異世界転生チートマニュアル

小林誉

第73話 実験と見落とし

加工した火薬は、それぞれ厚紙に巻いているので、見た目だけならダイナマイトそっくりだ。工房から外に出て、実験のために新しく作らせた塹壕の中に身を潜めると、剛士は研究員に実験開始の指示を出す。


実験用家屋の並ぶ広場の中央に爆発を目的とした火薬を設置した彼は、導火線に火をつけると慌てて戻って塹壕に飛び込んだ。直後、バンッ! と言う乾いた音が響くと同時に爆風が剛士達に到達した。周囲には砂埃と焼け焦げた厚紙の破片などが舞い散り、シン――と、静まりかえっている。


「せ、成功です! 実験は成功ですよ!」
「やったぞ! 完璧だ!」
「これは歴史が変わりますよ!」


実験の成功に抱き合って喜ぶ研究員達を余所に、剛士一人が冷静だった。当然だ。元の世界のテレビや動画で爆発など何度となく見ているので、今更感動する事も無い。それどころか、自分が想像していた威力が無くてガッカリしていたのだ。


(思ったよりショボいな……。手の平サイズで今の爆発だと、兵器として使うにはもう少し大型化させなきゃならんか? それとも大きさそのままで殺傷力を上げる改造をするか……)


今の爆発の影響では周囲の家屋の扉が吹き飛び、壁に穴が空いているなど、そこそこの被害が出ている。これなら人が密集している所――例えば軍隊の真ん中にでも投げ入れて爆発させれば、多くの敵兵を殺す事が出来るだろう。しかしその程度なら、わざわざ手間暇かけて作った爆弾でやる必要はない。大型バリスタで使っている、油を撒き散らす特殊弾頭を小型化すればいいだけなのだ。


(なにか爆発力が必要になる意味が欲しいな。そう言えば殺傷力の高い爆弾って、どんな物があったっけ?)


剛士達が持つ今の技術力で大型爆弾の製造などは不可能だ。となれば、対人を主眼に置いて作らなければならない。そこで剛士が思い浮かべたのは、爆弾の周囲をもう一つの層で覆い、石や金属など、鋭利な刃物のような物を仕込む方法だった。圧力釜にベアリングや釘などを仕込んで爆発させ、対人地雷にしたテロからヒントを得たのだ。


(戦場以外で不特定多数に対して爆発させるのは言語道断だけど、戦場なら別に良いだろう。相手もこっちを殺そうとしているんだから、殺されるのも覚悟してるだろうし)


これを使う事によって多数の人間が負傷したり命を失う事に対して、剛士は罪悪感など抱いていない。正義感たっぷりの正統派主人公や、厨二心溢れる復讐系主人公なら、人を殺す事に対して罪悪感や喜びの感情を抱くのだろうが、剛士は良くも悪くも大人だった。進んで殺したいとは思わないが、向かってくる敵は死んでも仕方ない――と、ドライに、単純に割り切っているのだ。


そんな彼が殺傷力を上げるため、いくつかの改良点を口頭で伝えると、あまりのえげつなさにドン引きする研究員が続出したものの、彼等は特に拒否する事無く研究の継続を約束した。


次に実験するのは燃焼目的の爆弾――所謂焼夷弾だ。第二次大戦で日本の大都市を焼き尽くした焼夷弾にはいくつか種類がある。威力の強い物だと、その熱は二千度から三千度にも達しているのだが、剛士達にはそれを作るアルミなどの材料が無い。あり合わせで何とかするしか無いのだ。


「始めます!」


再び研究員が導火線に火を放ち、塹壕へと飛び込んできた。直後、先ほどより遙かに小さい爆発音と共に激しい火花が飛び散り、数メートルはある火柱が立ち上る。拍子抜けする研究員を残して塹壕から這い出た剛士は、近くにあったバケツに入った水をぶちまけてみる。


「剛士様!?」


せっかくの燃焼実験に何をしているんだと顔色を変えた研究員達は、水がかかったにもかかわらず、未だに炎を上げ続ける爆弾を見てポカンと口を開けていた。


「こっちも成功だな。威力も低いし、飛び散る範囲も狭いから乱戦には向いてない。でもなかなか火が消えないから空襲には使える。まだお目にかかった事は無いが、敵の航空戦力を撃退してからこれを降らせれば――」


と、そこまで言って剛士は愕然とした。今まで陸や海に対する兵器ばかり考えて、空に対する守りが皆無だったのに思い至ったのだ。


(マズいマズいマズい! これだけファンタジーな世界で空を飛ぶ生物が皆無って事は絶対無い! 羽の生えた人間とか魔物とか、ドラゴンとか馬とか居てもおかしくない! 何でこんな気がつかなかったんだ!?)


一旦焦り出すともはや実験どころではない。今のところ明確な空の脅威は確認されていないが、戦いが続く限り遭遇する確率は飛躍的に高くなっていく。空からの攻撃に無防備なままだと、せっかく作った爆弾も自軍に対する脅威に早変わりだ。空から火炎瓶の一つでも投げ入れられたら、そこで終わりになってしまうのだから。


「剛士様? どうされました? 顔色が良くないようですが……」


剛士は心配そうに顔をのぞき込む研究員の肩をガッシリと掴むと、戸惑う彼等をゆっくりと見渡す。


「実験は成功したが、急いで研究を進めて欲しいものがある。現状、我々は空からの攻撃に対して無力に近い。なので、現在使用している大型バリスタの仰角を垂直方向にまで可能になるように可動域を改良して、弾頭には釘を周囲に撒き散らすタイプの爆弾を取り付ける矢を開発して欲しい。導火線の長さを調節すれば上空で爆発させる事が出来るし、空を飛ぶ敵に対して大きな威力を発揮するはずだ」


標的の近くに到達すれば命中しなくても爆発する近接信管があれば良いのだが、それが作れないなら広範囲を攻撃するしか無い。ある程度弾幕を張れれば、空からの襲撃に対して十分な抑止力になる。


「わかりました。ご指摘の物はすぐ開発に着手します。兵器の生産ですが、爆弾を優先的に増やす方向で構いませんか?」
「ああ。弩は数を減らして良い。その分爆弾に人手を回せ。エギルに注文した試作が届いたら大砲の試射を行うからそのつもりで」
「かしこまりました。よし、みんな、聞いての通りだ。急いで作業に取りかかるぞ」


三笠の完成と同時期に、エギルには大砲の生産を頼んである。大砲の構造自体は単純なので、後は純度の高い鉄と大砲の強度を克服すれば、問題なく生産できるレベルに達している。火薬という大きな武器を手に入れた剛士の島は、急速にその軍事力を高めていこうとしているのだった。



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