悪役令嬢を助けるために俺は乙女ゲームの世界を生き抜く!

やま

7.初めの行動

「ジーク! 良かった! 良かったよぉ!」


 目を覚ました俺を見た瞬間、勢い良く抱き着いてくる母上。その近くではメルティアもいた。手にはおけとタオル持っている。どうやら、俺の看病をしてくれていたらしい。


「どこも痛く無い? 気分が悪かったり、どこか違和感があったりしない?」


 俺は自分の体を見る。体の怠さはあるけど、痛みが全く無い。レイチェルさんに折られた左肩も普通に上がるし、そのあとボコボコにされて折れたと思われる箇所も治っていた。


 自分の怪我の箇所を確かめて不思議そうに首を傾げている俺を見て、母上が宮廷魔法師の中に、かなりの水属性魔法の使い手がいる事を教えてくれた。その人が治してくれたらしい。凄えな魔法。


 そんな事を1人で感心していたら、柔らかくて温かいものに顔が包まれた。突然過ぎて何が起きたのかわからなかったけど、以前に嗅いだ事のある甘い匂いと、とても落ち着くこの感覚で、母上に抱き締められている事に気が付いた。


「ごめんなさいね。私がレイチェルに変な事を話してしまったせいで、ジークがこんな目にあって」


 母上はそう言いながら俺の頭を撫でてくるが、そうじゃない。母上は何も悪くない。悪いのは全部兄上との才能の差に妬んで何もしてこなかった俺が悪いんだ。


 俺は抱き締めてくれる母上の腕から抜けて頭を下げる。突然の事で頭の上で母上たちの慌てる声が聞こえてくるけど、俺はそのまま続ける。


「母上は何も悪くありません。悪いのは全部俺なんです。俺が勝手に兄上の才能に嫉妬して勝手にやる気をなくして、そして、母上たちに迷惑ばかりかけて。レイチェルさんの言っている事は正しい。俺はボンクラです」


「そんな事ないわ! あなただって……」


「いえ、逆にボンクラで良いんですよ」


「え?」


 俺の言葉に不思議そうな声を上げる母上。俺は頭を上げて母上の目を見ながら宣言する。


「母上、既に俺の評価はマイナスになっているでしょう。ここから変えるなんてかなり難しいと思います。言葉で変わると言っても今までの事があるので信じられないでしょうから、行動で父上や母上、他の貴族たちに証明していきます。だから、もう少し心配やご迷惑をおかけしてしまうかもしれませんが、お許しください」


 と。今は言葉だけ。しかも、今まで何度も嘘などを言ってきた口から放たれた言葉だ。正直信じられないのが普通だ。今は何と言っても信じられないのはわかっている。だから、これから行動で俺の評価を変えていく。もう二度と母上たちを悲しませないように。


 母上は、俺の決心を聞いて柔らかい笑みを浮かべてくれた。


「あなたがそこまで言うのならハッキリ言いますが、今の評価を変えるのは物凄く難しいです。今までだって始めた事を直ぐに挫折してきたあなたです。本当に出来ますか?」


「俺の行動を見て判断してください、母上。今、俺が何度頑張る、出来ると言ったとしても信じられないでしょうから」


「……わかりました。あなたをこれからも見ていきましょう。……全くもう、男の子って知らない内に成長するんだから。お母さん、少し悲しいわ」


 母上はそう言って優しく頭を撫でてくれる。成長というよりかは、前世の記憶が戻ったおかげだから素直に喜べない。でも、母上の手は温かくて気持ちいい。


 このまましてもらい気持ちで一杯だけど、それより母上にお願いしたい事がある。本当は嫌だけど、あそこまで真剣に俺の相手をしてくれるのはあの人しかいない。


「母上、それでなのですが、俺はレイチェルさんから戦いについて学びたいと思っています」


「え? ……レイチェルから?」


「はい。俺は怒りに任せてレイチェルさんにボコボコにされましたが、あれは父上や母上、そして、俺の事を思ってやってくれた事でした。最悪な評価を貰っている俺にすら真剣に向き合ってくれるレイチェルさんなら、しっかりと教えてくれると思ったんです。勿論隊長の仕事の合間で教えてもらいたいのですがどう思いますか?」


 俺の言葉を聞いて、困ったような表情を浮かべる母上。どうしたのだろうか?


「……レイチェルは、あなたを半死になるまで攻撃した罪で、隊長職を剥奪されたわ。今は最後の挨拶に陛下の元へと向かっていると思うわ」


 悲しげな表情を浮かべる母上の言葉を聞いて、俺はベッドから飛び降りて、部屋を飛び出す。後ろから母上たちの声が聞こえるけど、俺はそれを機にする事なく真っ直ぐ父上の執務室へと向かう。


 この残念な頭でも、父上の執務室の場所は覚えているようで、迷う事なく走る事が出来た。ただ、王宮の廊下は走らないのが普通のため、侍女たちや兵士からの視線が痛いが、今はそれどころじゃないから無視していく。


 しばらく走ってたどり着いた父上の執務室。前には兵士が2人たち俺を睨んでくる。俺は一度深呼吸をしてから堂々と兵士に近づく。


「父上……陛下に用があって来た。取り次いで欲しい」


「……現在、陛下は人と会っていますので、少しお待ちください」


「レイチェルさんと会っているのだろ? その件で話がしたいから今すぐ取り次いでくれ」


「……駄目です。待ってください」


 くそっ、執務に忠実なのは良い事だけど、今はやめてほしい。早く入って話をしないとレイチェルさんが出て行ってしまう。何とかして入る方法を考えないと。


 俺は既に評価が低くくて、これ以上落ちる事は無いだろうと思った俺が1番初めに思いついたのが強行突破だった。でも、そんな事をすれば母上に誓ったのが速攻で嘘って事になってしまう。なら、どうすれば良いのか、と、考えていると


「これはジーク様、どうなされましたかな?」


 と、俺に話しかけてくる男性。銀髪の髪にあごひげを生やした老人。この人は一度見た事がある。この国の宰相でローデンベルグ侯爵家の当主、ハイネル・ローデンベルグだ。


 ニコニコと俺を見てくるが、目の奥は笑っていないのがわかる。レイチェルさんから浴びせられた殺気とは違った寒気が背筋を襲うけど、我慢してここに来た事情を話す。


 その話を聞いた兵士たちは胡散臭げだったけど、宰相は終始ニコニコとしたまま聴いてくれた。俺がレイチェルさんに指示して変わるって話もほうほう、と反応するだけで。


「なるほどなるほど。それは良いお考えだ。ならば、私と共に中へと入りましょうか。私もレイチェル殿の件で呼ばれておりましてな。君、陛下に取り次いでくれ」


「わ、わかりました」


 俺が何度言っても動いてくれなかった兵士が、宰相の言葉で簡単に動く。まあ、当たり前といえば当たり前か。これが俺が言っても動いてくれるように評価を変えないと。難しいなんて言っていられない。時間は限られているのだから。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品