異世界転生チートマニュアル

小林誉

第41話 薬の威力

会頭との会食から一週間が経っていた。あの後正気を取り戻した会頭は自分の痴態を思い出したのか、ほぼ無言で剛士と別れたのだが、帰り際に剛士が押し付けた大麻の箱を引ったくるように受け取っていたので感触は悪くないはずだ。


「会頭が大麻にハマったんなら、そろそろ追加を欲しがってもおかしくない頃なんだが……連絡がないな」


やきもきしながら日々の仕事をこなしていたそんなある日の事、待ち望んでいた便りが剛士の元に届けられた。生活物資と共に運ばれてきたその手紙に目を通した瞬間、自然とガッツポーズが出る。


「よっしゃ! 食いついた!」
「剛士、例の会頭から?」
「そうだ。俺が残した大麻がなくなったから追加が欲しいと書いてある。交渉はこっからが本番だぜ」


まず第一段階である会頭の薬漬け――これは成功したとみて間違いない。正気を保っていたのなら自分の痴態を恥じるはずだし、それを見ていた剛士の事も避けようとするのが自然だ。なのに避けるどころか薬をもっと寄こせと言ってきたのだ。これは大麻の魅力に取り憑かれたとしか思えない。そして大麻の厄介なところは、使っている間でなければ普段と様子が変わらないところにある。使用者やその周囲の人間が異変に気づかない限り、治癒士に状態異常を直して貰うという発想も出てこないのだ。


この機を逃すなとばかり、剛士は加工されたばかりの大麻を抱え、再び会頭の屋敷へ赴いた。既に何度か訪れているため、スムーズな取り次ぎを終えて会頭の私室へと案内された。


「剛士さん、お待ちしていました」


手早く人払いを済ませ挨拶もそこそこに、会頭は膝をつき合わせるように剛士ににじり寄って来る。


「剛士さん、今日ここに来たと言う事は、例の物を持ってきてくれたと言う事ですね?」
「ええ。勿論ですよ」


そう言って剛士が木箱を取り出すと、会頭は早速手を伸ばしてそれを奪おうとする。しかし木箱を掴もうとした彼の手は、寸前で目標を失い空を切った。


「剛士さん……」


恨みがましい目で睨んでくる会頭を、剛士は涼しい表情で受け流す。


「これは商品ですよ。前回は贈り物として持参しましたが、今回もタダで渡すわけにはいきません。なにせ、これの栽培には大金がかかっているのですから」


かかる費用は栽培に携わった人間達の食費ぐらいでしかないのだが、それを正直に言うほど剛士も馬鹿ではない。熱に浮かされたように大麻の事ばかり考えていた会頭だったが、その言葉に反応して目つきが変わった。


「いくらですか? いくら払えばそれを売っていただけるのですか?」


交渉もなく、いきなり値段を問いただすなど熟練の商人とは思えないほど無様な行いをしている事に、会頭自身は気がついていないようだ。


(よほど薬が気に入ったのか、頭をやられてるかのどっちかだな)


思わず顔がにやけそうになるのを自制しつつ、剛士は勿体ぶってみせる。


「実はですね。私はこれを貴族や富裕層に広めたいと思っているんですよ」


突然関係のない話をし始めた剛士に疑問符を浮かべる会頭。普段の冷静な彼ならこの言葉だけで販路を築きたいのだと気がついたのだろうが、薬を求める欲求を抑えきれない彼は、イラついたように話を遮ろうと口を開きかけた。しかしその瞬間、絶妙のタイミングで手を上げた剛士に遮られてしまう。


「二十本入りの一箱が金貨十枚。つまり一本当たり銀貨五枚で売ろうと思います。しかし残念な事にはこれを広めていく術がない。そこで相談なんですが……」


チラリとわざとらしい視線を向けられると、流石に頭も少し冷えたのだろう。会頭は心を落ち着けるように深呼吸する。


「そこで私の出番というわけですね? 確かに私はいくつかの貴族と繋ぎを取れます。彼等にその大麻を渡せば、すぐ周辺へと広まっていくでしょう」
「なら――」
「ですが、その分の利益はいただきたい。剛士さんの言葉ではないですが、タダで便宜を図れるものではありません」


(チッ!)


笑顔を引きつらせつつ、剛士は冷静さと言う鎧を剥ぎ取るために、畳み掛けるように言葉を続ける。


「既に運送屋の契約をそちらに有利なように契約し直しているじゃありませんか。少し紹介していただけるだけで良いのです。そうすれば――」
「では、それに私も噛ませてください。こちらも剛士さんの日ノ本商会とはこれからも良い関係を続けていきたいと考えているのですよ。大麻の販路開拓に協力させていただけませんか?」


こちらの話を最後まで聞かず自分の利益を前面に押し出すその態度に、剛士の忍耐は限界に達しつつあった。もともとあまり我慢強くなく、感情的に動く事が多い男だ。冷徹な商人という仮面を被れる時間など、三分経ったのにまだ戦い続けるウルト○マン並みに、とっくに過ぎていたのだ。


「……剛士さん?」


何も言わず、大麻の箱を持ったまま立ち上がった剛士に会頭は怪訝そうだ。そんな彼に構う事なく、剛士はそのまま大股で扉に向けて歩いて行く。それに慌てたのは他ならぬ会頭だ。このまま剛士が帰ってしまえば、大麻が二度と手に入らなくなるのだから。


「ちょ、ちょっと――!」
「どうやらご縁がなかったようで。こうなったら別の伝手を当たってみます。大麻の事は忘れてください。それでは」


冷たく会頭を一瞥し、ガチャリとノブを回した剛士だったが、その体は前に進むどころか後ろに引っ張られて後退する羽目になった。ぐるりと背後に視線を向けると、苦々しい会頭が剛士の肩に手をかけていた。


「……わかりました。私の負けです。ですからそれを売ってください! お願いします!」


(勝った!)


ニンマリと顔が歪みそうになるのを必死で堪える。この瞬間、剛士率いる日ノ本商会は二重に意味で勝利したのだ。第一に貴族達富裕層への足がかりを得た事。そして第二に、大麻の魔力に魅了されれば、たとえ歴戦の商人ですら抗えないと言う結果を得た事だ。やり手の会頭ですらこうなのだから、温室育ちの貴族ならもっと容易く陥落するだろう。


「では、こちらの条件を飲んでくださるなら、これを定期的にお譲りすると約束しますよ」「ありがたい! 条件とは勿論、貴族達への取り次ぎですね?」
「ええ。それに加えて、もう一つお願いが」
「……なんでしょうか?」


ゴクリと喉を鳴らし警戒感を浮かべる会頭。


「造船に携わる職人、もしくはそれに関係する商会をご存じであれば紹介していただきたいのです」
「造船……ですか?」
「ええ。現在あの島へ移動する手段は、船を借り上げるしかありませんから。将来的にも自分の船を持った方が良いでしょう? そのお手伝いをしてくださればと思いまして」
「なんだ、そんな事ですか。お安いご用ですよ。貴族の件も含めて、早速動くとしましょう」
「ありがとうございます。ではこれを」


差し出された大麻の箱を嬉々として受け取り、早速中身を取り出してその匂いを嗅ぐ会頭の様子は、とても商人と思えないほどだらしのないものだ。


(よし、これで大麻の販路は開拓できる。それに加えて造船技術も手に入れば、それをチートマニュアルで魔改造する事だってできるはずだ。そうなりゃこの世界にない大型船や戦闘艦を造れるぞ)


着々と野望に近づいている手応えを感じつつ、剛士は目の前で大麻を吸い始めた会頭を楽しそうに眺めていたのだった。





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