黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

207話 出産

「うぅぅぅっ! い、痛いっ!」


 夜遅く、もう少しで日が変わる時間帯で、みんなが寝静まろうとした頃、そんな叫び声が屋敷の中に響いた。


 声の主人はヘレネーだった。執務室にいた俺は急いでヘレネーの元へと向かうと、お腹を抑えて座り込んでいるヘレネーと、侍女の中でも父上の代からいる古参の侍女にヘレナがいた。


「どうした、ヘレネー! 何かあったのか!?」


 俺は普段は絶対に涙なんか流さないヘレネーが、お腹を抱えて涙を流していたため、慌てて近寄ろうとしたが


「レディウス様、落ち着いてください! これから父親になろうという方が狼狽えてはいけません!」


 侍女に怒られた。そしてあっという間に部屋から追い出されてしまった。気が付けば隣にはガウェインとグリムドにクリスチャンが立っていた。


 ヴィクトリアはヘレネーを励ますために部屋の中に入り、ロナは侍女たちの手伝い。パトリシアは産婆を呼びに屋敷を出て行った。何も出来ない男たちだけが、廊下で立っていた。


 ドタバタと走り回る侍女たち。手にはこの日の為に用意しておいた清潔な布にお湯を入れた桶を持って部屋へと入っていく。何か手伝える事は無いか聞こうと思ったら、キッと睨まれる。この時ほど侍女を恐ろしいと思った事は無かった。


「ほら、あんたたち、そこに立っていたら邪魔だよ!」


 何もする事がなく、役に立たない俺たちが部屋の前でビクビクしながら立っていると、パトリシアと産婆がやって来た。そして再び怒鳴られる。俺たちはなるべく壁際に寄って邪魔にならないようにするしかなかった。


「……こういう時って男って役に立たねえよな」


「そうだな。オロオロと様子を伺う事しか出来ないなんて」


 出産は女の仕事、女の戦場なんてよく言ったものだ。男の俺たちに出る幕なんてこれっぽちもない。それどころか逆に邪魔になってしまう。


 それに比べたら、女性の方が度胸がある。何をすれば良いかなんて俺たちと同じぐらい知らないはずの侍女たちが、テキパキと行動するのだから。


「うぅぅぅっ! 痛い痛い痛いぃぃっ!!!」


 落ち着かないまま閉まった扉を見ていると、中からヘレネーの叫ぶ声が聞こえてくる。くそっ、側にいてやりたいのに中に入れ無いなんて。


「ほら、喚いてないで頑張りな! 子供が頑張って出ようとしているのに、母親が頑張らなくてどうするんだい!」


 そして、産婆の怒鳴り声も屋敷に響く。俺はもう扉の前で震えている事しか出来なかった。


 ……


 …………


 ……………………


 どれくらい経っただろうか。ガウェインやグリムドにも休んだ方がいいと言われたが、ヘレネーが頑張っているのに、1人休めるわけがない。ただ、ヘレネーが頑張っている部屋の前で腕を組んで待っているだけ。


 侍女たちは交代で対応するようだ。ヴィクトリアはこれ以上は体に触るため、先に休ませている。物凄く離れたく無さそうだったが、ただでさえ彼女は気を付けないといけないからな。少し我慢をしてもらった。


 時間的にはもう8時間近くは経ったと思う。既に朝になり屋敷にも日が射している。いつもなら眠くなるはずなのに、今は一向に眠くならない。


 それどころか、何も出来ずにただ待つ事しか出来ない自分にイライラして目が冴えてしまう。まあ、眠る気は無いから丁度良いのだが。


 扉の向こうからは励ましの声や、産婆の声、ヘレネーの声などが聞こえてくる。俺は心の中で祈りながらも、落ち着かないため扉の前を歩く。何度も侍女に怒られたが、やめられないのだ。


 そんな風に落ち着かないまままた1時間ほど経った頃……ついに


「うぎゃあぁぁぁぉっ!」


 甲高い泣き声が屋敷の中を木霊した。とても大きな泣き声。その声を聞いただけで涙が出そうだった。だけど、今はまだ泣く時じゃ無いと頑張って耐えて、扉が開くのを待つ。その頃にはヴィクトリアもやって来た。


 みんなで不安そうに扉を見つめていると、扉が開き、疲れた様子の産婆が部屋から出て来た。何も言わないまま微笑みながら部屋の方を示すため、俺はゆっくりと部屋へと入る。


 中ではロナやパトリシアが涙を流して、侍女たちも抱き合って泣いていた。そして、その中心には汗だくになりながらも、とても綺麗なヘレネーがベッドにおり、手元には元気に泣く赤ん坊が抱かれていた。


 髪の色は薄いながらもヘレネーと同じ水色で、まだ生まれたばかりなのでぱっと見はわからなかったが、女の子のようだ。


「……レディウス」


「ヘレネー、頑張ったな……ありがとうな。俺の子供をこんな一生懸命に生んでくれて……ありがとう!」


 自分の子を抱くヘレネーを見ていたら自然と出た言葉だった。それと同時にさっきまで我慢していた涙も溢れてくる。


 涙でぐじゃぐじゃなままだけど、赤ん坊の顔を見ると、赤ん坊はまだ目が開いていないのにも関わらず、泣き止んで微笑んでくれた。完璧に偶然だと思うけど、それでも俺は嬉しかった。


 この子の名前はヘレネーと師匠の名前を借りて、ヘレスティアと名付けた。ヘレスティア・アルノード。これがこの子の名前だ。


 そして、ヘレスティアが生まれた1ヶ月後に、ヴィクトリアにも陣痛がやって来た。ただ、ヘレネーの出産を先にやったおかげで、侍女たちは皆慣れたもので、テキパキと行動していく……男たちだけは慣れないままで。全くの役立たずだった。


 ヴィクトリアが一生懸命に生んでくれた赤ん坊は、緑交じりの金髪で、男の子だった。名前をセシル、セシル・アルノードと名付けた。


 少し女の子っぽい名前のような気もしたが、ヴィクトリアはセシルを気に入ったようだったので、その名前に決めた。


 ヴィクトリアはセシルが元気に産声を上げるのを聞くと我慢出来ずに泣き出してしまった。その気持ちはわかる。あんな事があって、出産も危ぶまれたのだ。そんな事がありながらも元気に生まれて来てくれたセシルを見たら、誰だって涙は出る。当然俺もだ。


 ただ、セシルを生んでからヴィクトリアは少し体調を崩してしまったため、今は安静にしている。心身ともに疲れが出たのだろう。


 元気に生まれて来てくれて、今は仲良く並んで眠る2人。俺はこの愛らしい寝顔を守ると心から誓うのだった……可愛すぎてずっと見てられる。

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