異世界転生チートマニュアル

小林誉

第84話 思いがけない策

ブリューエットや、その下に集う貴族達の領地を支配下に置いたフランは、早速彼等を取り込むため精力的に動き出していた。まずフランは彼等に対して人質を要求した。跡取りの長男が居れば長男を、居なければ妻や母親、肉親を人質として差し出させた。これは彼等の裏切りを防ぐため当然の処置に思えたが、完璧を期すならブリューエットの時のように奴隷契約を結ぶべきだっただろう。


しかし、貴族が奴隷契約となれば、外聞が悪い上に妻子の恨みを買いやすい。契約を交わした家長は無理矢理にでも従順にさせる事は出来るだろうが、その妻子がどう思うかは別だ。代替わりした途端敵陣営に走る者や、味方の振りをして敵に内通する者が出る可能性もある。それを避けるための手段としての人質だった。人質は行動の制限や監視はつくものの、一応何不自由ない生活が約束されているし、望めば専門分野での教育も受けられる。ただ人質にとられて監禁される事に比べれば随分マシな待遇だと言える。


それは、私はあなた方の身内をこんなに丁重に扱っていますよ――と言うパフォーマンスでもある。


そんな理由で、新たにフランの配下となった貴族達は、次々と自分の身内を人質として差し出した。


次にフランは、敵方で死んだ貴族から財産を回収し、味方の兵に一時金として支払った。露骨な人気取りだが、現金を鼻先に突きつけられたら大概の人間が機嫌を良くする。これは次からの戦いも頼むぞと言うフランからのメッセージなのだ。


財産を回収と言っても誰彼構わず回収したわけではない。家長が失われても跡継ぎの居る家は二割ほどの没収と人質を差し出す事を条件に終わらせ、跡継ぎの居ない家は残された家族に半分ほど残し、後は没収と言った形だ。誰一人残らなかった家は全て没収されている。敵対していた勢力だけに、何も処罰しなければ味方から批判が出るし、敵だった貴族に舐められるのを避けるための処置でもあった。


こうして一時的に懐の暖まったフランは兵士達に一時金を払った。それでもまだ余裕があるので、余った分で戦力補強をし始めた。戦いで傷ついた兵士の治療は勿論、失われた武器や防具の無償供与、防壁の増築や防御設備の増強などだ。これは近いうちに最前線になるであろう北側の街ほど優先されて行われたため、それらの街は一時的だが好景気に沸いた。


未だ小競り合いが続いているエルネストとマリアンヌの両勢力は、主に調略による引き抜き工作を優先しているらしく、大規模な軍事衝突は今の所起きていない。両陣営ともフランがブリューエットを破った事は解っているだろうが、今の所フランに対して何かちょっかいをかけてくる事も無い。それどころではないと言った状況なのだろう。戦いが起きずに無駄に時間ばかりが流れていく――それはフランにとっても、剛士にとってもありがたい状況だった。


「兄様や姉様の事ですから、その内私に声をかけてくるでしょう。自分に味方をすれば利益を与えると目の前で餌をちらつかせてね。反故にされるのが解っていて乗ったりしませんけど」


忙しく事務仕事をしながらそう呟くフラン。その予感はそれ程時間を置く事なく的中する事になる。エルネストとマリアンヌ、その両陣営からほぼ同時期に使者が到着したのだ。


「我が主エルネスト殿下は、是非フラン様のお力をお貸し頂きたいと――」
「マリアンヌ様は、フラン様と共に手を取り合っていけば、必ず素晴らしい国を作れると――」


似たような美辞麗句に飾られた口上を右から左に聞き流しながら、フランは彼等を一旦帰し、改めてこちらから返事をすると約束した。


「さて……どうしたものかしら……」


どちらか一方に味方をしたところで辿る末路にそれ程違いがあるとも思えない。体よく利用された挙げ句、最後には邪魔者として討たれるのだ。ここで悩んでいるのは、ハッキリと断るか、それとものらりくらりと答えをはぐらかしながら、時間を稼ぐかの二択でしかない。


「敵対姿勢を見せるのは悪手ですね。後顧の憂いを断つと言って、こちらに攻め込まれたらたまったものじゃありませんし……かと言って旗色を明確にしないのも問題でしょうし……」


