世界に復讐を誓った少年

やま

91.歪んだ相思相愛

「ああ……あああぁぁぁぁっ!!!」


 僕が見せる幻痛によって悲鳴を上げるフィストリア。はっ、天使や女神になってからもこんな痛み受けた事がないだろう。


「ぐうぅっ……は、離せぇぇぇっ!!!」


 味わった事の無い痛みに涙を流し、唾を撒き散らすフィストリアは、この痛みから逃れようと手をかざし光の球を放ってくる。


 僕は逃さないようにフィストリアの腕を掴むのと、幻痛を与えるのに意識を殆ど持って行かれているため、防御に力を割けない。必要最低限の急所にだけ防御を張り、後はくらう。光の球は僕の体を貫き風穴を開けていくが、僕は痛みを無視して幻痛に力を注ぐ。


「ミレーヌ。君は本当に僕の事を心の奥底では恨んでいるかも知れない。捕まえた君を様々な痛みを浴びせ、泣いて乞う言葉を無視して、無理矢理隷属した僕を恨んでいるだろう。
 あの時はただ単に使える駒を増やしたかっただけだけど、今は違う! 君の温もりに、君の優しさに触れて、君の事が大切になってきた。僕の側にいてくれないといけない掛け替えのない存在になった!
 ミレーヌ、本当の君は嫌かも知れない。だけど、何と言おうと僕は君を離さない! だから、ミレーヌ! 嫌なら嫌で自分の言葉で話してほしい! こんな気持ちの悪い女神に操られるんじゃなくて、君自身の言葉で!」


 僕は限界まで幻痛を与える。更に僕はフィストリア……いや、ミレーヌへと近づき抱き締める。腹に突き刺さる槍が更に刺さるが今更だ。


「……は……ると……さ、ま」


「ミレーヌ!」


 痛みのせいでフィストリアの気配が薄れた瞬間、ミレーヌが表に出て来た。僕を引き剥がそうと放っていた光の球も消えて、槍に加わる力も小さくなった。


「ごめんなさい……私のせいでハルト様が……」


「この程度なんとも無いよ。君を助けるためだ。気にする事はない。それより、僕の言葉は聞こえていたかい?」


「……はい。私の本当の気持ちは、私はハルト様の事を恨んでいます。私がいくら泣き叫んでも治まる事のない痛みに、無理矢理隷属される恐怖。あの時から1度もハルト様を恨まなかった日はありません。
 憎くて憎くて憎くて、一時もハルト様の事を忘れた事がありません。
 だけど、一緒にいるうちに、その憎しみも次第に愛情へと変わっていきました。ハルト様の事が愛おしいのです。無理して大人ぶっているところとか、眠っている時ギュッと抱き締めてくるところとか。
 私は確かにハルト様を恨んでいます。だけど、それ以上にハルト様の事をお慕いしています。だからハルト様……私を殺して下さい」


 今まで1番見惚れるほどの笑顔を見せながら、今までで1番残酷な事を言ってくるミレーヌ。しかし、次第に表情は変わり冷酷なものへと変わっていった。


「はぁ……はぁ……よくもやってくれたわね。それに、封じたはずの女も出て来て。この痛みを抑えるのにまた力を使ってしまったじゃない! どうしてくれるのよ!?」


 痛みが無くなったフィストリアは喚き散らしながら僕の腹に刺さっていた槍を抜き、フィストリアを掴む腕を切り落とした。僕の右腕が宙を舞う中、フィストリアは空高く飛び立つ。


 空でフィストリアが何か喚いているが僕の耳には聞こえなかった。僕は残った左腕に魔力を集める。黒く輝く光が僕の左へと集まっていき形作っていく。


 現れたのは漆黒の剣であるけど、まだ未完成。僕の血を吸わせるために右手から吹き出る血をかける。すると、僕の血が剣に吸われて、剣が脈動する。


「……な、なによ、その気持ちの悪い剣は。そ、そんなものをこの私に向ける気!?」


「ああ、お前を……殺す」


 僕はそれだけ呟き、空を飛ぶフィストリアへと向かう。フィストリアは僕を撃ち落そうと光の球を次々と放ってくるが、僕は避けずに真っ直ぐと向かう。


 肩を抉り、足を消しとばし、腹に風穴を開けられても僕は真っ直ぐと進む。そんな僕にフィストリアは初めて恐怖した。あぁ……なんてそそる顔なんだ。殺したいと思う相手の顔が恐怖に歪むのは何と心地いいものか。


