異世界転生チートマニュアル

小林誉

第54話 お姫様の本音

「では率直に申し上げます。あなた方が管理する大麻の販売権を、私に譲っていただきたいのです」
「!?」


あまりと言えばあまりの申し出に剛士が二の句も告げないでいると、フランがふっと表情を和らげる。


「――と言いたいところですが、流石にそんなお願いは出来ませんよね?」


(当たり前だろ! 今、大麻の売り上げがなくなったら、俺達は確実に破産だ!)


からかわれたと気がついた剛士は、反射的に怒鳴りつけたくなるのをなんとか堪え、自分の体に備わる理性を総動員して作り笑いを顔に貼り付けた。


「流石にそれはご勘弁願えますか? あれは当商会の主力商品ですので。フラン様に格安でご提供する分は問題ないのですが」


剛士と意見を同意するように、隣に座るファング達がコクコクと頷いている。そんな反応を面白そうに眺めていたフランだったが、今度は少しばかり真面目な表情を作って語り始める。


「あの大麻という薬、あれが現在国内でどのような扱いになっているのか、皆さんはご存じですか?」


問われた面々は顔を合わせて首をかしげるばかりだ。それもそのはず。日ノ本商会は紹介された人脈に大麻を売りつけるだけで、その後の事には一切関知していないのだ。誰がどれだけ使ったとか、大麻を買った誰かが更に第三者に売りつけていたとしても、彼等には知る術がない。


剛士達の反応にやはり――と一言呟いたフランは、ふうと一つ息を吐く。


「剛士さん、日ノ本商会が大麻を売る時、一体いくらの値をつけていますか?」
「……取引相手によって違いますが、平均して一箱金貨十枚から二十枚ってところです」
「そうですか……。ご存じありませんか? アレは現在貴族達がこぞって買い漁るために、平均してその五倍から十倍の価格で取り引きされているのですよ」
「「「「じゅっ!?」」」」


自分達のあずかり知らぬ所で想像以上の金額が動いている事に、剛士達は驚きを隠せなかった。


「中には大麻を手に入れるために領地の経営を傾けている貴族も居るほどですよ」


と、他人事のように言うフラン。自分以外の者がどうなろうと、まるで興味がないとも取れるその態度に一瞬騙されそうになった剛士だったが、腹に力を入れて気を引き締め直す。


「そのような金額で取り引きされているとは存じませんでした。貴重な情報、感謝いたします」


(そう。貴重な情報だ。これで次からはもっと値上げしても売れるという確証を得られた。それだけでも今回の会談は価値があったな)


会談が始まったばかりなのもすっかり忘れ、利益を出せる事に浮かれる剛士。しかし、当然フランが親切心だけでそんな情報を与える訳がない。


「ですが……その大麻について、即刻規制をするべきだという声がいくつも上がっているのです」
「!?」


天国から地獄。今までグレーゾーンだから利益を出せていた大麻なのに、法で取り締まられれば今までの努力が全てパアだ。剛士の心情など百も承知なのか、フランはそこで――と身を乗り出す。


フランの情報によると、大麻の規制を考えているのは現国王とその側近なのだという。タダでさえ経済が傾いている時に、大麻という訳のわからないものに貴族達が大金を支払い、自国で金を回すどころか国外へと資金が流出している。その上薬の影響なのか、今まで表面上大人しかった貴族達まで国王である自分を蔑ろにし始めている。これに危機感を持った国王は、資金の流出阻止と貴族達の締め付けと言う一石二鳥を狙って、大麻を規制しようと考えているそうだ。


「このままでは確実に規制される流れでしょう。あなた方は国内の販路を失い、経済的に追い詰められる事になります。そこで私は考えました。あなた方がこのまま大麻で資金を稼ぎつつ、私も利益を得る方法を」


ゴクリと喉を鳴らす剛士に微笑み、フランは話を続ける。


彼女の提案とは、この先規制されるであろう大麻を今までの値で彼女が買い取り、大麻を望む貴族達に自分が販売すると言う事だった。


「それでは独占販売と何も変わらないのでは……?」
「いいえ。大きく違います。あなた方は、このまま放っておけば価値がゼロになる草の束を抱える事を回避できますし、私は差額で利益を得られる。失礼ながら、日ノ本商会の売り方は稚拙すぎて見ていられません。一応間に人を挟んでいるようですが、少し調べれば解る程度の誤魔化しです。しかし私は違います。秘密裏に大麻を流すなど造作もありませんし、何より私は王族です。バレたところで開き直れる立場でもありますから」