一人フランが頭を悩ませている時、突如彼女の机から人の声が響いた。驚いたフランは一瞬襲撃かと身構えたが、それが剛士とのやり取りに使っていた通信棒だと気がつくと、引き出しの中から引っ張り出して耳に当てる。


「フラン様? フラン様!? ……聞こえてないのかな? おーい!」
「聞こえていますよ。剛士殿ですね? どうかなさいましたか?」


剛士が珍しく自分から連絡したのは、次の戦いがいつぐらいになるのか、戦うにしても今後どこから攻めるのかをフランに直接問いただす為だった。そんな事はこっちが聞きたいと内心苛つきを覚えるフランだったが、ふと、ある思いつきで剛士に質問してみる事にした。今まで様々な兵器や生活道具を生み出し、先日の戦いでは後方に奇襲上陸と言った前代未聞の作戦を思いついた剛士だ。何か良い案があるかも知れないと期待せずに問いかけると、剛士の口からは思っても見なかったような策が飛び出してきたのだ。


「両方の……味方……ですか?」
「ええ、そうです。両方に味方すると使者を送るんですよ。そしてどちらにも事前に分け前を要求するんです。味方して欲しければ先に報酬を渡せと。タダで働けというなら敵に味方するぞ……と、脅しをかけるぐらいでも良いと思いますよ」


両陣営より弱い自らの立場で、相手に媚びるどころか強者二人を天秤にかけると言っているのだ。自分が想像もしていなかった発想を聞かされて、フランは少なからず動揺していた。


(他人事だと思って軽く考えていませんか? いくら何でも虫が良すぎるような)


額に一筋の汗を垂らしながら、フランは剛士と会話を続ける。


「で、でも、それでは両方から狙われてしまうのではないですか?」
「大丈夫ですよ。どんなに腹が立ったからって、あの連中が手を取り合ってフラン様を攻撃してくる事なんてありません。互いが兵を南下させた隙を狙って攻め込もうとするでしょうし、仮に攻めてきたとしても、統率の取れてない軍隊など者の数ではないでしょう?」


言われてみればその通りだとフランは気がつく。相容れないからこそ互いにしのぎを削って争っているのだし、いくら弱小とは言え、フランの勢力を倒すとなれば大規模な兵力と時間を必要とするはず。調略頼りで戦力を温存している二人が、貴重な戦力をフランのために浪費するはずがないのだ。


「こちらから見返りを要求して、何か出てきたなら得をした――程度に思っておけば良いのではないですか? 何も出さなくても時間は稼げますよ。時間が経てば経つほどこちらの戦力は増強されるのです。それが最善だと思いますよ」


目から鱗とはこの事か。フランはさっきまでの悩みが馬鹿馬鹿しくなる感覚にとらわれていた。


(ただ者ではないと思っていましたが……ここまで頭が切れるとは予想外でしたね。彼は何処かで軍学を学んだのかしら? そうでなければこんな突飛な策を思いつくなんて考えられない。しかし……気にはなりますが、今は彼の素性より目の前の現実です)


「剛士殿。大変貴重な意見をありがとうございます。次の戦はいつになるか今の所不明ですが、何か動きがあり次第、すぐにお知らせすると約束致しますわ。それでは本日はこの辺で。失礼いたします」


一方的に会話を打ち切り、フランは椅子の背もたれに体を預け、ウーンと大きく背伸びをする。期待もしていなかった人物から、予想もしなかった策が授けられたのだ。今はこの幸運を最大限に活かすべく動くべきだろう。


「よし!」


気合いを入れ、フランはそれぞれの陣営に対する返事を書き始めた。内容を簡単に説明すると、手紙にはこんな事が書いてあった。


あなた方の味方をする。ついてはどのような見返りがあるのか相談したいので、詳しく教えて欲しい。もし望む答えが得られないのであれば、私は味方できない――と。


「さて、どんな返事が返ってくるのかしら? こちらを困らせるだけだった兄弟からの便りがこんなにも待ち遠しくなるなんて、剛士殿のおかげですね」


晴れ晴れとした笑顔で一人呟くフラン。彼女の兄姉から返答が届くのは、まだしばらく先の事だろう。



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