「く、来るなぁぁぁ!!」


 悲鳴に近い叫び声を上げるフィストリア。その叫び声とともに張られた障壁に僕の作り出した剣、神喰ノ魔剣ダーインスレイヴがせめぎ合う。


「うぉぉぉぉぉっ!!!」


 僕は最後の力を振り絞りフィストリアへと向かう。しかし、障壁に邪魔をされて進まない。それどころか押し返され始めた。


 このままでは押し負けるが、僕は慌てない。だって、僕には頼りになる配下がいるのだから。


「マスターだけに背負わせるか! 三剣奥義ソードスリー・マスタリー爆轟炎王プロミネンスレイ!」


 フィストリアの背後からリーシャが奥義を放つ。剣が触れると爆発するのは同じだが、その規模が桁違いだ。空中でなく、街中でやっていれば間違いなく吹き飛ぶほどの爆発。


 辺りの水分が一瞬に蒸発して、灰すら残らないほどの熱さ。その一撃をくらっても障壁を割る事が出来ずにフィストリアは無事だが、障壁を発動していない僕も無事だった。理由は


「ぐぐっ……この、クソ女! そいつを助けるんじゃ……ハルト様! 今です……うるさい!!」


 頭を抱えて怒鳴り散らすフィストリア。僕が助かった理由は、再び表に出て来たミレーヌに助けられたからだ。今はフィストリアが張る障壁の中にいる。つまり


「来るな来るな来るなぁぁぁ!!」


 僕とフィストリアを阻む障壁は無い! 左腕を限界まで伸ばし、フィストリアの……ミレーヌの体へと魔剣を突き刺す。抵抗を感じる事なく突き刺さった魔剣。ミレーヌの口から血が吐き出される。


 そして、それと同時に障壁が消え去った。イライラするフィストリアの気配も消えた。僕は魔剣を消して残った左腕でミレーヌを抱き締める。


「……ふふっ……暖かいです」


「ああ、僕もだよ、ミレーヌ」


「……ハルト様、お願いがあります」


「なんだい、ミレーヌ。何でも聞いてあげるよ?」


「それじゃあ、もっと抱き締めてください。私の体からあなたの温もりが消えないように」


「ああ、ミレーヌが苦しくてやめてくれって言うぐらいぎゅっと抱き締めてやる」


 僕はミレーヌの言われた通り力強く抱き締める。腕の中でありがとうございます、と笑うミレーヌ。だけど、次第に力が抜けていっているのがわかる。自然と力が入ってしまう。


 僕とミレーヌが地上に着く頃には、ミレーヌは動かなくなった。もう目を開ける事もない……このままでは。


「マスター、それはミレーヌが望んだ事なのか?」


「……今更変な事を聞くんだな、リーシャ。ミレーヌが望もうとも望まなかろうとも関係ない。僕がやりたいようにやる。今までもそうだったし、これからも変わらない。ダメかい?」


「まさか、ただ少し確認したかっただけだ。それに私はマスターの指示に従うだけだ。さあ、ミレーヌが待っているぞ」


 そう言ってリーシャは少し離れる。リーシャなりの心配なのだろう。ふぅ、そろそろ血を流し過ぎて僕自身限界だ。早くやろう。


 僕は地面に左手をつけ魔力を注ぐ。すると、僕の魔力が大量に流れている自分の血に反応した。魔力が混じった僕の血は、ミレーヌへと流れていく。


 僕の魔力と血によって新しく作り変えられるミレーヌの体。ミレーヌの綺麗な金髪は黒髪へと変わり、背に生えた翼も黒色に変わる。そして、頭からは角が生えて来た。


「うぅ……」


 そして、薄く開かれた目は金色に輝き、ぼーっと僕を見ていた。そして、朦朧としていた意識がはっきりして来ると、綺麗な笑顔を向けてくれた。


「ハルト様は私の事を本当に死なせてくれませんね」


「当たり前だろ? 言ったはずだよ。ミレーヌにはこれからもずっと側にいてもらうって。絶対に離さないから」


 自然と近づく僕とミレーヌの顔。そして、触れる唇。久し振りのミレーヌとのキスは血の味だった。

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