異世界転生チートマニュアル

小林誉

第43話 キャラック

「どうしたもんかな……」


造船所から離れた剛士達は、街中にある適当な酒場で遅い昼食を取っていた。港街だけあって漁師などの船乗りが多いらしく、客の大半は日に焼けた肌を惜しげもなく晒している。お任せで出てきた食事も焼き魚と固いパンと言うよくわからないメニューだ。元日本人の剛士はともかく、普段魚を食べない他の三人は四苦八苦しながら身をほじっていた。


「取り付く島もないとはこの事だね」


視線だけは焼き魚に固定したまま、ちまちまと身をついばんでいるナディアが言う。彼女の言うとおり、親方の反応は剛士が予想していた以上のものだった。「船の価値もわからん奴は、とっとと出て失せろ!」と言わんばかりの態度は、まるで値切りすぎて怒らせた大航○時代2に出てきた造船所の親方そのものだ。もっとも、この場合船ではなく人なのだが。


「もう一度説得してみるか?」
「無駄じゃない? あの調子だと、説得を続けた分だけ意固地になりそうよ」


ファングとリーフも消極的だ。親方のあの態度を直に見ただけに、彼等も消極的になっている。一旦諦めて日を置くか、それとも別口の造船所を紹介して貰おうかと剛士が考え始めていた時、何者かが彼等のテーブルにふらりと近寄ってきた。


「探したぜ」


はあはあと息を切らせて立っているその男は、造船所で剛士が引き抜き工作をしている時に声をかけてきた男――ポルトだ。彼は随分走り回ってきたのか、全身から湯気が立ち、服には汗が滲んでいる。そして断りもなく剛士達と同じテーブルに着くと、大声で給仕を呼んで酒を注文した。


「おい――」
「あんたら、職人を雇いたいんだろう? 俺が行ってやるよ」


剛士が何か言うのを遮って、ポルトは自信満々にそう言った。造船所の時に、剛士達の話を耳ざとく聞きつけていたのもポルトだ。職人を求める剛士達にとって渡りに船とはこの事なのだが、あまりに都合の良い展開に全員が顔を見合わせる。


(話が美味すぎるな)
(何か裏があるに違いない)
(ワケありなんじゃないの?)
(汗臭いわね。早くどっか行ってくれないかしら?)


リーフを除き、三人はほぼ同じ考えに達したようだ。直接言葉にせずとも何となく察知したのか、三人は同時に頷く。


「えーと、ポルトさんだったかな。アンタが俺の領地に来てくれるのか?」
「ああ。俺なら身一つですぐにでも行けるぜ。あんた達の望む船を、俺が作ってやろうじゃないか」


自信満々に言い切るポルト。しかし剛士達は即答を控え質問を続ける。今度はファングの番だ。


「参考までに聞かせて貰いたいんだが、アンタは今までどれぐらい船を造ってきたんだ?」
「一通りは作ってきたぜ。腕は認められているんだが、設計はまだ許されてない。俺の考える船は奇抜らしくてな。親方から許可が下りないんだ」


親方の説明を剛士達は思い返す。下積みで五年、建造に携わって五年。そして最後に設計が許されると。つまり、彼は未だ半人前と言う事になる。設計から造船まで一通り任せられる職人を探していた剛士達にとって、彼は合格ラインに達していないと言う事だ。剛士は一つ咳払いすると、真面目な表情でポルトに向き直った。


「えー……ポルトさん。本日はお忙しい中、面接にお越しいただき誠にありがとうございました。慎重なる選考を重ねましたところ、残念ながら今回はご期待に添えない結果となりました。多数の商会の中から当商会を選び、ご応募頂きましたことを深謝するとともに、
ポルトさんの今後一層のご活躍をお祈り致します」


そう言って頭を下げる。まるで就活生に向けたお祈りメールのような事を言い出した剛士に、ポルトが呆然とした表情を浮かべる。


「それってつまり、俺じゃ駄目って事か!?」
「うん。まあ平たく言うとそう言う事かな」
「ちょっと待ってくれ! せめて俺の考えた船だけでも見てくれないか!? そうすりゃ気が変わると思うんだ!」


そう言うと、慌てた様子でポルトは懐から一枚の設計図を取り出した。汗が染みこんだ羊皮紙の匂いにリーフが顔をしかめるが、お構いなしでテーブルに広げていく。四隅を空になった食器で抑え、彼は熱心に船の内容を説明していく。


「ここが倉庫。こっちが船室。マストは三本を予定しているんだ。帆の形も同じ物で統一するんじゃなく、メインマストとは別に補助マストを船主に取り付けると船足を上げる事が出来る。そしてこの盛り上がった船首と船尾には武器を取り付けると、敵に対する備えになる」


嬉々として語るポルト。この世界では見た事も聞いた事も無い船の形に剛士以外の三人は戸惑うばかりだ。何しろ一般的な船であるバルシャ級と比べて、この船は縦も横も三倍以上の大きさがある。そしてマストを増やすどころか、横帆と縦帆も組み合わせている。船と言えば平たいものと言う固定概念のある彼等にとって、これは受け入れがたいデザインだった。


「これはちょっと……」
「ああ。形がおかしすぎないか?」
「親方が止めるのもわかるわね」


今まで散々見慣れた反応なのか、ファング達の評価を見たポルトは力なく肩を落とす。また誰にも理解されず、受け入れらないと思ったのだろう。しかし、その場で一人だけ違った反応を見せた男が居た。他でもない、剛士だ。彼は図面を食い入るように眺めていたかと思うと小さく体を震わせて、突然勢いよく立ち上がった。


「これ! これはキャラックじゃないか!」


突然大声を上げた剛士にポルトを含めたその場の全員が首をかしげる。キャラック船――ナオとも呼ばれる大航海時代を代表する船の一つだ。従来のものより大きな船体を誇り、大西洋の荒波にも耐えきる事の出来る船だ。コロンブスが新大陸を発見した時に乗っていたのもこれだし、世界一周を果たしたマゼランが乗っていた船でもある。大型の船倉には大量の積み荷を積む事が出来るため、商用にも冒険にも大活躍した船種だ。


流石に細部は少し違うものの、それを誰に教えられる事もなく一人で考えついたポルトは正に天才と言えよう。


「凄いぞ! まさか自力で考えつく奴がいたなんて!」
「お、おい剛士。どう言う事だ? 一人で興奮してないでわかるように言ってくれ」


一人で興奮する剛士を宥め、説明させるのはファングの仕事だ。彼の言葉に冷静さを取り戻した剛士はばつが悪そうに咳払いすると、コップの水で喉を潤す。


「これは俺の世界に実在した船だ。まぁ、大昔のものだけど……。いや、それはともかく、とにかく作ろうと思えば実際に作れるんだよ。これさえ完成すれば、大陸中のあらゆる港と交易が出来るようになるぞ」
「……そんなに凄いの?」
「大陸中ねぇ……」
「船の事はよく解らないんだけど、剛士がそう言うんなら出来るんでしょうね」


半信半疑な三人を放っておいて、剛士はポルトの腕をとる。


「ポルトさん。是非うちに来てくれ! そして造船を一手に引き受けて欲しい!」
「ほ、本当か!? 本当に俺に任せてくれるのか!?」
「ああ頼む! あんたが居れば百人力だ!」
「そうか! やっと俺を認めてくれる人に出会えたんだな! 精一杯働かせて貰うよ!」


興奮して盛り上がっている二人を余所に、事態について行けない三人は顔を見合わせるばかりだった。こうして、剛士は造船所の建造に一歩近づいたのである。



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