黒髪の王〜魔法の使えない魔剣士の成り上がり〜

やま

38話 オスティーン男爵家

 トントントントン


「……」


 トントントントン


「……」


 ……物凄く気まずいのだけれど。目の前には俺を睨みつけながら机をトントンと指で叩く屈強な男性がいる。俺を射殺さんばかりに睨んで来る。当然俺にはここまで睨まれる理由が無い。


 どうしてこうなったかは、少し時を遡る。


 ◇◇◇


「そう言えば、アレスのお父さんってどんな人なんだ? あまり話を聞いた事無かったけど」


 俺たちはアレスの家に向かいながら歩いている。もちろん俺は場所を知らないので、アレスに先導されながらだ。


 アレスは、家に近づくにつれて顔色が悪くなっていくので、気を紛らわせようと、今まであまり聞いた事ないアレスのお父さんについて聞いてみようと思ったのだ。


 アレスも俺の意図に気づいたのか、クスッと笑って話し出してくれる。


「お父様? そうだね〜、見た目は子供が見れば涙を流す程かな?」


「……んん?」


 あれ? 俺今アレスのお父さんについて聞いていたよね? なんで悪魔みたいな形相が頭に浮かんだんだ?


「前に話したけど、オスティーン家って武門の家でしょ? 軍の人たちに訓練をしたりしているから鬼軍曹なんて言われたりして」


 そんな怖いのか。行くのが恐ろしい……。そんな思いをしながらも、王都の中を進んで行く。初めの方に比べて人通りが少なくなってきたな。その代わり兵士が歩いているのをよく見かける。


「なあ、なんでこの辺は人通りが少ないんだ?」


「ん? ああ、この辺は貴族街になるからね。この辺りの家や店は、貴族の家や、貴族を相手にした店が多いから、普通の人からすれば、値段も高くて入りづらいんだ。治安維持のため兵士も巡回しているしね」


 なるほどな〜。俺1人なら入るのは憚れるが、アレスがひょいひょい進んで行くので、気後れせずに入っていける。そして歩く事20分程。


「ここが僕の家だよ」


 ようやくアレスの家に着いたようだ。この家を見ると、グレモンド家を思い出す。あの家に似た広さだ。


 ただ、グレモンド男爵家は領地貴族だったので門の前にも兵士がいたが、王都に住む貴族は基本兵を持たない。警護もすべて王都の兵士が受け持つからだ。


 アレスは門に付いているベルを鳴らす。あれは魔道具だな。魔法が使えなくても誰でも使えるようになっている。


 例えば、火をつける魔道具があって、火の魔法属性が無い人でも、魔力を通せば使えるとかだ。もちろん俺みたいな黒髪でも使える。ただ、その分値段が高いのだが。


 少しの間待つと、中から燕尾服を着た初老の男性が出て来る。そしてアレスを見ると


「あ、アレス様! よくぞお戻りで! 戻られたという事は……」


「爺、ただいま。うん、なんとか手に入れる事が出来たよ!」


「おおっ! それはようございました! 早く奥様のところへ」


「うん、行こう!」


 アレスが爺と呼ぶ人の後へ付いて行く。一瞬入ってもいいのか考えたが、俺も一応は貢献しているんだ。結果ぐらい知っても良いだろうと思い、2人の後を付いて行く。


 そして屋敷に入ると、2人はどんどんと進んで行く。そして1つの部屋を開けて入る。俺も続いて入ると中はどうやら寝室のようだ。


 中にはベッドで寝ている女性と、物凄く厳つい顔をしている金の短髪の男性が椅子に座って女性を見ていた。あれがアレスのお父さんか。


 確かにあれは子供は泣くわ。見た事ないけど多分オーガってあんな顔しているんだろうなと思う顔をしている。


「アレス! お前、どの面下げて帰って来た!」


 いきなり切れるオスティーン男爵。こ、こえぇ〜。あれは子供が見たら失神するレベルだぞ!?


「うるさい! 今はお父様に構っている場合じゃ無いんだ! 早くお母様を治療しないと!」


 だけど、それに負けず反論するアレス。冒険者ギルドで絡まれた時も、真っ向から言い合っていたが、こんな怖い人と言い合っていたら、どの冒険者も怖く無いな。


 アレスはそのままズイズイ部屋の中を進み、布団をガバッと捲る。そして俺たちの方を見て


「男たちは出てって! 爺、侍女たちを呼んで!」


 アレスに言われて俺たちはそそくさと出て行く。爺と呼ばれた男性は、外で待っていた侍女たちに声をかけて中に入れさせる。他にも指示をしに行っていなくなってしまった。


 寝室の前でポツンと立つ俺とオスティーン男爵。この人顔怖い上に背もでけえ。190ぐらいあるんじゃないのか? 筋骨隆々だから余計大きく見える。そのオスティーン男爵がギロリと俺を睨む。


