異世界転生チートマニュアル

小林誉

第36話 ラリラリ作戦です!

大麻職人の朝は早い。一日一度、植物が一番元気な時間帯である夜明け前に起き出して、全ての大麻に成長促進の魔法をかけねばならないからだ。職人の名をリーフと言う。エルフの村から飛び出したこの少女は、紆余曲折を経て人間達の仲間になり、現在は自分達の持ち物となった島で大麻を育てている。


昔は村一番の暴れ者と評判だったリーフも、最近は丸くなってきている。エルフにしては珍しく物欲が人並み外れているために、たびたびそれが原因でトラブルを起こしたものだが、何度も痛い目にあうという学習効果のために少し自重できるようになっていたのだ。


贅沢な生活をするには労働しなければならない――そんな簡単な事に今更ながら気がついた彼女は、将来の生活のためにこうやって黙々と働いているのだった。


「そりゃ、魔法を使えるのが私だけって知ってるけどさ……。少しは労うとか付き合うとかあっても良いんじゃ無いの?」


黙々と――と言うのは間違いだ。彼女はよく不平不満を口にする。言いたい事をずけずけと言う性格なために友達も少なかったが、最近知り合った仲間であるナディアとはよく話をしている。やはりお互い女性と言う事もあって気を許せるのだろう。


「それにしても……これって多すぎるんじゃないの?」


一仕事終えた彼女が眼下に広がる大麻畑に目を向けると、そこには高さ三メートルを超える大量の大麻が一面に広がっていた。日常的に使われるものの、よくわからない単位の代表格である『東京ドーム』に例えるなら、ちょうど一つ分と言ったところか。かなりの数が育っている事になる。これを細かく砕いてタバコ状にすれば、合法な国で使われるような趣向品に変わるのだ。


§ § §


「大麻を栽培して大儲けするぞ」
「「「?」」」


島を購入する以前の事、ある日剛士がこう言った。言われた仲間達は何のことだか意味がわからず、首をかしげるばかりだ。


「剛士、大麻って何だ?」
「吸うと気分が良くなって、色々な事が楽しくなるものだな。この世界には無いのか?」
「聞いた事無いわね。吸うだけで気分が盛り上がるって……なんか怖いね」
「私も知らないわ。で、剛士。それが一体何なの?」


問われた剛士は得意気に胸を張り、手元にあったチートマニュアルを広げてみせて、ある項目を指さす。そこには薬や麻薬と言った事に関する情報が網羅されていた。


「俺の居た世界には麻薬という危ない薬がある。一時的な快楽を得る代わりに強烈な依存性があり、使い続ける事で人を廃人にする怖いものだ。中には精神を錯乱させたり人体を溶かしたりと言ったものまであったな」


聞いた事も無いような薬の話を聞かされて三人は顔色を無くしている。剛士はそんな三人を安心させるように笑みを浮かべ、話を続けた。


「しかし、その中でも依存性が低い大麻ってのがあるんだ。これは俺の国だと違法なんだが、他の国だと合法になるぐらい人体に与える害は少ない。俺はこれを栽培して、この島の特産品にしようと思っている」
「……だけど、どうやってその大麻を手に入れるの? まさか違う世界から取り寄せる方法なんてないでしょ?」
「心配するな。すでに見つけてある。あまり期待せずに探してんたんだが、案外簡単に見つかったよ」


そう言って剛士は足下にあった大麻草の束をテーブルの上に放った。束からは特有の甘い匂いが漂っている。


日本では所持しただけで違法になる大麻草は、実は北海道ならそこら辺に自生していたりする。雑草並みに繁殖力が強く強靱な生命力を誇っているので、何も無いこの島でも十分育てられる植物だ。剛士は暇を見つけては周囲を散策して、何か使える物が無いかいつも調べているのだが、その時偶然見つけたのがこの大麻草だった。


厳密に言うと剛士の元居た世界の大麻草とは少し形が違うので、同じような効果が得られるかどうか未知数だ。それを確かめるためには一度誰かが使ってみる必要があった。なので今から確かめようというのだ。剛士の説明を受けた三人が心配顔で頷き、小屋から出て窓から中を覗く。彼等の視線の先では、剛士が大麻草を紙に巻いてタバコ状にしているところだった。


「俺がラリって正気に戻らなかった時は、急いで街の治癒士を連れてきてくれ。頼んだぞ」


この世界には魔法という便利なものがある。それを使えば毒だろうが依存症だろうが、たちどころに治せてしまうため、危険度は日本より遙かに小さい。


「よ、よし……やるぞ……」


恐る恐る口にくわえ、剛士は先端に火をつける。すぐに紙束の先から煙が巻き起こり、それほど時間をおかず部屋に充満していく。それに比例するように、剛士の表情が次第にだらしのないものへと変わっていくのだった。


§ § §


俺の名は剛士。何処にでも居る普通の高校生だ。俺の両親は何故か海外へと働きに出ていて、隣に住む幼馴染みの女の子が都合良く色々と面倒を見てくれている。ほら、今朝も学校に俺を誘うために、忙しく階段を駆け上がってきたじゃないか。


