異世界転生チートマニュアル

小林誉

第81話 夜のプロレスごっこ

「今頃、ブリューエット姉様はどんな扱いを受けているのかしら」


何の気なしに呟いたフランの言葉に、背後で控えていたセルビーが首をかしげる。フランにとって、もうブリューエットは過去の人だ。今更何を気にする必要があるのかと言いたいのだろう。そんな事はフランも解っているだけに、苦笑しながら振り返る。


「私が言えた事ではないのだけれど、ブリューエット姉様は随分お父様に甘やかされていましたからね。剛士殿の島では誰も彼女を甘やかしたりしないはず。人手が増えた事に喜んだ剛士殿に、これ幸いとこき使われているか、それとも情婦として扱われているのか……。どっちにしろ今までの人生観がガラリと変わる立場に置かれるでしょう」
「……心配しておられるのですか? ブリューエット様の事を」


セルビーの問にフランは即座に首を振る。


「まさか。敗者となれば、どのような扱いを受けるのも覚悟してしかるべきです。慰み者になりたくなければ自ら命を絶てばよろしい。それが出来なかったのは自業自得でしょう」


まるでブリューエットの事を追い出すように、フランは頭を振って自分の机につくと、書きかけの書類を手に取った。


「ブリューエット姉様の事はもういいでしょう。彼女が役に立つ時はまだ先です。私が国内を統一し、剛士殿が独立したその時こそ、彼女には働いてもらわなければ。文字通り命がけで・・・・……ね」


不敵に笑うフランに頼もしさを感じながらセルビーは黙って頭を下げる。必要とあれば身内すら切り捨てる冷徹な判断力と行動力。我が主こそが王にふさわしいと、彼女は確信していた。


§ § §


剛士とブリューエットが部屋に籠もった翌日、仕事で主が出ていった剛士の部屋から、少しやつれたブリューエットが姿を現した。あらかじめ世話をするよう頼んでいたメイドが、そんな彼女を風呂に案内した後、少し遅い朝食をとらせる。ブリューエットは目の前に並べられた食事をゆっくりとではあるが完食して、水を一気に喉に流し込むと、深いため息を吐いた。


(なんなのよあの男は……! この私をあんな……あんな! 道具みたいに扱って! こっちは初めてだというのに遠慮無しに何回も何回も……! 朝方まで付き合わされるなんて思わなかったわ! あの性欲は異常よ!)


無理矢理純血を奪われたにしてはブリューエットに悲壮感は感じられない。これがただの町娘なら、自殺を考えるほど落ち込むか、今この時ですら部屋に閉じ籠もって泣いているかのどちらかだろう。しかしそこは仮にも王族。彼女も普通のメンタルの持ち主ではなかった。


今の彼女の心を占めている感情は羞恥と怒りだ。出会って間もない相手に良いように体を弄ばれ、翻弄された羞恥心と、このまま黙ってやられているのが気にくわないと言った反骨心からくる怒りだ。囚われの身となる前のブリューエットはどこか浮世離れしたところがあったが、今の彼女を見る人が見れば、地に足がついていると言った印象を受けるかも知れない。


それもこれも剛士があれやこれやして現実を体に叩き込んだおかげだ。もう自分は王族でも姫でもない。ここで、この島で生きていくしかないと嫌でも自覚している。それは散々ハッスルした後の休憩中、剛士に何度となく言われた事だ。


「いいかブリューエット? この島には働かざる者食うべからずと言う掟がある。お前がどんな出自だろうが、ここでは何の意味もない。飯を食いたければ働け。贅沢をしたければ働け。お前が頑張れば頑張っただけ、いい目を見せると約束しよう。一応とは言え、それが夫である俺の勤めだ。そこは信用してくれて良い」


息も絶え絶えの状態で聞かされた言葉ではあったが、そこだけはしっかりと覚えている。その後再び始まった大人のプロレスごっこを思い出して赤面したが、慌てて頭を振り邪な考えを追い出す。


(なんであんな冴えない男と結婚なんか……と思ってたけど、あのフランが無能と手を組むはずがない。きっと何か秘密があるはず。この調子ならいつ妊娠させられるかわかったものではないし、どうせ逃げ道がないなら、あの男を利用して中央に返り咲いてみせますわ!)


