黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

82話 逆恨み

「お久しぶりです、レディウス様」


 俺たちの前で恭しく礼をする男。俺はその男の顔を見ただけで怒りが湧いてくる。男の名はグルッカス。バルト・グレモンドの家庭教師をしていた男で、バルトと一緒に俺をいたぶって楽しんでいた男だ。


「レディウス?」


 俺の様子がおかしいのにガウェインは気がついたのか、尋ねてくる。クララも俺の顔を覗き込むように見てくる。俺は怒りを抑えて冷静に話し出す。怒りに任せても仕方ない。周りに迷惑をかけるだけだ。


「……何の用だ? お前が俺に会いにくる理由なんてないだろう。それに昔は付けなかった「様」を付けて気持ちが悪いぞ」


 こいつの姿は昔とかわ……っているな。髪の毛が薄くなっている。4年ほどで前髪部分が後退している。いい気味だ。


 俺が薄くなった頭を見ているのに気が付いたのか、頭を一撫でしている。目元はピクピクと震えているので、怒っているのだろう。


「ゴホンッ! え、ええっとですね、実はバルト様にレディウス様を連れて来るように言われまして、お迎えに上がった次第です。馬車を用意しておりますので、どうぞこちらに……」


「行かん。とっとと帰れ」


 俺はグルッカスに右手をしっし、と振って行かないと意思表示をする。グルッカスは俺のその行動にさらにピクピクと震えるが、笑顔は崩さない。そして言葉を発しようとした時に


「お待たせしました皆さん。それでは……ってすみません。お話中でしたか?」


 ヴィクトリアがやってきた。後ろにはルシーさんを伴っている。俺たちとグルッカスが話しているのがわかったのか交互に見ながら謝ってきた。


「謝る必要は無いよヴィクトリア。今話し合いは終わったから。だからグルッカス、とっとと帰れ」


「しかし、バルト様から連れて来るようにと……」


「知るか。なんで行かなきゃいけないんだよ。それにバルトが俺を呼ぶ理由が無いだろう。俺と話したきゃ直接会いに来いと言っておけ」


 俺がそう言うと、さすがのグルッカスも笑みが崩れる。ヴィクトリアはバルトの名前で事情を知ったらしく、グルッカスを睨んでいる。


「……下賎な女から生まれた忌子が」


 普段なら周りの喧騒に巻き込まれて聞こえない程の声だったのだが、その時は偶然にも周りには誰もおらず、静かだったため俺たちにも届いた。そして、俺を怒らすには十分な一言だった。


 俺は纏を発動し、一気にグルッカスの側まで駆ける。俺が目の前で消えたように見えたのだろう、グルッカスは驚きの表情を浮かべているが、全く反応できていない。そのまま俺はグルッカスの首を掴む。


