレイジの声が重なる。

「団長は捕まえたけど、他は全て逃げていた。意味がわからないな」

 レイジが首を振る。
 チユキも同じ気持ちだった。

「ねえ、レイ君。治療院に運ばれたって事は、その人は何か怪我をしているのじゃないの? 私が見に行った方が良いかな?」

 治療院と関係が深いサホコが言う。
 治癒魔法が得意なサホコは治療院に行く事が多く、暇があれば多くの人々を助けている。

「いえ、サホコ様。ゲンドルの肉体の方は何も怪我をしていません。おそらく治せるとしたら、リノ様の方です」

 カヤがサホコの言葉に首を振って答える。

「サホコさんではなく、リノさんが? という事は治療が必要なのは肉体ではなくて、精神という事ね」
「その通りですチユキ様。ゲンドルは心が壊れているようでした。どうして、そうなったのかわかりませんが?」

 カヤの言葉にチユキは混乱する。

「カヤ! 報告すべき事はそれだけではないはずですわ!」

 キョウカがカヤの報告に割って入る。

「どうしたんだ? キョウカ? まだ何かあるのか?」

 レイジが聞くとキョウカとカヤが同時に頷く。

「レイジ様。もしかするとマンティコアよりも重大な事かもしれません。私達が黒の牙の本拠地を包囲した時でした。不審な者が近づいて来たのです」

 カヤが説明する。

「不審な者? どういう事なの?」
「はいチユキ様。その者は魔法で気配を消していました。私の感知能力がなければ、気付かなかったでしょう」

 カヤはナオ程ではないが物体感知や敵意感知の能力を持っている。気配を消しても、近づいて来る者に気付く事ができる。

「なるほど、気配を消して近づいて来るか。それは怪しいな。で? その不審者はどうしたんだ?気付いたって事は捕えたんだろ?」

 レイジの言葉にカヤは首を振る。

「いえ、残念ながら、捕える事はできませんでした」

 その言葉にチユキは驚く。

「珍しいわね。カヤさんが不審者を前にして逃がすなんて。何かあったの?」

 カヤが本気ならとり逃すわけがない。チユキはカヤに何かがあったのだろうと思う。

「いえ、逃したわけではないのですチユキ様。その者は私よりもはるかに強かったのです。私はその者に投げ飛ばされてしまいました」
「えっ……?」

 チユキはその言葉に耳を疑う。

(カヤさんが投げ飛ばされた? 嘘?)

 カヤはキョウカの付き人で、護衛も兼ねている。そして空手や拳法などを習得している。
 その腕前はなかなかのもので、さすがに本職の武道家には敵わなくても、元の世界の素人なら大人の男性でも太刀打ちできないはずであった。
 ましてやこの世界の人間ならカヤは数百人を相手にしても勝つ事ができる。
 そのカヤが投げ飛ばされたのである。大変な事であった。

「カヤよりも強い? 何者だ?」

 レイジが首を傾げる。

「みんなを集めて相談した方が良いわね」

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