異世界転生チートマニュアル

小林誉

第31話 購入

無人島を管理するのはデールと言う国だ。アフリカが無いユーラシア大陸によく似た形をしているこの世界で、最南端に位置している。インドを思い浮かべて貰うとわかりやすいかも知れない。そして無人島がある場所はその更に南東、スリランカに該当する位置にある。


大陸の形がユーラシアにそっくりなら、島の形もスリランカにそっくりだ。もっとも、大きさは遙かに小さいものだが、それでも淡路島の半分ぐらいは広さがある。


これだけの土地が今まで全く手つかずの状態だったのかと問われればそうでもなく、昔はこの土地を治めていた貴族も居たらしい。しかし、島には特に目立った産業や観光地もなく過疎な村ばかりのため、若者達がこぞって都会へと移住したのを手始めに人口流出が加速していき、最後には誰も残らなかったそうだ。


「それでも国王は何とかしようと色々手を打ったようですよ。穀倉地帯にしようとしたり巨大な牧場にしようとしたりと。でも方針がコロコロ変わるのでどれも長続きせず、後に残ったのは荒れた土地だけです」


対面にある高級なソファに深々と身を沈めながら会頭はそう説明した。テーブルの上には島に関する資料がいくつも並べられている。大きさや地形、生息する動植物や周囲の海で捕れる魚介類など、その内容は多岐にわたる。それらをつぶさに眺めながら、剛士は気になった点に質問を投げかけていく。


「本当に一人も住んでいないんですか?」
「……建前ではそうなっています。しかし我々が調べた限り、勝手に住み着いている人間が少なからず居るようですよ」


つまり、税金を払っていない人間が勝手に土地を占拠していると言う事だ。仮にも国がそんな連中を放置している事に驚いて、ポカンと口を開ける剛士に苦笑しながら、会頭は話を続けた。


「もうあの国は末期ですよ。ちゃんと税を集める事も出来ずにいるため、家臣達への給料もまともに払えていない。借金で首が回らないから新たな産業を興す力も無い。各領地では貴族達が王を見限って好きにやりはじめている。そんな状態なものですから、南に浮かぶ島の管理にまで手が回らないんですよ」
「それは……好きに開発できるメリットでもありますけど、問題を自分で解決しなければならないって言うデメリットなのでは?」
「そうとも言いますね」


悪びれもせずに言い切った会頭の態度に一瞬鼻白む。剛士は視線を少し下げ、会頭から資料へと目を移した。


(資料を見る限り、ある程度の資金力があれば十分開発できる土地だな。でも問題は、どうやって人を集めるのかが第一。次に今住み着いている連中をどうやって排除するか……だ。少数ならともかく、大人数が住み着いていたら逆にこっちが追い出されかねない。まとまった戦力がないと危なくて近寄れないぞ……やっぱりやめておいた方が良いか?)


一瞬断る方に気持ちが傾きかけるが、首を振って考え直す。この機会を逃せば自分達の領地を手に入れる事など二度と無いかも知れない。この商人の国ならば、国を管理運営する議員の地位に上り詰めれば自分の領地を手に入れる事が出来るらしい。しかしそれには莫大な献金や根回しが必要な上に、途方も無い時間がかかるはずだ。それと島の購入を天秤にかけたとなると、明らかに島の購入の方が安価で手っ取り早い方法だったのだ。


(考えるまでも無いか。これはチャンスと思おう)
「買います」
「おお! 本当ですか!」


仲間に相談してから決めると言う手順を踏まず剛士は即決で購入を決めた。仲間に話すと絶対止められると思ったからだ。大して悩みもせず剛士が決めた事に会頭は随分と驚いた様子であったが、そこは一流の商人だ。すぐ気を取り直して身を乗り出してくる。


「では早速書類の作成に取りかかりましょう。お時間は取らせませんよ!」
「その前に条件を細かく決めませんか? 無人島なのに人が住んでいると言うのも話が違いますからね。その分は値段に反映させていただけるんでしょ?」
「そう……ですね。おっしゃるとおり、それはこちらの手違いでした。もちろん勉強させていただきますよ」


珍しく強気で言い切った剛士だったが、内心はドキドキものだ。口はからからに渇き、心臓はさっきからドラムロールを奏でている。なんとか必死で余裕ぶって見せているだけなのだ。しかし剛士のそんな態度に会頭は随分と驚いたようだった。なにせ剛士は商人と思えないほど素人っぽい雰囲気を纏わせ、この世界一般の商人にある暑苦しいほどの押しの強さが無い。そんな彼が初めて商人らしい態度を示した事に、会頭は知らずに笑みを漏らしていた。


「何か?」
「いえ別に。それより金額の話に移りましょう。そうですね……我々が王に貸した金はこれだけですから――」


結論から言えば、島を購入するには莫大な金額が必要になった。その額金貨一万枚。少額の借金を繰り返す毎に利子が雪だるま式に増えていき、最終的にはそこまで膨れ上がったようだ。金貨一万枚――個人は勿論の事、商会としても大金であるこの金額だが、実は国家規模で見ればそんなに大した額ではない。普通の国ではこれの何倍、何十倍という税が納められるものだ。なのになぜそんな金額で島を手放したのかと言うと、それだけ経済的に困窮していたという事だろう。


当然今の剛士達にそんな金額は払えないため分割での支払いになるが、会頭は現金での分割より、今立ち上げている最中である運送屋の配当比率を変える事を提案してきた。


「私の見立てでは、この商売は五年もしないうちに大陸中に広がると予想を立てています。勿論、金貨一万枚以上に儲かると確信していますよ」


ニヤリと笑う会頭に不気味さを感じて一瞬気圧されそうになり、剛士はグッと体に力を込めた。


「比率を変えるのは同意します。しかしそれは期間を決めたものにしていただきたい。流石に未来永劫そのままって言うのは受け入れがたいので」
「わかっていますとも。では具体的な数字ですが、こんなもので如何でしょうか?」


また借金が増えた事に頭を抱え込みたくなる衝動をなんとか堪えながら、剛士は商談を進めていく。この島の購入が自分達四人の岐路になるのを信じて、彼は新しく作成された契約書にサインをするのだった。



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