「お前は誰だ?」


 当然の質問だよな。逆に今まで誰にも聞かれずに、ここまで来れたのが不思議なくらいだ。


「失礼いたしました、オスティーン男爵。私の名前はレディウスと申します。この2月程アレスと共にしておりました」


「……黒髪だが、中々の立ち振る舞いだな。どうせここで待っていても仕方あるまい。マスナ、客間に茶を用意してくれ」


「かしこまりました、旦那様」


 オスティーン男爵は近くにいた侍女に声をかけて歩き出す。これは俺も行って良いのかな? そう思っていると


「何をしている! お前も来い!」


 と怒鳴られた。俺は返事をしてすぐに後を付いて行く。そして案内された客間で、オスティーン男爵の前に座り、俺とオスティーン男爵の間には沈黙が続いているのだ。


 それが嫌なのか、先程からオスティーン男爵は机をトントンし出すし。マスナと呼ばれた侍女は、お茶を運んだら直ぐに部屋を出て行ってしまって、中は2人だけ。物凄く気まずい。そう思っていたら


「……お前とアレスはどこで出会った?」


 やっぱり子供の事は気にならんだな。俺は冒険者ギルドで出会った事から話す。ギルドでの決闘の途中での乱入。コカトリスとの戦い。アレスが大怪我をした事。そこでアレスが女だって知った事。それから馬車に乗って王都まで帰って来た事。途中でミストリーネさんたちに出会った事も忘れずに。


「……そうか」


 オスティーン男爵は一言だけそう言い、黙ってしまった。何か思う事があるのだろう。そう思っていたら


「アレスを助けてくれてありがとう」


 と頭を下げられた。ちょっ! 俺はどうして良いかわからずに慌ててしまう。ど、どうしよう!? と、とりあえず頭を上げてもらうか。


「あ、頭を上げてください。俺もアレスには助けられましたから!」


 お願いだから頭を上げてっ! 俺の心の叫びが届いたのか、オスティーン男爵は頭を上げてくれた。ふぅ、よかった。


「お前がいなかったらアレスは死んでいただろう。それに間接的にもミルハも助けてくれた。感謝しても仕切れぬよ」


 オスティーン男爵は穏やかな表情を浮かべてそう言う。そんな顔もできるのか。この顔なら子供は泣かないだろう、たぶん。そうだ。1つ疑問に思っていた事を聞いても良いのだろうか。


「あの、質問があるのですがよろしいですか?」


「……お前が聞きたい事はわかる。アレスの事だろう。何故男として育てて来たか。それはな」


「それは……」


 物凄く真剣な顔をするオスティーン男爵。これは重要な理由がありそうだ。俺も心して聞こう。


「簡単な話で、アレスを跡取りとしてこの家を継がせるためだ。ミルハはな、アレスを生んだ後病気になってしまい、子どもが生めない体になってしまったのだ。
 貴族はやはり男が求められる。ミルハも周りから色々と言われたよ。当然俺も側室を求められた。だけど、俺はミルハを愛しているからな。そんなものは全部断った」


「……」


「俺は別にどこかの家から養子を取れば良いと思っていたし、アレスと婚約した相手に継がせても良いと思っていた。だが、ミルハは私のせいだと悔やんでな。俺はそれを見ているのが辛かった。だからアレスには申し訳なかったが、男として育てて来たのだ」


 アレスにも事情は話て納得していると言う。確かに初めの方は頑なに男だと言い張っていたもんな。そうか。そんな理由があったなんて。


「だが、それももう無理だろう。アレスはここ数年女らしくなって来ている。それに後半年もすれば学園に入学する。そこまで行けばバレるだろう」


「この事は周りはご存知で?」


「俺の知り合いは知っているし、貴族が子どもが生まれると陛下に挨拶に行く。さすがに陛下に嘘をつく訳にはいかぬから陛下もご存知だ。
 こう言う話は貴族の中では偶にある事だ。みんな見て見ぬ振りをしてくれる。ただ、それは大人の場合だ。子どもたちはそうはいかない」


 確かに子どもはそう言うのを聞くと、面白おかしくしたいものだ。俺もよく黒髪黒髪とバルトに虐められたものだ。あの野郎。思い出しただけでも腹が立つ。


「だから学園からは女として行かせようと思っている。侍女たちから色々と教えてもらっているようだから、急に女として行かせても大丈夫だろう」


 確かに、俺に女ってバレてからは、1つ1つの仕草が、女ぽかったものな。ほとんど隠す気はないって感じだった。


 まあ、今後どうするかは俺の口から言える事では無いだろう。これはアレスたちの問題だからな。それからは再び沈黙が続く。でもさっきみたいな重苦しい感じでは無い。そんな風に待っていると


 ドバァン!


