異世界転生チートマニュアル

小林誉

第64話 海戦

「エルマン様、敵船を確認しました!」
「ほう……この距離ではっきり船体が解るとは、噂通りの大きさだな。しかし戦闘能力はいかほどのものか」


部下からの報告で、エルマンは近づいてくる三笠と、その背後にある日本丸を確認した。エルマン率いるエドガー子爵の海軍の軍艦は、この世界で使われる一般的な船に比べると一回り大きく、帆の形も横帆ではなく縦帆だ。これは向かい風でもある程度進めるように改良されたもので、最大速度こそ低くなったものの、止まる事無く進める利点がある。


帆の種類こそ違うものの、船の形は和船に似ていて、多くの乗員を乗せられる戦闘艦だった。一隻に対して乗り込む乗員は十人ほど。乗り込んでからの白兵戦が主な戦い方である船なので、射手と櫂の漕ぎ手で船上はギュウギュウ詰めだ。


乗員は全て身軽な服装をしており、身につけている鎧の類いはせいぜい革の鎧程度までだ。鉄の鎧など装備して海に落ちた場合は確実に沈むので、全員が泳ぎやすいように身軽な装備だった。


「そろそろか。火矢の用意を!」


エルマンの指示に従い、船尾に佇む船員が手旗信号を忙しく振り始める。無線も電話もないこの世界だ。こうやって旗を振り、意思の疎通を図るしかない。そうやってエルマン達が火矢の準備を進めていた時、正面から進んできた三笠が急に進路を変え、左に直進し始めたのだ。まだ弓矢の射程にも入らない距離から転舵する意図が掴めず、エルマンは思わず眉を顰める。


「ん? まだ距離があるのに取り舵だと? 敵は一体何を考えて――」


そうエルマンが話している最中、三笠の船尾楼と船首楼が一瞬キラリと光を放ち、何かが高速で飛来するのが見えた。それが何かを認識する暇など無く、飛来したソレはエルマンの間近にあった艦を船員ごとぶち抜き、艦を真っ二つにへし折ってしまう。全ては一瞬の出来事だった。


「な、何事だ!?」


慌てて周囲を見渡したエルマンの視界には、信じられない光景が飛び込んできた。たった今粉砕された船の中央部に巨大な矢が突き立っており、原形を留めなくなった艦が海中に消えようとしている。しかもその周辺には衝撃で吹き飛ばされた乗員の肉片が散乱し、辺り一面が血の海と化しているのだ。それだけではない。まだ回りには同じような被害を受けた艦が少なくとも後二つ存在していた。


一体何が起きたのか解らずにいたエルマンだったが、何かしらの攻撃を受けた事だけは
理解出来たので、周囲の艦に慌てて分散するよう命じる。エルマン達が慌てふためく中、三笠は第二射の準備を完了させようとしていた。


§ § §


「命中三! 至近弾一!」
「まずまずだな。第二射用意!」


訓練通りの命中率にロバーツは満足したように頷く。三笠に備え付けられた大型バリスタの数は片舷四機の合計八機。通常のバリスタなら射程は最大四百メートルと言ったところだが、三笠に搭載されている大型バリスタの射程は実に六百メートルに達する。そこからでも、この世界で初めて使われた大型バリスタの威力がどれ程途方もなく、常識はずれな威力なのかがわかるだろう。


ロバーツの号令の下、第二射が発射されて再び敵船を打ち砕く。敵の海軍は当初大混乱に陥っていたものの、素早く散開してこちらの狙いを絞らせないように動き始めた。度重なる訓練で命中精度を上げているとは言え、大型バリスタは素早く動く小さな的を狙うには不向きな武器だ。ある程度密集していれば当てずっぽうでも当たるのだが、散開して動かれると弱い。陸地ならともかく、激しく動き波に翻弄される船の上ならなおさらだ。


「敵は散開してこちらを包囲しようと動いているな。斜角も取りにくいし、そろそろバリスタでの攻撃は限界か。何者かは知らんが、敵の指揮官もやるじゃないか」


混乱から素早く立ち直り味方を纏める指揮能力と、大型バリスタに対して素早く対処法を思いついた判断力。エルマンは一流と言っていい指揮官だろう。敵であるロバーツにそんな評価をされているとは露とも知らず、エルマンはエルマンで、必死に三笠との距離を詰めようと躍起になっていた。