(……確かに、このままならお姫様の言うとおり、俺達は不良在庫を抱えて路頭に迷う事になる。それを考えれば美味しい提案だと思えるが……問題は、この話の裏が取れていないって事だ)


フランの言う話が事実かどうか、剛士達に確かめる術は皆無だ。国の御用商人ならともかく、宮中に出入りできない日ノ本商会が貴族達の懐事情など把握できるはずがない。それが解っていても、剛士は聞かずにいられなかった。


「失礼ですが、そのお話が事実であると言う保証はございますか?」


不敬とも言えるその質問に、フランの背後に立つ護衛達が目つきを鋭くするのを見て、反射的に構えそうになるファングとナディアを手で制する。


「保証は出来ませんね。しかし、あなた方にそれほど多くの選択肢があるとも思えません。この話が事実である場合、この先大麻は確実に価値をなくします。その時私に助けを求めてきたとして、私が今この時と同じ条件で買い取ると思いますか?」
「う……」


一度交渉を蹴ったら次が厳しくなるのは当たり前の話だ。例えるなら、最初に良い条件を出してくれたのに、他にも良い条件を出してくれる球団があると期待してFA宣言したのにどこも手を上げてくれず、恥を忍んで下の球団と交渉したら、足下を見られて最低年俸を提示された野球選手のようなものだろう。


つまりフランはこう言っているのだ。今の内にこちらが出した条件を飲め。そうじゃないと、後でどうなっても知らんぞ――と。


(考えるまでもないか……)


フランの言うとおり選択肢がないのなら、今の内に話を受けておくのが上策と判断した剛士は、アッサリと決断する。しかし、言われるままに条件を飲むだけでは商人とは言えない。その先を目指すのが商人だ。


「わかりました。その話、お受けします」
「本当ですか? よかった。では――」
「ただし、こちらからも条件を出させていただいてよろしいですか?」


ホッとしたような表情を浮かべたフランの隙を突くように、剛士は言葉を続ける。まさか剛士の方から条件を突きつけてくると思いもしなかったフランは、一瞬呆気にとられたようだ。


「……構いませんよ。どのような条件でしょうか?」
「フラン様は、贔屓にしている商会はあるのでしょうか? 特にないのであれば、それを当商会に任せていただきたいのですが」


要は御用商人がいないのなら俺にやらせろと言っているのだ。大麻を独占販売するのだから、そちらの取り引き関連もこっちに独占させろと。図々しいとも言えるその提案に、フランは声を上げて笑い出す。


「あはは! 本当に面白い人ですね貴方は。気に入りました。その大胆さと決断の早さ、それに次々と面白いものを生み出す発想力、味方にしておいて損は無さそうです。良いでしょう。日ノ本商会を私の専属とすることを認めます。ただし、何か新しいものを売り出す時は、私を通してからと言う前提が必要になりますが?」
「勿論でございます。では早速ですが、こちらの設計図をご覧ください」


何ら後ろ盾のない状態で商売をするより、王族の後ろ盾がある方が色々な面でプラスになる。武力や資金面、販路だけでなく、フランの領地で物資を流通させただけでも、かなりの利益が見込めるのだ。これを逃す手は無いと考えた剛士は、万が一と考えて持ってきていた手押しポンプの設計図を披露する。


「これは?」
「これは手押しポンプと言って、少ない力で井戸から簡単に水をくみ上げられる装置です。現在我々はこれを量産するために奔走しているのですが、製鉄所はともかく、腕の良い鍛冶士が見つからないもので……」
「……なかなか面白い装置ですね。これなら多くの利益が見込めそうです。鍛冶士なら私の伝手で何とか出来るでしょうから、早速貴方の島に送り出しましょう」


一瞬で手押しポンプの有用性に気がついたフランは、即決で領内への流通と他国への売却を約束した。その後、様々な条件のすりあわせを済ませた日ノ本商会の一行は笑顔のフランに送り出され、帰路につく。緊張感から解放されたように背伸びする面々は、どこかすがすがしい表情だった。


「最初はどうなる事かと思ったが、何とかなって一安心だな」
「そうね。フラン様も凄く気さくな方だったし、とっても話しやすかったわ」
「……そうだな。俺もあれだけ気さくな貴族は、池田貴族か暴君ハバ○ロぐらいだと思ってたぜ」
「誰よそれ……」


意味不明な名を上げる剛士にツッコミが入りつつ一行は一路島を目指して船の旅だ。気軽に考えていたフランとの契約が、この先この国を大きく揺るがす事になる事に、この時の剛士達は気がついていなかった。



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