「タカ君タカ君~!」


幼馴染みの……名前はなんだったかな。そう、確かこのみだ。このみはいつも同様勢いよくドアを開け、ベッドで眠る俺の毛布を剥ぎ取ろうと手を伸ばしてくる。


「ほら! 早く起きて! 遅刻しちゃうよタカ君!」


タカ君てのは誰の事だ? 俺の名前の中にタとカは入っていないはずなんだが、一体誰と間違えているのだろうか? 一言文句を言ってやろうとこのみに目を向けた俺だったが、その姿に強烈な違和感を覚えた。


「なに? どうしたの?」
「……いや」


そこにはセーラー服に身を包んだエルフが立っていた。おかしい。なぜ日本にエルフが居るのだ? こいつの名前はこのみじゃなくて、別のものだったと思うんだが……。


「何やってんの! ほら早く!」


いつまでも動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、このみを名乗るエルフは強引に毛布を剥ぎ取った。当然それに身を包まれていた俺は、悪代官に帯回しをされる町娘のように回転し、激しい勢いで床へとたたきつけられる。ゴン――と言う鈍い音と共に頭を強打した俺の意識は、一瞬にして暗転した。


§ § §


「おお、起きたな。どうだ剛士? 体の調子は?」


目の前に居る男――そう、コイツはファングだ。ファングは心配そうに俺の顔をのぞき込み、目の前で手を振っている。どうやら今まで意識を失っていたらしい。


「心配したよ~。なんか一人でヘラヘラ笑ってたと思ったら、急に崩れ落ちたんだから。死んだのかと思って焦ったよ」


そう言いながら、ナディアが俺の目の前にティーカップを差し出してくれた。中には良い香りのする熱々の紅茶が入っている。俺は無言でそれを手に取り、香りを楽しんだ。


「それで、どうだった? お前の言う作用はその薬にあったのか?」


ファングが言ってる事の半分も理解出来ない。コイツは何の話をしているんだろうか? 作用? 薬? 俺は何か病気なのか? 健康なはずなのに突然病人扱いされた俺は少し気分を害したので、ファングを注意してやろうと思った。


どこぞで戦車道を嗜むイギリスかぶれのように紅茶を少し口にすると、俺は堂々としたオネエ口調で語り出す。


「こんな格言を知っていて? 『ちょっと何言ってんのかわかんない』サンドウィッ○マン富○の言葉よ」
「お前こそ何を言ってんのか解らんわ! て言うか、今のどこが格言だ!? 正気に戻れ剛士!」


力一杯頬を張られ、俺の意識は一瞬で刈り取られた。


§ § §


「いたたた……」
「あ、起きたよ」
「今度は大丈夫だろうな……」


痛む頬を抑えながら身を起こした剛士を、仲間達が遠巻きに見ていた。まだ状況が掴めていないのか、剛士はしきりに周囲を見渡している。そしてようやく今の状況を理解したのか、深いため息を吐いた。


「……何時間ぐらいラリってた?」
「三時間ってところだな。気分はどうだ?」
「良くは無いが……悪くも無いかな。特に体の不調は無いみたいだ」


(殴られたらしい頬を別にしたらな)


思っていても口にはしない。記憶には無いものの、恐らく自分を正気に戻すために必要な措置だったのだと納得して言葉を飲み込む。


「で、効果の方はどうだったのよ?」


興味津々と言った様子のリーフは、燃えかすを手に取って匂いを嗅いでは、すぐに顔をしかめて投げ捨てる。


「なんか色々と楽しい夢を見ていた気がするんだが……よく覚えてないんだよな」
「じゃあ、商売にはなりそうにない?」
「いや、いけると思う。物珍しさも手伝って、一定の顧客は確保できるはずだ。でも客層は絞る必要があるな」


大麻などが貧困層に蔓延すればどんな事になるのか、今更説明するまでも無いだろう。治安の悪化や薬物依存の蔓延、巨大化する犯罪組織。それらを回避するには、剛士の言うように顧客を限定する必要がある。


「これを売りつけるのは貴族や大商人と言った富裕層に限定する。プレミアム感を持たせて値をつり上げ、奴等を大麻の虜にするんだ。依存性が少ないとは言え、皆無じゃないからリピーターは必ず現れる。今から薬漬けにして俺達の操り人形にしておけば、後で色々と有利になるはずだ」


為政者が意図的に麻薬を流したり、敵国に蔓延させて骨抜きにするなど歴史を調べれば簡単に出てくる話だ。剛士はそれを真似しようというのだった。


「名付けてラリラリ作戦です! みんな、頑張りましょう!」
「……まだ薬の影響が残ってるみたいだが……」
「ソッとしておきましょう」
「何言ってんのよ。もともと剛士の頭はおかしいでしょ」


散々な言われようだが、こうして剛士が主導する大麻の栽培がスタートした。



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