利用できるものなら自分の体ですら利用する。ブリューエットが今まで無かった強さを手に入れたのは、ある意味剛士のおかげだったのだろう。


§ § §


「剛士。お姫様はどうしたんだ?」
「ん? まだ寝てると思うぞ」


ブリューエットが目を覚ます前、食堂でいつもの面子と顔を合わせた剛士は、どこかスッキリした表情をしていた。直接何をどうしたと言わないが、それだけで何かを察したのだろう。ファングとナディアは少し呆れ混じりの笑みを浮かべている。リーフはなぜ二人が笑っているのか理解していないようで、可愛く首をかしげる。


「まだ寝てるって、まさか一緒に寝たの?」


一緒に寝る意味が理解出来ないと言ったリーフの質問に、どう答えたものかと剛士達三人は顔を見合わせる。ブリューエットはお姫様だけあって世間知らずだが、世間知らずという点ならこのリーフも負けていない。生まれてからずっと異界にあるエルフの村で過ごしていたのだ。長命種だけあって子供が生まれる機会も少ないだろうし、ひょっとしたら子供の作り方自体を知らない可能性もある。


(コウノトリが運んでくるとか言ったら馬鹿にしてると怒りそうだしな……)
(この手の話しはリーフに刺激が強そうだ)
(普段の態度からして、この子もお姫様みたいなものだもんね)


どう説明したものかと黙考する三人の態度が気に障ったのか、リーフは少し機嫌を悪くしたようで、その美しい顔をしかめる。


「ねえ、何なの? 私何か変な事言った?」


剛士以上に気の短いリーフの事だ。このまま有耶無耶にして終わるとも思えず、意を決した剛士が口を開いた。


「えー……リーフさんや。つかぬ事をおたずねするが、子供の作り方はご存じですかな?」
「何よその変なしゃべり方。馬鹿にしないでよね。それぐらい知ってるわ。結婚して夫婦で仲良く暮らしてると森の精霊が届けてくれるんでしょ? あ、ひょっとして、人間の場合は精霊じゃなくて別の何かが届けてくれるの?」
「え……森の精霊っすか……」


普段の言動からあまりにもかけ離れたピュアな答えに、剛士は思わず絶句する。ひょっとしたらエルフは人間と違って別の方法で子供を作るのかも知れないと一瞬考えたものの、それなら人間とエルフの間に生まれるハーフエルフという存在自体に矛盾が生じるので、それはないと思い直す。


「精霊って言うか、根本的に違うというか……」
「ハッキリしないわね。何なのよ?」
「リーフ。ちょっとこっちに来て。人間の間ではどうやって子供を作るのか説明するから」


見かねたナディアがリーフを奥へと引っ張って行く。沈黙の訪れた会議室では、残された男二人が気まずそうに顔を背けていた。時折奥の部屋からリーフの上げる素っ頓狂な悲鳴が聞こえてきたが、それには敢えて触れない方向だ。やがて顔を真っ赤にしたリーフと、何かをやり遂げたような表情のナディアが戻ってきた。


「……ナディア?」
「説明したよ。図解入りで。やっぱり知らなかっただけみたい」
「…………」


沈黙の続くリーフにどう接して良いものか剛士とファングはオロオロするだけだ。リーフは涙目になりながら顔を上げ、キッと剛士を睨み付ける。


「アンタが誰と何をしようと自由だけど、節度は守りなさい。良い? 私の見える範囲で不埒な真似をしたら承知しないからね! それと、私に手を出そうとしたら殺すから!」
「な……!」


手を出すつもりもなかったリーフから突然そんな宣言をされた剛士は呆気にとられ、咄嗟に返す言葉をなくしてしまう。そんな剛士には目もくれずリーフは勢いよく扉を閉めて外に出てしまった。仕事にでも行くのだろう。残された剛士は憤懣やるかたないといった態度で荒々しく席に着く。


「なんなんだアイツは!? 俺がいつアイツに色目を使った!? 自意識過剰にも程があるだろ!」
「まぁまぁ、落ち着けよ」
「今は混乱してるだけだよ。八つ当たりみたいなものだから、ここは剛士が大人になってあげなきゃ」


苦笑しながら宥めてくる二人に、剛士の怒りも徐々に薄れてくる。元はと言えば原因は自分なのだ。知りたくもなかった情報を与えられたリーフの立場になれば、文句の一つも言いたくなろうというものだ。


「はぁ……まぁいい。とにかく、これからブリューエットに何の仕事を任せるかを決めよう。タダ飯を食わせておく程俺達に余裕は無いからな」


少し真面目な表情でそう言う剛士に、残る二人も気を引き締め直して頷く。本人のあずかり知らぬ所で、再びブリューエットの扱いが勝手に決められようとしていた。



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