「がはっ!」


 首を掴まれたグルッカスはジタバタと悶える。それもそうだ。身長180ある俺がグルッカスの首を力任せに持ち上げているのだ。グルッカスの身長は160後半ほどしか無い。


 俺が自分の頭ぐらいまで手を上げれば、掴まれているグルッカスも足が浮くほど持ち上がる。当然首も締まって苦しいのだろう。


 だけど……それがどうした? 下賎な女だと? ふざけた事を抜かしやがって。俺は怒りに任せて、右腕で首を掴んでいるグルッカスを地面に向けて振り……


「やめなさい、レディウス!」


 下ろせなかった。ヴィクトリアが左側から俺を止めるように抱き付いてきたからだ。気が付けば右手に込めていた力は抜けていて、グルッカスは尻餅をついて咳き込んでいた。


「……ヴィクトリア、どうして止める?」


「レディウスに無駄な事をしてもらいたく無いからです」


「無駄な事だと?」


「ええ、無駄です。全くの無意味です。レディウスが怒っている理由はおおよそはわかります。ですが、そんな事をされても、された人は喜ぶも思いますか?」


「それは……」


「喜ばないようならそれは全くの無駄です。そんな事でレディウスが手を汚す必要はありません」


 俺は母上の顔を思い出す。グレモンド夫人のいじめを受けて罵られても、周りの侍女から避けられても、常に笑顔だった母上を。心の中でどのように思っていたかはわからない。


 だけど、俺の前では一度もその事について文句を言った事はない。たぶん俺を不安に思わせないために表には出さなかったのだろうな。


 俺は深呼吸をする。怒りに任せてグルッカスを殺すところだった。昔はそんな事が出来なかったから我慢するしかなかったが、今はそれが出来る程度の力は持っている。


「……すまないヴィクトリア。それから止めてくれてありがとう」


「いえ!」


 俺が謝罪と礼を言うと、笑顔で言ってくれるヴィクトリア。俺はそのままグルッカスを見て


「グルッカス、バルトに伝えておけ。昔と同じように考えていたら痛い目に遭うぞ。今のお前みたいにな」


 俺が少し殺気を放ってそう言うと、グルッカスはヒィッ! と悲鳴を上げて走って逃げ去ってしまった。


 ふぅ、俺もまだまだだな。あの程度の事で頭が真っ白になる程怒るなんて。でも、母上の事を侮辱されたからな。許せるわけが無い。


 俺が色々と思いながら頭をガリガリと掻いていると、ガウェインとクララとルシーさんがやってくる。ガウェインとクララはニヤニヤしながら、ルシーさんは少し不機嫌な顔をして。一体どうしたんだ?


「いや〜、あんな怒ったレディウスを見たのは初めてだぜ。なんだか新鮮だったな!」


 そう言って俺の右肩をバシバシ叩いてくるガウェイン。うぜぇ。


「ヴィクトリアもそんなに引っ付いちゃって〜」


「レディウスさん、離れて下さい!」


 クララがニヤニヤしながらそう言い、ルシーさんが不機嫌に言ってくる。離れて下さい? ……そういえばさっき俺を止めるためにヴィクトリアが……。


 俺は左側を見ると、止める時と同じ姿勢のヴィクトリアの姿が目に入った。俺の左腕を止めるために抱きしめているヴィクトリアを……柔らかい。


 そして俺とヴィクトリアの視線が合う。俺の顔を見たヴィクトリアは、クララたちが何を言っているのかわかったのだろう、顔が一気に赤くなり、俺から物凄い速さで離れる。


「こここここ、これは、ちちちちち、ちが、違うんです! その、あの、レディウスを、と、止めなきゃと思って、その、あの」


「あ、ああ、わかっているよ。だから落ち着いて、ヴィクトリア」


 俺がそう言うと、ヴィクトリアは何回も深呼吸をして、自分を落ち着かせる。それから数分ほどしてから、ようやく落ち着いたヴィクトリア先頭に馬車へ向かう。遅くなったが、ティリシアの下へ向かうか。


 ◇◇◇


「それで、おめおめと逃げ帰って来たのか、貴様は!」


「も、申し訳ございません、バルト様」


 くそ、くそ、くそぉっ! あの忌々しい黒髮が! あいつのせいで、俺は、俺はぁ!


「し、しかし、なぜ今更あいつを構うのです? 既にグレモンド家を勘当されている奴を……」


「何故だと!」


 俺は余りの怒りに机を思いっきり叩く。机を叩いた音がドン! と響き、グルッカスは身を縮こませる。ちっ、こいつに当たっても仕方ない。


「あいつのチームが優勝したせいでな、俺が学園で馬鹿にされるんだよ! 『弟より弱い兄』『黒髪に負けるのが怖いから追い出した兄』ってな! 何故かは知らんが、学園中が俺とレディウスが腹違いの兄弟だと知っている。それのせいで俺は馬鹿にされるのだぞ!」


 兄である俺が対抗戦予選1回戦負け。黒髪で捨てられたレディウスが4年生の部で優勝だと? ふざけやがって。それのせいで俺は!


「グルッカス。連れてこられなかったのは仕方あるまい。それで、予め用意していたあの手はどうなった?」


「はい。冒険者ギルドで指名依頼をしました。部下から、村から出た報告も受けております」


「確か、奴の弟子とかだったな?」


「調べた情報によりますとそうなります」


「クックック。その弟子どもを人質にすれば、あいつも嫌でも来るだろう。それに大金をはたいて雇った裏ギルドの連中もいる。あいつの目の前で弟子どもを痛めつけてやる! くはっはっはっは!」

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