異世界転生チートマニュアル

小林誉

第66話 連絡手段

剛士達の下に勝利の吉報が届けられたのは、海戦から五時間後の事だった。既に日は落ち、辺りは夜の帳が下りている。星々の僅かな光が届く中、桟橋に到着した三笠と日本丸は熱烈な出迎えを受けていた。


三笠到着の少し前、港にある監視塔から三笠を見つけた見張りの一人が、無傷で戻ってくる二隻を目にして驚いていたところ、彼は更に驚きに目を見張る事になった。


『ミカタショウリ』


手旗信号で届けられたその短いメッセージを何度も確認した後、彼が下で警戒している味方に大声で勝利を告げると、警戒を続けていた兵達がワッと歓声を上げた。急いで剛士の住む仮の領主館に伝令が走る中、三笠と日本丸がゆっくりと接岸する。桟橋から梯子がかけられて乗員達が次々に降りてくる。手荒くも親しみのある歓迎に顔をほころばせる彼等からは、戦いに勝利した満足感が感じられた。


「よっしゃー! ざまあ見ろクソボケ! 俺達が本気になったらザッとこんなもんよ!」


自分のやった事と言えば見張りをする兵を見回り鼓舞しただけだと言うのに、そんな事をすっかり忘れて剛士は浮かれていた。最初にあった勝利の報告の後、帰還したロバーツから直接どんな戦果だったのかを耳にし、更に調子に乗っていく。しかし他の三人は驚きはしたものの、剛士ほど浮かれていなかった。


「敵の海軍が壊滅したの良いんだが、今後エドガー子爵がどう動くかによっては、浮かれてばかりもいられないぞ」
「……どう言う事だ?」
「エドガー子爵の後ろには第一王子であるエルネストが控えているでしょ? あの王子の海軍を丸ごとこっちに向けられたら、いくらなんでも勝ち目がないわよ」


大陸各地に張り巡らしている駅という名の情報ネットワークのおかげで、剛士達は以前と比較にならないほど情報収集能力が上がっている。各地にある特産品に始まり、そこに住む貴族の家族構成や派閥、果ては愛人の有無から性癖まで、ありとあらゆる情報が集められるようになっていた。当然、エドガー子爵がどこの派閥に属しているかも、彼の後ろ盾が誰であるかもわかっている。


「流石に……全部の海軍をこっちに向けてくるって事は無いだろ?」


期待を込めてファングを眺めるも、彼は無情にも首を振る。


「全部は無いだろうと思う。内戦になった以上、他にも海軍が必要な場所があるだろうからな。しかし、このまま俺達を放っておくとは思えない。なにせ三十隻からなる艦隊を一方的に潰したんだぞ? 俺ならそんな危険な奴等、絶対放っておかない。後の安全のためにも全力で潰しに行くぜ」
「…………」


ファングの言うとおり、エドガー子爵やエルネストの立場で考えるなら、剛士達の軍――特に今回活躍した三笠や日本丸は何としてでも排除しなければならなくなった強敵だ。もし放っておいて、後方で暗躍されたら目も当てられない。


「なら、急いで戦力強化しないとな。ポルトに作業を急がせよう」


三笠の二番艦と三番艦は未だ建造途中であり、完成までしばらくかかる。実戦投入となると当分先だろう。


「そう言うわけだ。いつ誰が仕掛けてくるか解らんからな。ファングも兵達を休ませつつ、警戒を怠らないようにしてくれ」
「わかった。エドガー子爵の海軍を潰したから当分は大丈夫だろうし、二交代から三交代に編成を変えて見張りを行う」
「頼んだ」


すぐ仕事に取りかかるため、夜だというのにいそいそと館を跡にするファングに頼もしいものを感じながら、その日剛士は眠りについた。


二日後の朝、まだ朝食もとっておらず、寝ぼけ眼の剛士の下にファングから知らせが届く。フランの使いと名乗る者が面会を求めている――と。このご時世で懇意にしているフランからの使いだ。眠気が消し飛んだ剛士は急いで執務室へと足を運び、使者の歓待を準備していく。海戦からまだ三日と経っていないのにこの反応の早さだ。絶対に何かあると思い、補佐であるナディアを同行させておく。


しばらくすると、兵士に両脇を固められたフランの使者が執務室へと姿を現した。フランの使いだという確証もとれないし、彼女が剛士に対して害意を抱いていないという保証も無い。使者であっても警戒するのが当然だった。使者当人もそれは解っているのか、特に気分を害した様子も無い。


「お忙しい中、お時間を取らせて申し訳足りません剛士殿」
「いえ、お気になさらず。それより本日のご用件は? この時間帯に突然の来訪、何か火急の用件かと思われますが?」


海戦絡みだと理解していても、あくまでもすっとぼける剛士に対して、使者はにこりと微笑むだけだ。


「本日お伺いしたのは他でもありません。日ノ本商会の所持する軍艦が、エドガー子爵が誇る海軍を完膚なきまでに打ち破ったとの一報を聞き、急いでお祝いに参上したのです」
「それはそれは……わざわざありがとうございます。フラン様に祝っていただけたと知れば、我が海軍の兵達も喜ぶ事でしょう」


差し出された手土産を笑顔で受け取り、ナディアへと押しやる。お世辞を言うためにここまで来るわけが無いと警戒していた剛士の耳に、ところで――と、使者が本題を切り出した。


「何でしょうか?」
「剛士様の海軍だけでなく、それらの操る兵器は他に類を見ない強力なもののようですね。フラン様がそれについて一度お話をしたいと申しておりました」


(て事は、大麻の次は兵器を融通しろってのか? それは虫が良すぎるってもんだろ)


苦労して作り上げた様々な物を、フランには優先的に融通している。大麻は仕方が無いとしても、最新の武器である大型バリスタや弩を差し出せば、自分達のアドバンテージが無くなってしまう。ソレはすなわち、命の危機を意味しているのだ。流石にそれだけは飲めなかった。


「申し訳ありませんが、今は戦時ですので、フラン様の城まで出向く事は出来かねます。我が領地もいつ敵の襲撃を受けるか知れませんので」


もっともらしい理由で剛士がやんわりと拒否を伝えると、使者は特に気にする事も無く、手荷物の中から何かを取りだした。


「そうおっしゃると思いまして、本日はこのような魔法具を用意させていただきました。これを使えば、遠方にいるフラン様と直接お話が出来ます」
「……え?」


驚く剛士を余所に、使者が取り出したのは一つの棒だ。それは一見何の変哲も無さそうな、二十センチほどの長さの金属質の棒だったが、使者が何かに触れた途端、じんわりと光を帯び始める。


「どうぞ」


差し出された棒を反射的に受け取った剛士は、意味がわからずに首をかしげる。すると突然、彼の手にした棒が僅かに震え、人の声を発し始めたのだ。


「……ますか? 聞こえますか、剛士殿。私です。フランです」


突然聞こえてきた美しいフランの声に、剛士と仲間達は驚きに目を見張った。



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