異世界転生チートマニュアル

小林誉

第101話 対空砲弾

「ファング将軍。デール王国本隊に先行して、例の傭兵団が二つとも動くようです」
「やっとか。先鋒が壊滅した事で、フランも余裕が無くなったって事かな」


デール王国内に少し侵入した位置で、日ノ本公国の本隊であるファング隊は足を止めていた。数が少ない彼等は無闇やたらに進軍するわけには行かず、先に敵の数を減らしてから一気にフランの居る城を落とす方針なのだ。


足を止めると言っても無為に時間を過ごしていたわけではない。カノン砲などの重火器を運ぶ彼等は足が遅い。しかし部隊全ての足が遅くもないので、重火器より先行した部隊は街道を整備しながら進んでいた。そして後方の福岡までの輸送を容易にすると、その福岡から運び込まれたコンクリートを使って簡易の要塞を作り始めていたのだ。


コンクリート――近代建築でなくてはならないこの物質は、実はローマ時代に実用化されていた古い技術だ。材料はいたってシンプル。セメントと土砂と水を混ぜて作るだけ。セメントの主原料は石灰石であり、このファンタジー世界でも手に入れるのは容易だった。大きすぎず小さすぎず、運びやすいサイズで統一されたコンクリートは、専用の荷馬車で鹿児島からピストン輸送されている。つまり前線の部隊がやる仕事は、道を作って荷馬車が通れるようにしてから、運ばれてきたコンクリートを積み上げるだけなのだ。


要塞と言ってもあくまで簡易的なものであり、後で取り壊す事を前提にしている。鉄筋も入っていないブロックを積み、防壁の代わりにするのだ。それでも木で出来た柵に比べて遙かに頑丈だし、守る側も足場がしっかりしているので攻撃しやすくなる。それはつまり、カノン砲などの重火器が狙いを定めやすくなる事を意味していた。


ファング隊は防壁を作り上げる一方、防壁の前にある平地を急いで掘り返し始めた。一直線の浅い溝を一メートル程度の間隔を空けながら、いくつも並べていく。一見するとまるで長細い畑が作られているように見える。それは全て敵の機動力を削ぐためのものだ。全力で走りながら畑を横切ろうとしたらどうなるか? 想像すれば簡単だ。馬は勿論、人も足を取られて倒れるか、倒れなくても極端に遅くなってしまうだろう。そこに銃撃を浴びせられれば、死体が量産されると言うわけだ。


「先鋒を壊滅させた事で時間的余裕が生まれたな。平地で正面から戦ったら、流石にこっちの被害も馬鹿にならなかったはずだ。剛士の言うようにビビらせといて良かったぜ」


剛士の戦略方針は常に守りが基本になっている。自分からは手を出さず、相手を徴発して自分の得意な土俵に引きずり込み、万全の体勢で叩き潰すのだ。その分時間と金がかかると言う欠点があったが、人的被害は少なく済むので、日ノ本公国のような小国にはピッタリの方針だった。


「カノン砲は対空砲弾に切り替えておけ。仰角は最大でだ。敵の足から考えて、まず天翼団が来るはずだからな。槍の直撃を受けないように防壁の下に身を隠す事を徹底させろ」
「了解です!」


ファングの指示で全ての兵士が動き始める。燃えやすいものは水で濡らした布を掛け、遮蔽物に隠していく。弩兵は矢を、銃を持つ兵は弾を装填していく。カノン砲より射程の劣る大型バリスタは最初から上空に向けて発射準備を進められていた。


万全の体制で待ち構えるファング隊に最初に接触したのは、やはり機動力がずば抜けている天翼団だ。空の彼方から無数に迫るペガサスの一団。普通の軍隊なら一方的に攻撃されて逃げ惑う相手だろう。日ノ本公国の将兵達は緊張に身を固くするが、彼等を率いるファングは絶対の自信を持っていた。


§ § §


「何だありゃ?」


ペガサスに乗ったホースは、遙か上空から視認できる日ノ本公国の駐屯地を眺めながらそう呟く。見た事も無い四角い防壁の前に、畑のような溝がいくつも布かれている。自分から出入りを出来なくしたようなその布陣に頭を捻るばかりだ。攻めてきたはずなのに亀のように引きこもる軍隊など聞いた事が無い。


「デール王国から何か情報は来てないのか!?」
「ありません! とにかく侵入した敵を撃滅しろとしか言われてません!」


風斬り音に負けないように大声で副官とやり取りしてみるが、返ってきたのは解らないの一言だけだ。狙いが解らず困惑したものの、今更攻撃を中断するわけにも行かず、ホースは手振りで部下に攻撃開始を命じた。天翼団の兵士達は投擲用に小さな槍を何本も背中に括り付けており、それを敵の上空から降らせるのが主な戦い方だった。当然今回もそうするために、ファング隊の作った簡易要塞の上空を目指そうとペガサスを滑空させる。すると要塞に辿り着く遙か手前で、眼下にある要塞から激しい爆発音が響いてきた。


「事故か? 間抜けな奴等だな」


そう嘲笑った兵士の一人は突如間近で起きた爆発により、愛馬であるペガサスごと爆散してしまった。それだけではない。周囲を飛んでいたペガサスライダーも、体の何処かを負傷してきりもみ状態で落ちていく。


「一体何が――」


戸惑う暇も無く次々と至近距離で爆発が起き、ペガサスライダー達はハエのように落とされる。カノン砲から放たれた弾は導火線を利用した時限式になっており、中には周囲の人間に被害を与えるための釘などが敷き詰められている。近接信管などないこの世界では、空飛ぶペガサスにカノン砲の通常弾を当てる事など至難の業だ。なのでその欠点を補うべく、剛士が開発させたのがこの散弾だった。ちょうど彼等がいる付近で爆発するよう調整された散弾は、直接命中しなくても周囲に甚大な被害を与えていく。


「散開しろ! 散らばって攻撃するんだ! 急げ!」


敵の攻撃だと直感したホースは配下の兵に怒鳴りつけると、自分は槍を片手に要塞へと向かった。下からの砲撃は激しさを増し、今や空を覆うばかりになっている。長年の戦いで培った勘を頼りにそれらを避けつつ、ホース以下無傷のペガサスライダーが要塞に襲いかかる。槍を投擲する姿勢に入ったホースらを次に迎えたのは無数の銃弾だった。カノン砲より軽く多数の破裂音が響くと、体に銃弾を撃ち込まれた兵士やペガサスが落ちていく。


「くそっ! 今度はなんだ!」


悪態をつきながら投げつけた槍はコンクリートを少し削っただけで力なく地面に落ちる。自慢のペガサス達はろくに近寄る事も出来ず虫か何かのように落とされ、苦労して攻撃しても相手の要塞には傷をつけるのが精一杯。その絶望的な光景にホース達は完全に戦意を喪失していた。


「こ、こんなわけのわからんいくさやってられるか! 命あっての物種だ! 逃げるぞ!」
「待ってください団長! あれを!」


部下が指さした方向から土煙を上げながら迫る一団が見えた。先頭には涎を垂らしながら四足歩行する巨大なドラゴン。竜鱗団が戦場に到着したのだ。


「来たか! よし、これで流れが変わる! 野郎共! 俺達の意地を見せる時は今だ!」
『おおおおお!』


自分達だけならともかく、連中が同時に攻めれば攻撃の手は和らぐはず。そう判断したホースは再び攻撃を決意し、再び槍を手にして要塞へと飛び込んでいった。





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