異世界転生チートマニュアル

小林誉

第82話 休息と準備

「と言うわけで、お前には当分事務仕事をやってもらう事になった」
「……何がどう言う訳でそんな結論に至ったのかが不明なのだけど、説明していただけるのかしら?」


ちょうど三人の会議が終わった頃に部屋から出てきたブリューエットは、そのままリーフの座っていた席に着かされ、自分の今後について知らされる事になった。身綺麗にし、食事を摂って多少なりとも回復した彼女はやはり美しく、一目で高貴な生まれなのだと実感させられる。しかしその表情は曇っており、不機嫌さを隠そうともしていない。剛士に弄ばれたのがよほど腹に据えかねるのだろう。


「お前に何が出来そうなのか色々考えたんだが、消去法で選択肢を潰していった結果、出来そうなのが事務仕事ぐらいだったんだ。仮にも王族なら計算ぐらい出来るんだろ?」
「……一応領地の経営はしていましたからね。収支の計算や人材管理は慣れています。軍事方面に関しては自信ありませんが」
「それは解ってる」


端から軍事方面の才能に関して期待していないと言わんばかりの剛士の態度に、ブリューエットはムッとしたようだ。しかし、彼女に軍事面の才能がないのは事実である。現にフランと戦い敗れた上に領地まで失っている。剛士達の使った奇襲上陸の作戦案は、やろうと思えばブリューエットにだって出来たはずなのだ。


そして彼女が劣っているのは軍事面だけではない。大局的な視点も欠けている。フランと互角程度の勢力ならエルネストかマリアンヌのどちらか一方に肩入れし、後の自治権を認めさせるように動いたり、フランと同盟して、勝利した勢力に対し共同で当たると言う方法も取れる。保身だけを考えるなら何もかもを王に返上し、権力と一切関係を絶つ方法もあったはずなのだ。そのどれもブリューエットは選ばず、ただ無為に戦端を開いて滅亡した。彼女には人の下で働く才能はあっても、人を纏める才能はない。それに気がついていないのはブリューエット本人だけだ。


しかし今更そんな話をしたところで、誰も得をしない、ブリューエットも、それを伝える剛士も互いに気分が悪くなるだけだ。なので剛士は敢えてそれに触れず、今後の事だけを伝えていく。


「将来的にこの領地が独立して国になった時、お前は俺の正妃と言う事になる。その時までにこの領地の事をよく勉強し、人々の信頼を得られるように努力をして――」
「ちょっ! ちょっと待ってください! 独立とはどう言う事なのですか? 私、何も聞いていないのですけれど!?」


独立という予想もしない単語が出てきたために、ブリューエットは血相を変えて剛士ににじり寄る。そんな彼女の頭を押さえつけて乱暴に席に着かせると、コホンとわざとらしく咳をした後、話を続ける。


「そう言えば言ってなかったか。実は俺とフランの間にはある取り決めがあってな。内戦が終わった後になるんだが――」


てっきり罰として地方領主の妻の座に押し込められたと思っていたブリューエットだったが、剛士が独立して王になると聞かされた途端、パッと目の前が開けたような錯覚に陥った。


(これは……正に天佑ではないですか! あのフランが譲歩するくらいなのだから、この男は何かしらの力を持っているはず。それを何とかして暴けば私の切り札になるかも知れない。秘密の情報と引き換えに、奴隷契約を解除させると言う手も使えるかも……。そうでなくても情報はあって困るものではないはず。だとしたら、それまでは大人しくして従順な振りをしないと……)


たった今取り乱した事などなかったように、優雅な動きで席に着いたブリューエットは、コホン――と可愛らしく咳払いをする。


「驚きました。剛士様は王となられる方だったのですね。ならばこのブリューエット、喜んで力添えさせていただきます」


いきなり変わったブリューエットの態度を、三人は胡散臭げなものを見る目つきで眺めると、顔を見合わせて肩を竦めた。何か狙いがあると言わんばかりの露骨な態度だが、問いただしたところで無意味だし、正直に喋るとも思えない。剛士の命令で無理矢理喋らせるのも可能だろうが、今後の事を考えるとあまり強制力を使いたくないのだ。


「ま、まあ、力を貸してくれるって言うなら、特に問題ないな。仕事の詳細はナディアから教えてもらってくれ」
「かしこまりました」


とりあえず働いてくれるなら問題ない。剛士はそう判断して屋敷を後にした。そして、まず彼が向かったのは造船所だ。


度重なる戦いを経て、三笠と日本丸には少なくない被害が出ている。まだ乗員の戦死者は出ていないものの、このまま戦いを続けていくなら時間の問題だろう。少数で多数を撃破するのは痛快ではあるのだが、いつまでもそんな事を繰り返して人命を軽視するわけには行かない。それを防ぐためには、まず戦力の補強が必要なのだ。


「おや会頭。今日は視察か?」
「そんなところだ。皆の様子はどうだ?」


修理されている三笠の側に居たロバーツが、剛士に目をとめ歩み寄ってきた。連日の戦いで疲れているはずなのに、彼は少しも疲労しているように見えない。いつも通り日に焼けた肌を惜しげもなく晒し、屈託のない笑顔を向けてくる。


「流石に部下達は疲れが溜まってるみたいだったからな。しばらく休ませる事にしたよ。またいつ次の戦いが始まるか解らないんだろう?」
「まあな。でも、ブリューエットの件が片付いたから、しばらくはゆっくりしてられると思うぞ。その間に船を増やしたいもんだ。例の二隻はどうなってる?」
「三笠の同型艦だな。二番艦、三番艦共に完成間近だとポルトから報告を受けている。三笠も新型武器を積み込むために改装が始まったからな。そうそう、その新型武器ってどんなものなんだ? 未だに情報が回ってこないんだが」


火薬を使った武器の類いは極秘中の極秘のため、海軍を率いるロバーツですらその内容を知らされていない。


「それに関しちゃまだ話せないが、期待しててくれていいぞ。大型バリスタより強力な武器だからな」
「……あれより強力なのか。早く試してみたいもんだ」


期待半分怖さ半分と言った表情のロバーツに見送られながら造船所を後にした剛士は、次に秘密工房へ向かった。火薬が量産体制に入り、エギルに銃と大砲の試作品を頼んでいるだけに、進捗は常に気になっているのだ。


「お、来たな」


工房を訪ねた剛士をエギルが出迎えてくれる。彼は見慣れない鉄の筒を手に持っていて、それの調整を行っていたようだ。剛士だけが見覚えのある、この世界にはないその独特な形状を目にして、剛士は自信の興奮が高まるのを自覚していた。


「エギル! それはひょっとして……」
「ああ、完成したぜ。銃の試作第一号がな」


自信ありげなエギルの言葉に、剛士はニヤリと笑みを浮かべた。



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