異世界転生チートマニュアル

小林誉

第69話 挟撃

フランの発した命令により、彼女の軍はエドガー子爵の街へと向けて進軍を開始していた。内戦が始まってからというもの、常時臨戦態勢だったので軍の行動も早い。命令から出発まで僅か数時間だ。フランの戦力は、根拠地とする街と、その周辺の貴族の軍を糾合したものをあわせて総勢二万。対してエドガー子爵の戦力は二千に届かない程度で、まともな戦いになるとも思えない圧倒的戦力差だ。


ならエドガー子爵の取れる方法など数は限られる。信長よろしく行軍途中のフランの軍を急襲してその大将首を上げるか、籠城して援軍を待つか、それとも大人しく降伏するかの三つだろう。


最初の案はフランが陣頭に立っている場合のみ有効なので使えない。フランの軍は彼女に忠誠を捧げる将軍が率いているだけなので、仮に彼の首を取ったところで、軍を立て直して進軍してくるだけに終わる。


となれば、最も現実的で友好的な手段は籠城だろう。街に籠もって時間を稼ぎ、エドガー子爵の庇護者であるエルネストの援軍を待てば、街の防衛はなるだろう。


降伏も今更だ。内戦が始まる前、フランは周囲の貴族に対して様々な方法で懐柔策を取っている。金や地位は勿論、大麻や女、美術品や美食など、ありとあらゆる手を使って味方を増やしている。当然領地が隣接するエドガー子爵は最も多くの勧誘を受けたのだが、彼はその全ての誘いを断り続けた過去があった。今更降伏したところで、フランも素直に受け入れるわけが無い。たとえ仲間になっても何か裏があると警戒して、体よく前線で使い潰されるのがオチだ。エドガー子爵もそれが解っているだけに降伏しないのだった。


野戦による奇襲を警戒して軍がゆっくり進んでいき、エドガー子爵の街に辿り着いたのは、剛士とフランが会談をした二日後だ。フランの軍を率いる将軍――ジェラールは小高い丘の上に本陣を布くと、固く閉ざされた街の門を確認した後、一応形ばかりの降伏勧告を呼びかけた。


街に赴いた使者だったが、結果は当然否であり、取り付く島もない態度で追い返されただけだ。ジェラールは出陣前、軍の方針をフランと協議して再三確認している。彼にとってこれは予想通りの反応だった。


「よし、当初の予定通り攻撃を開始して――」
「伝令ー! フラン様からの伝令が到着しました!」


今まさに攻撃の号令を発しようとしたその時、一騎の早馬がジェラールの居る本陣へと駆け込んできた。よほど長時間駆けてきたのだろう。馬と人、両者が息も絶え絶えで今にも倒れそうだ。下馬した途端崩れ落ちそうになるその伝令を、周囲の騎士達が慌てて支える。彼は腰にぶら下げた水筒をあおって喉に水を流し込むと、慌ててその場に片膝をついた。


「フラン様よりの伝令です! 攻撃はしばし待てと!」
「何だと!? どう言う事だ!?」


突然の命令変更にその場がざわめく。当然だろう。何度も確認した方針に、直前になって待ったがかかったのだ。ひょっとしたら伝令は敵が用意した偽物で、こちらを騙そうとしているのかも知れない。彼等がそう考えるのは無理のない事だった。


自分が疑われている事など百も承知なのか、伝令は特に動揺した様子も見せずに懐から一通命令書を取り出し、ジェラールへと差し出した。疑いの目でそれを受け取ったジェラールだったが、すぐにその目が驚愕に見開かれる。


「……これは……本当なのか? こんなことが……」
「事実です。既に彼の軍は行動を開始しているので、そろそろ攻撃を開始する頃合いでしょう。我々が攻撃するのはその後と言う事になります」


信じられないと言った様子のジェラールに向けて伝令が説明していたその瞬間、眼下にある固く閉ざされた街の奥から火の手が上がったのだった。


§ § §


「しっかり狙え! 一発一発を大事に使えよ! 弾はタダじゃないんだからな!」


ロバーツの指示に従い、沖に停泊した三笠の大型バリスタから次々弾が発射され、港を守っていたエドガー子爵の軍に着弾している。彼等は当初密集していたのだが、広範囲に亘る火の手にあおられ、今は蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。


時間を戻す事二日前。フランと会談を終えた剛士は、三笠と日本丸の乗員に休暇を与えつつ船の整備と補給を行い、彼等を再び出撃させた。目標は海軍を失い、海からの攻撃に無防備になったエドガー子爵の街。剛士はフランの軍を援護するため、海からの奇襲を敢行したのだ。


海軍の消失したエドガー子爵に三笠と日本丸を止める手立てなど無く、彼等は自分達の手の届かない距離から攻撃してくる三笠に対して、為す術も無く歯がみするしか無かった。


「次弾装填完了!」
「撃てー!」


三笠の片舷にある大型バリスタ四機から特殊弾頭を装備した巨大な矢が発射されて、着弾と同時に激しい火柱が舞い上がる。通常の弾なら大きなやじりなのだが、今放たれているのは丸い形をしていて炎を纏っている。弾頭は割れやすい材質で出来ており、それを包むように布でくるまれている。中に入っているのは油だ。これが着弾と同時に破裂して周囲を火の海にするのだ。鏃が丸いので矢の後方にある羽も通常より大きくなっていて、安定度を得るために改良が加えられていた。


大型バリスタの射程は六百メートル。ある程度まで港に近づいた上で日本丸に周囲を警戒させ、三笠は射程内にある軍事施設目がけて次々と弾を撃ち出していく。これは事実上、この世界で行われた初の艦砲射撃だった。


§ § §


「あんな距離から届くのか!? フラン様の与えてくださった情報で彼等の事は書かれていたが、文字を読むのと実際に目にするのとでは大違いだな」


背後からの攻撃に晒され、門を守るエドガー子爵の兵達は完全に浮き足立っていた。持ち場を離れてでも港の防衛に回るのか、それともここを死守するのか、方針を決めかねているのだろう。そんな隙を見逃してやるほどジェラールは甘く無い。


「よし、今度こそ攻撃を開始する! 投石機隊を守りつつ前進! 敵の混乱に拍車をかけてやれ!」
『おおー!』


ジェラールの指示に答え、彼の配下は与えられた使命を果たすべく、街へ向けて進軍を開始した。途端に街から矢が降り注ぎ、それに応戦するジェラールの軍からも矢が放たれる。双方に矢を受けた兵が続出するが、彼等は攻撃の手を緩めない。投石機から勢いよく撃ち出された大きな石が、市壁の上で弓を放っていた敵兵を盾ごと潰したかと思ったら、お返しに火矢が放たれ火だるまになる兵が現れた。激しい戦いは始まったばかりだったが、既に勝敗は決しているようなものだ。


もともと戦力差がある上に練度や装備も違い、更に後方からは三笠による艦砲射撃まで受けている。エドガー子爵の軍が崩壊し、逃亡しようとしたエドガー子爵が捕らわれるまでに、半日ほどしかかからなかった。



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