異世界転生チートマニュアル

小林誉

第104話 盗聴

(胡散臭い……)


エルヴィンを見た剛士の第一印象がそれだ。今の所押しているとは言え、まだまだデール王国軍本隊は無傷と言っても良い状況。現時点で勝敗はどう転ぶかわからないのだ。そんな時期に転向者――しかも自ら敵を内部分裂させるとまで言っている。それが本当なら労せずして剛士はデール王国を倒す事が出来るだろう。エルヴィンは剛士にとって――いや、日ノ本公国にとって都合の良すぎる存在だった。


「具体的にはどうやるのだ?」
「はい。簡単に言うと調略です」


予想している範囲の答えが返ってきたため、剛士は頷いて続きを促す。するとエルヴィンは一つ咳払いをして話し始めた。


「陛下はご存じかも知れませんが、デール王国では現在古い貴族と呼ばれる前王時代から力を持つ貴族達と、私のようにフラン様が引き立ててくれた新貴族の、二種類の貴族があります」


各地の諜報員から集めさせた情報にもそれはあった。ローズに聞けばもう少し詳しい話が聞けるかも知れないが、後回しにしてエルヴィンの話に耳を向ける。


「実は、新貴族の大部分はフラン様に不満を抱いている者が多いのです。その感情を利用すれば、内部分裂されるのは容易かと」
「待て。なぜ彼等は不満を持つ? フラン殿が貴族に取り立ててくれたのなら、むしろ感謝して忠誠を誓いそうだが?」
「そこなのです。彼等の複雑なところは……」


厳密に言えば、祖父の代から貴族のエルヴィンは古い貴族の仲間になる。しかし最近台頭してきたと言う括りなら、彼も新貴族と言えるのだろう。そんなエルヴィンを含む新貴族達の多くは、フランが国内を平定する時に戦功を上げた者達だ。もともと小さな領地しか持たない名ばかりの貴族や、一兵卒から成り上がった成功者など、その種類も様々だった。フランは彼等を褒め称え、感謝し、恩賞を約束した。そして彼等は希通り領地や爵位を得たのだが――実際に彼等が得た土地は、中央から遠く離れた僻地だったのだ。


それには理由がある。フランに味方した古い貴族達は彼女の軍の主力を務めた者達なので、フランが中央に移動した時、彼等には優先的にその周囲の領地が与えられた。王都に近いと言う事は、それだけで様々な恩恵を受ける事が出来る。治安、流通、経済。人も物も中央と地方ではまるで違う。日本で言えば譜代の家臣と外様の扱いの差だ。いくら望んだ領地を貰えたとしても、何も無い土地や寂れた土地を貰っても意味が無い。当然新貴族達は不満を溜める。あれだけ身を粉にして働いたのに、結局優遇されるのは昔から仕えている貴族だけなのかと。エルヴィンはそんな彼等を焚きつけて、出来る事ならサボタージュ、上手く行けば決起させるか、内応させて背後から襲いかからせようと言っているのだ。


「……勝算はどの程度ある?」
「はっきりとした数字は申せませんが、かなり高い確率で寝返らせる事が出来るかと。なにしろデール王国軍は、数回の戦闘で日ノ本公国軍に完膚なきまでに叩きのめされていますから。それも追い風になってくれるはずです」


(美味しい話だな。乗っかりたいところだが保証が何も無い。まずはそこを突いてみるか)


「ありがたい話だが、それが嘘ではないという証明は出来るか?」


ずっと貼り付いていたエルヴィンの笑みが、剛士の言葉に少しだけヒビが入る。お前が裏切らない保証はあるのかと言われているようなものだから、彼が気分を害しても不思議じゃない。しかし、その程度で怒り出す者が裏切りを申し出るのは不自然だ。エルヴィンは一瞬間を置いてから、再び口を開いた。


「実は、今回私の家族を同行させています。私の妻と一人息子を」
「人質に差し出すと?」
「はい。それで陛下の信用が得られるのなら」


苦渋の決断とでも言うように苦しげな表情を浮かべるエルヴィン。剛士から見たその様子は、本当に家族を差し出している男の姿に見えた。


「……わかった。信用しよう。連絡は通信棒でやり取りする事にする。ローズを呼べ!」


後ろに控えていた近衛騎士の一人がCICへと駆けていくと、しばらくして、息を弾ませたローズが謁見の間へと入ってきた。


「お呼びですか陛下?」
「ああ。予備の通信棒をこの男に渡してやってくれ。エルヴィン殿。今日の所はこれでお引き取りを。結果を楽しみにしている」
「承知しました。それでは陛下、これにて失礼いたします」


深々と一礼をして退室していくエルヴィンの背中を、剛士とローズは無言で見送っていた。重い音を立てて閉まった扉。すると剛士は懐から一本の棒を取りだし、傍らに控えるローズへと手渡した。


「聞こえてたか?」
「はい。最初から最後まで全て」


剛士が取りだしたのは通信棒だ。剛士は稼働状態の通信棒を懐に忍ばせ、CICに居るローズへと中継していた。彼女は会談中に話していたエルヴィンの話が本当かどうかを、今までずっと調べていたのだ。つまり急に呼び出されたように見えたのは芝居に過ぎない。


「で、どうだった?」
「結論から言うと、半分本当で半分嘘です」


全部嘘だと思っていた剛士は、その結果に喜んで良いのか悲しんで良いのか、複雑な表情を浮かべる。ローズはそんな彼に苦笑しつつ、小さなメモを取り出した。


「エルヴィンの言う新貴族と古い貴族の対立は事実です。戦況の悪化で彼等の中には公然とフランに対する批判を行う者も現れていますし、フランは締め付けに躍起になっているところです」
「それが本当の話?」
「はい。嘘の部分は、エルヴィンが連れてきた家族が真っ赤な偽物と言うところですね。デール王国の貴族達の顔は大体調べています。資料にある似顔絵と自称家族の顔は全く違いますね」


写真もないこのファンタジー世界なら、顔の確認は家族や知人などの知り合いに頼るか、似顔絵と比べるしかない。たとえ偽物を連れてきたところでバレるわけがないとエルヴィンは思ったのだろう。しかし日ノ本公国の情報部は敵対する王国の貴族達――その大部分の似顔絵を、多数の絵師を使って集めていたのだ。


「となると、エルヴィンの目的は……」
「十中八九、我々を罠に引き込むつもりかと。どうします? 今の内に始末しますか?」


ローズの提案に剛士は考える。今エルヴィンを殺すのは容易い。しかしこちらの信用を得ようとエルヴィンが行動するのは確かなのだ。それを逆手にとって逆に罠を張る事は出来ないか? 剛士はそう考えていた。


「いや、今は泳がせておこう。利用できる内は利用する。殺すのはそれからだ」
「かしこまりました」


スパイを利用して偽の情報を流し、こちらの優位に事を運ぶ――エルヴィンを利用して、この難しい作戦をどう成功させるのか、剛士とローズは頭を悩ませるのだった。

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