「まだか! まだ距離は縮まらないのか!? 近寄りさえすればこっちのものだというのに、あの巨体で何故あれだけの速度を出せる!?」


船体が巨大になればそれだけ進む速度は遅くなる――そんな常識に縛られたエルマンが悔しげに唇を噛む。そんな彼をあざ笑うかのように三笠と日本丸はぐんぐんと速度を上げて距離を取ったかと思うと、再びバリスタによる攻撃を行ってきた。しかしエルマン達は軍人であり戦闘のプロだ。そう何度も同じ手を喰らうほど甘くはない。三笠が船体を横に向けた途端進行方向を三笠に向け、できる限り命中する範囲を小さくしようと動く。その甲斐あってか、第三射は四発中一発と言う被害のみだ。


「よし、このまま包囲しろ! いくら強かろうが敵は二隻だけだ! 取り囲んでしまえば数がものを言う!」
『応!』


エルマンの怒号に乗員達が答える。海戦の始まった当初は三笠による一方的な攻撃で混乱した海軍だったが、エルマンの素早い指示で軍船は周囲に散らばり、いつの間にか三笠と日本丸を取り囲む形を形成しつつあった。彼等が手に持つ弓矢の先には火が灯り、三笠の船体と帆に突き刺さるのを今か今かと待っているようだ。あと少しで射程に入る――誰もがそう考えたその時、再び信じられない光景を彼等は目にする事になった。


三笠の船体に空いたいくつもの穴から無数の火矢が飛び出したかと思うと、散開している軍艦に雨あられと降り注ぎ始めたのだ。三笠の後方にある日本丸からも、数は少ないものの同じような火矢が周囲の艦目がけて撃ち出される。それは彼等の持つ弓矢の射程より、遙か先からの攻撃だった。


弓の有効射程はせいぜい五十メートルしかない。対して弩の有効射程はその三倍――百五十メートルに達する。あと一息で攻撃出来ると意気上がるエルマン達だったのだが、それは三笠と日本丸が本命の攻撃を始めるちょうど良い距離でしかなかった。


三笠と日本丸からの第一撃目で多くの艦に火矢が突き刺さった。船体は勿論のこと、帆や人体に突き刺さって船上は再びパニックに陥る。体に火が燃え移って慌てて海に飛び込む者や、帆や船体の被害を押さえようとバケツに海水をくみ上げて撒き散らす者、届きもしないのに反撃の矢を放つ者など、初めて体験する未知の攻撃に、各自が何をして良いのか解らなくなっていた。


「落ち着け! 落ち着いて立て直すのだ! 我等は栄光あるエドガー子爵の海軍だぞ! この程度で狼狽えてどうする!」


エルマンが声の限りに叱咤しても、乗員達の混乱はなかなか収まらない。そこに再び撃ち出された矢が飛来し、今度こそエルマン達海軍は収拾のつかない混乱状態へと陥った。


§ § §


「慌てる必要はない! 落ち着いて狙え! 弾を無駄にするなよ!」


三笠と日本丸から撃ち出される矢は、既に火矢から通常の物へと交換されている。火矢を使ったのは、あくまでも帆や船体に火を放って敵の速度を落とし、狙いをつけやすくするためだからだ。


ロバーツが眺める先では一方的な戦闘が展開されている。バリスタで出鼻をくじき、散開させた敵は狙い通り三笠と日本丸を包み込むように動き出した。そうなれば当然船体横にある射撃窓から弩での攻撃を始められる。敵の指揮官エルマンが指示した包囲作戦は、ロバーツにとって狙い通りの動きでしかなかった。


「ロバーツ様。既に敵の八割は撃沈ないし大破しております。残った敵も逃走を始めています。如何いたしましょう?」


部下の報告通り、生き残りの敵は我先にと大陸側に逃げている。生き残っているからと言っても当然無傷ではなく、帆や船体には甚大な被害を抱えていた。それを見たロバーツはすぐに戦闘終了を命じて、島に引き返すよう進路を取らせた。途端に、船上や船内から喝采が上がる。初めての実戦で一方的な勝利を得た彼等は、周囲の者と抱き合って勝利を喜んでいた。


「あの様子じゃ放っておいても沈む船ばかりだ。わざわざ追いかける必要もない。それに、いくらかは生き残ってもらわんと、領主様の狙い通りにならんからな」


出撃前、剛士からロバーツに下された秘密の指令――それは敵を全滅させずに少数だけ生きて返し、こちらの戦闘力や恐怖を敵に蔓延させると言う作戦だ。


「これだけ一方的に勝利すれば良い宣伝になるだろう。ま、難しい事は置いといて、今は美味い酒を楽しむとするか」


バラバラになった艦や人体が浮かぶ凄惨な海を後に、三笠と日本丸は島へと舵を大きく切ったのだった。
 

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