悪役令嬢を助けるために俺は乙女ゲームの世界を生き抜く!

やま

22.伯爵領へ

「おはよう、ハイネル宰相」


「ええ、おはようございます、ジーク殿下。よく寝られましたかな?」


「ははっ、それが楽しみであまり眠れなくてさ。少し寝不足なんだ」


「それはそれは。緊張し過ぎるよりはよろしいかと。グルディス殿下の時は緊張して眠れなかったようですからな」


 へぇー、兄上でもそんな事があるのか。まあ、人間でましてや子供だ。俺みたいにおっさんの精神をしていなかったらそうなるのが普通だろう。俺は初めて出る外にワクワクしているけど。


「そして、こちらが第5部隊の皆様と」


「お初にお目にかかります、ジークレント殿下! 私の名前はアルフォンスと申します! 平民出身のため姓はありません! 我が身をとして御身をお守りいたしますので、どうかよろしくお願いいたします!」


 宰相の言葉に続けるように大きな声で挨拶をしてくる茶髪の男性。年は30代半ばといったところか。身長が2メートル近くあり、ガタイがごっつい男だ。ゲームの中で別名が『壁』。


 自分の体を全て隠せるほど大きなタワーシールドを鈍器にも盾にも使う、途轍もなく防御力と体力が高かったNPC。


 ただ、後半は防御力より攻撃力の方が重要になっていくため、後半の方では使われなくなっていくのだが、中盤まではとても心強い方だ。後半は攻撃力はそこまで変わらないのに防御力が高いのが多くなるからな。


「むっ? 私の顔に何か付いておりますか?」


「いやいや、物凄く頼りになるなぁ、と思ってさ。今回の視察、よろしく頼むよ」


 俺が笑顔で手を差し出すと、儀礼を恐る恐る手を握る。うん、戦士の立派な手だ。まだ2年しかしていない俺の手とは厚みが大違いだ。


「それでは参りましょうか。なに、2日なんて直ぐに着きますよ」


 宰相の言葉に頷く俺たち。俺たちのメンバーはいつも通りの俺、メルティア、レイチェルさん、テルマにエンフィだ。


 アルフォンスさんが率いる第5部隊が馬に乗って俺たちが乗る馬車の周りを走り、俺たちが乗る馬車と宰相と補佐官が乗る馬車に分かれる。


 初めての王都の外か。ゲームの中でも王都の外に出るのは2章以降で、しかも気が付いたらシーンが変わって別の街に変わっていたり、森の中にいたりとしていたから、本当に『マジカルサーガ』の世界で外に出るのは初めてだ。どんな感じなのか楽しみだ!


 ◇◇◇


 2日後


「……何も起きないとは」


 王都を出て2日が経ち、既に目的の街が見えてきたのだが、この2日間、特に何も起きる事なく平穏に過ぎていった。


 別に何か問題が起きて欲しいというわけでは無いのだけど、近寄って来た魔物は第5部隊が倒してしまうし、馬車の中で本を読むだけでこの2日間が過ぎて行った。


 魔物を近くで見たかったけど、近寄る前に倒されてしまって見る事が出来なかった。残念。そんな事を考えていたらレイチェルさんが何も起きない理由を教えてくれた。


「この辺りは王都が近いからな。他の部隊も交代で見回っているため、魔物がある程度間引かれているんだよ。だから、たまに襲ってくる魔物ははぐれぐらいだ。そのため、これだけ落ち着いて進む事が出来るんだよ」


「なるほど。それって王都の近くだけなのか?」


「どの領地も同じようにしたいというのが陛下の希望だが、当然それには莫大な金に人員が必要になる。アルフォール王国はそれなりに大きな国だ。それ全部を、国軍で賄う事は不可能だ」


 それもそうか。兵士だって人数に限りがある。だから領地を持つ貴族には私兵を持つ事が許可されている。自分の領地は自分で守るようにと。


「何も起きずに進めるのは良い事ですよ。私の母の実家があるエルフの村は、基本森の中にあるので必然と魔物が住む場所を通らないといけません。
 魔除けなどはしているのですが、完璧に避けられる訳ではありません。中にはその行き帰りで命を亡くす人もいるので……」


「……そうだよな。ごめんな、変な事を言って」


 暗い顔をするエンフィを見て、ようやく俺は自分が馬鹿な事を言っている事に気が付いた。王都を出るのが初めてで浮かれていたけど、ここはゲームの世界じゃ無いんだ。下手すれば死ぬ事がある現実の世界。


 ……駄目だ駄目だ。こんな考えだとセシリアを助ける事なんて出来ない。それどころかそこに行く前に俺が死んでしまいそうだ。


「気にすることはない……とは言えないが、これから学んでいけば良い。それにそういう話は私もするべきだった。すまない」


「いや、レイチェルさんは悪くないよ。俺の考えが甘かっただけだから。そうだな。何も起きない事が1番良い事だもんな」


 良く前世でもあった話だけど、警察や消防が仕事が無いのは、何も問題が起こっていないから。だから、警察や消防が暇なのは良い事なのだと。そんな言葉を思い出してしまった。


「……あっ、ジーク様、見えて来ましたよ。あそこが王妃様の姉君が治められています、コーネリア伯爵領になります」


 俺の落ち込んだ雰囲気を払うようにメルティアが窓から見える景色を教えてくれた。へぇ〜、あれが母上の実家になるコーネリア伯爵領なの……か……ん? さっきの言葉どういう事だ?


「なあ、メルティア。さっき、姉君って言わなかった?」


「え? ええ、言いましたよ。王妃様の姉君、ミエーラ・コーネリア伯爵が治める街になります」


 ……へぇ、女性の貴族なんて珍しいじゃないか。俺の叔母さんに当たる人なんだよな。どんな人なのか楽しみだな。


 そんな事を考えながら1時間ほど馬車を進ませると、ようやく街へと辿り着いた。先前を走っていた宰相の馬車が止まると、俺たちが乗る馬車も止まる。


 手続きを終えて門の内側に入ると、中では既に俺たちを待つ人影が見えた。その中には母上の容姿に似た女性が立っていた。あの人が多分コーネリア伯爵だろう。


 伯爵の前まで馬車を進めてから、俺たちが降りる。宰相が既に伯爵と言葉を交わしているので向かっていると、俺の服が引っ張られる感覚がある。


 メルティアかエンフィかと思って引っ張られた方を見ると、全く知らない少女だった。黒髪黒目ととても珍しい姿をしており、そして何より、少女の腰に差された刀だった。まさかこの世界で刀を見る事が出来るとは。


 ……まあ、色々驚く点はあったが、何やり驚いたのが、彼女は誰だよ……。

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