異世界転生チートマニュアル

小林誉

第26話 商会の設立

剛士達が取り仕切る競馬がいよいよ始まった。リハーサルを何度かこなし、問題点やスタッフの不慣れなどを解消しながらじっくり準備しただけあって、本番は問題なく進んでいる。会場に詰めかけた観客は目当ての馬が勝ち負けする度に一喜一憂し、時には歓声を、時には罵声を上げて盛り上がっている。そんな彼等を見下ろすVIP席に腰掛けながら、剛士達四人はひとまずの成功に胸をなで下ろしているところだった。


「上手くいって良かったね剛士」
「おう! ありがとよ!」
「最初はどうなるかと思ったが、案外何とかなるもんだな」
「本当。他は全然だけど金儲けの才能だけはあるわよね」


褒めているのか貶しているのかわからない事を口にする仲間達の言葉に、剛士は上機嫌だ。見れば客席は午前中のレースが終わったらしく、人々が我先に飲食店や露店などに移動しているところだった。


一日に行われるレースは全部で十二レースあり、日本の標準的な競馬場と同じ数となっている。この世界には競走用に育てられたサラブレッドのような馬が居ないため、集まった馬は形も大きさも全てバラバラだし、それは騎手も同様だった。馬と騎手が同じ組み合わせになるとどの組み合わせが勝つのか固定されてしまうので、レース毎にシャッフルして、レース本番になるまで客達には知らされないようになっている。客達が得られる情報はあくまでも馬のものだけに限定されていた。その為馬券を買う客達は勝ち馬の予想がつかず、毎回頭を悩ませる、ギャンブル性の高い内容になっているのだ。


「ところで剛士。この看板に書いてあるJRAって文字、何の意味があるの?」
「ん? ああ、それか……」


競馬場の正門に堂々と飾られた一つの看板を指さすナディア。そこには今から駆け出しそうな馬の絵の上に、大きくアルファベットで「JRA」と書かれていた。


「俺の元いた世界で使われていた文字だ。その文字は日本中央競馬会(Japan Racing Association)の略でな。決して日本赤軍だとか、アイルランド共和軍(IRA)の略じゃ無いから間違えないように」
「ふーん……よくわからないけど、要はそのじぇい・あーる・えい? って商会にあやかりたいって事よね」
「そう言う事」


自分達の身を守るため、チートマニュアルの力を遠慮無く使うと誓った剛士がまずした事は、仲間に自分の素性を明かす事だった。


生前住んでいた地球という星、そして日本という国。自分が住んでいた生活環境や転生した理由まで、彼は包み隠さず仲間達に打ち明けた。聞かされた当初、彼等は随分驚いてはいたのだが、意外とすんなり剛士の話を信じていた。なぜなら――


「本の内容が理由ね」
「そうよ。おかしいと思っていたのよ。アホの剛士が一人で考えたにしては凄すぎる内容だし、誰かのアイデアをパクってたなら、合点がいくってもんでしょ?」
「確かにそうだ。これは剛士が一人で考えつく内容じゃない」
「お前らな……いくらなんでも俺を過小評価しすぎだろ……」


苦虫を噛み潰したような表情でぼやきつつも、自分の過去をあっさり受け入れてくれた仲間達に剛士は感謝した。


「商会長。お客様がお見えです」
「わかった。すぐ行く」


競馬運営を始めたのを機に剛士達は商会を立ち上げていた。個人で活動していると納税の面で面倒だという理由もあるが、商会として名が広まれば今後の商売を有利に進められると言うメリットがある。立ち上げた商会の名前は『日ノ本商会』。日の当たる全ての場所で自分達の利益を上げられるようにと願いを込めた商会名――と後になって剛士は話していたのだが、その実、考えるのが面倒なので『日本』の国名を言い換えただけと言うしょうもない理由だった。


剛士ら四人の前を歩くのは、最近雇ったばかりの事務員だ。前回で懲りた剛士は領主から紹介される人材を極力雇わず、商業ギルドを通して応募してきた人材を、自分達で面接してから雇うかどうかを決めるようになっていた。身元についてはギルドが保証しているものの、それを盲信するほど不用心でも無い。ギルドを通している分ある程度は信用して良いだろうが、それでも重要な仕事は任せられないままだった。