 と扉が勢い良く開けられ


「お父様! お母様が!」


 アレスが入って来た。目には涙を溜めて。だけど、顔は笑顔だ。これは上手くいったな。オスティーン男爵もその顔を見て直ぐに部屋を出て行く。その後に続くアレス。俺の役目はここまでだな。


 俺は1人屋敷を出て行く。宿屋を探さないとなぁ〜。そう思いながら屋敷を出ると


「もう、お帰りになるのですか?」


 と後ろから声がかけられる。この声は爺と呼ばれていた男性だ。俺は振り向かずそのまま話す。


「ええ。俺の役目は終わりましたから」


「しかし……」


「それならアレスに伝言をお願いして良いですか?」


「……何でしょうか?」


「綺麗な女性になったらまた会おうって」


 俺がオスティーン家に口出せる事では無いけど、俺の願望を言うぐらい良いだろう。それを聞くかどうかはアレス次第だ。爺は俺の言葉にフォッフォッと笑い出す。


「承りました。一言一句逃さず伝えましょう」


 俺もその言葉に笑ってしまう。そのまま軽く会釈をして俺は屋敷を出る。今日は宿を探して、明日には募兵場へ行くか。


 ◇◇◇


「ミルハ、ミルハ! 大丈夫か!? 動かない場所は無いか?」


「あ、なた、なの? ええ、だい、しょうぶ、よ」


「ミルハ!」


 僕はお母様に抱き付くお父様を見て、涙が出て来た。良かったぁ。本当に良かったぁ。治るかどうか不安だった。あの薬が効くのかどうか不安だった。だけど、だけど……あっ! レディウスにお礼を言わなきゃ! レディウスがいなければ僕は薬を手に入れる事も出来なかったんだから!


「レディウスありが……あれ?」


 僕が振り向いてお礼を言おうと思ったけど、そこにレディウスはいなかった。さっきまでお父様とお茶を飲んでいたのに。どこに行ったんだろう?


「お父様、レディウスはどこ?」


「ん、レディウス? ……ああ、あの小僧か。いないのか? さっきの客間で待っているんじゃ無いのか?」


 もしかして、家族で会うから遠慮したのかな? お母様にも紹介したいから呼びに行こう。なんて紹介しようかな? 命の恩人は欠かせないよね。だって僕とお母様の命の恩人だし。


 他には剣の達人も。ミストレーネ団長にも認められるほどって伝えればお父様も喜ぶかな? ふふ、色々話したい事があって伝えきれるかな。


 僕はさっきの部屋に戻って扉を開けると


「レディウ……ス、あれ?」


 客間にもいなかった。残っているのは飲みさしのティーカップがあるだけ。周りを見渡してもいる気配もしない。どこに行ったんだろう? もしかして入れ違いかな?


 そう思った僕はまた寝室に戻る。だけどやっぱりここにもいない。……どこ行っちゃったの? 僕が辺りを見回しているのをお父様と、体を起こしたお母様が不思議そうに見てくる。


「どうしたの、アレス?」


「小僧がいないのか?」


 僕が頷くと、2人とも困った顔をする。お母様にも助けてくれた人って伝えてあるからね。僕がちょっと外を見てくると言おうとした時


「あの少年は帰られましたよ」


 と、後ろからそんな声がする。僕は急いで振り向くと扉のところには爺が立っていた。


「……どう言う事それ?」


「彼は、もう自分の役目は終えたからと屋敷を出て行きました」


 僕はその言葉を聞いた瞬間涙が溢れ出した。その上立っていられなくなって床に座り込んでしまう。どうして、どうしてなのレディウス。いっぱい話したい事あったのに。お母様にも紹介したかったのに。


 僕は周りの目も気にせずに涙を流した。そしてここまで来てようやく気が付いた。レディウスの事が好きって。だから他の女性に目を輝かせているのが悔しかった。好きな人がいるって聞いた悲しかった。でもそれ以上に僕に笑顔向けてくれると嬉しかった。


「……アレス」


 ……もう会えないのかな? そう思うと胸が痛い。締め付けられるようで痛くて苦しい。会いたいよぅ、レディウス。


「それから少年から伝言を承っております」


「……でんご、ん?」


 僕は直ぐに顔を上げて爺の方を見る。爺はコホンと咳をして


「『綺麗な女性になったらまた会おう』との事でした」


 爺のその言葉にお父様とお母様はポカンと口を開ける。だけど僕は


「あは、あはははは!」


 思わず笑ってしまった。だってこれが最後じゃ無いんだよ。いつになるかはわからない。でも、会えるんだ。離れるのは寂しいし悲しい。だけど、会えるって可能性があるなら。


 僕の目からはもう涙は溢れなかった。待っててよレディウス。を見てレディウスが見惚れるくらいの女性になってやるんだから!

コメント

  • ノベルバユーザー355309

    この世界って一夫多妻制だったりする?

    0
  • ウォン

    むむ、ハーレム有りなら全然いいね!

    3
  • 言葉

    アレス頑張れ!

    4
  • ペンギン

    頑張れ〜!!!!!!!!!アレス〜!!!!!!!!!

    4
コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品