コンコンとノックをした後、開かれた扉から中に入ると、そこにはにこやかに笑みを浮かべた男達が立っていた。彼はこの街を始めとする、この辺り一帯の馬屋を管理する大商会の一員だ。今回の競馬を始める時も剛士達は随分彼等の力を借りている。言わばビジネスパートナーのような間柄だった。


「お待たせして申し訳ない」
「いえいえ、私共も今到着したところですので、お気になさらず」


笑顔を崩さない男達に席を勧めながら、剛士達も対面に腰掛ける。今まで何度も顔を合わせているし、改めて自己紹介をする間柄でもないため、早速仕事をするべく彼等は何枚かの書類を差し出した。


「剛士様のご提案いただいた内容を検討させていただいた結果、当商会といたしましては是非このお話を受けさせていただきたいと思います」
「おお! それはありがたい!」


興奮気味に立ち上がる剛士。彼が新たに提案した商売――それを簡単に言うと、現実世界にある運送業を立ち上げようと言う提案だった。剛士達が生活しているこの世界での物流と言えば、大は国や商会、小は行商人や旅人など、それぞれが独自に物を運ぶという非効率なやり方が一般的だ。魔物や夜盗がうろつく危険な世界のために、ただ無防備に物を運ぶと途中で襲われる可能性が高い。国や商会など資金に余裕のある組織なら護衛を雇いつつ安全に運べるだろうが、一般の人間はそうはいかない。危険を冒して自分で運ぶか、高額な依頼料を払って冒険者に運んで貰うかの二択なのだ。


つまり、需要はあるはずなのに手段が無い。専門の商会さえ存在しないこの状況で運送屋を始めれば、かなりの利益が見込めるはずなのだ。


「私共が輸送を担う馬や馬車の提供を――」
「そして我々がそれを守る護衛の手配および集客、集金などの業務を扱うと言う事で」


護衛の確保は冒険者ギルドに掛け合って確保する目処が立っていた。まず、馬を手配する商会が各街に馬と馬車、そして客を集められる駅を作る。そしてその駅に対して、その街や近隣にある冒険者ギルドが募集依頼を大々的に告知する――が、冒険者に対する報酬は少なめだ。どんな商売でも一金がかかるのが人件費なため、彼等に対する報酬は極力削らなくてはならない。しかしあまりに少ないと護衛依頼を受ける冒険者が確保できないのではないかと言う懸念もある。しかし、それは別の方法で解決できた。


一度護衛依頼に登録した冒険者は、本人が止める意思表示を示さない限り継続して依頼を受けた状態になり、各駅を結ぶネットワーク――つまり荷馬車にタダで乗れる特典がつくのだ。基本徒歩で移動する事が多い冒険者達にとって、タダで荷馬車に乗れるメリットは大きい。当然、人気不人気の販路は出てくるだろうが、その点も問題ない。人手不足に陥りそうな場合、近隣に居る依頼を受注中の冒険者に応援を求め、強制的に参加させる事が契約上可能となっている。もちろん拒否した場合、二度と護衛依頼を受けられなくなると言う罰則付きでだ。この罰則さえあれば金に余裕のあるベテラン冒険者ならともかく、中級クラスまでの冒険者は余程の事が無い限り断らないだろうとギルドの予想もあった。


剛士達がこの商売に目をつけたのは、誰もやっていない分野という理由の他に別の目的があった。これを切っ掛けに各地へ商会の支店を作り、情報収集をやろうというのだ。つまり表向きは商会を名乗っているだけで、大規模なスパイ組織の設立を目的としているのだった。


「情報を集める事で組織や個人の長所や短所、様々な弱点などを調べる事が出来たなら、それは万軍の兵にも勝る――と、この本には書いてある」


兵法を少しばかり聞きかじった剛士は、何かの役に立つかと思ってチートマニュアルに少しばかり書いていたのだ。


§ § §


相手側の商会と二枚ある契約書に互いにサインをし、固く握手をして彼等は去って行った。これで近いうちに運送屋兼情報収集機関が設立できる段取りが整った。


「これでよし。まずは第一段階成功ってところだな」
「後は人員か。どれだけ信用出来る奴が集まるか、そこが問題だ」
「慎重に見極めないと」
「また同じ事になるのはご免だからね」


わかっているとばかりに仲間達の言葉に何度か頷く剛士。自分達の安全確保のため、敵意を持った存在が現れた場合は先手を打って攻撃する。その為の情報収集機関だ。決して商売だけが目的では無い。着々と進む自分達の作戦に、剛士は確かな手応えを感じていた。

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