異世界転生チートマニュアル

小林誉

第7話 日本語

「その通り。君はブサイクじゃない。美人だよ! まさに絶世の美女だ。俺は今までこんな美人に出会った事がない!」


突然話に割り込んできた変質者に二人の目線は厳しい。


「……また馬鹿な事言い出した。剛士、貴女が口を挟む事じゃないでしょ?」
「なによ、やっぱりわかる人にはわかるんじゃない。この気持ち悪いオッサンは見かけによらず話のわかる奴ね」
「……気持ち……悪い?」


(おかしい。この二人の美的感覚から言って、俺はどちらかの基準で美男子になるはず。なんで気持ち悪いなんて言葉が出てくるんだ?)


信じられないと言ったリアクションをとる剛士を、二人のエルフは怪訝な目で見つめている。


「えーと……念のために確認しておきますけど、気持ち悪いって何が? まさか俺の事じゃないよね?」
「あんたの事よ。嫌らしい目で私を見ないでくれる?」
「おっふぅ……!」


まるで繁華街をうろつくJKのように冷たい目で剛士を罵倒するリーフに、思わず足下をフラつかせてしまう剛士。しかし彼はなんとか踏みとどまって、最後の希望に縋り付こうとした。


「リエスさんは……リエスさんはそんな事思ってないよね? 俺、気持ち悪くなんかないでしょ? いい男でしょ?」
「いい男……ではないけど、気持ち悪いとまでは思ってないわ」


パァッと明かりが差す剛士だったが、次の言葉で今度こそ絶望を味わう事になる。


「ま、私の基準からしたらブサイクだけどね」


ガクリ――と、まるで顎先に一撃もらって崩れ落ちるボクサーのように、剛士はその場で崩れ落ちた。


(そっちの美少女に罵られるのは何とか耐えられる。考えようによってはご褒美だし、特殊な性癖の人だとお金を払ってでも罵って欲しいと思うだろうけど、まさか……まさかこんなブサイクエルフにまでブサイク呼ばわりされるとは……!)


いい歳したオッサンが人目もはばからずにボロボロと涙を流す――こう言う態度が気持ち悪がられる原因になっているのだが、剛士本人がそれに気づく様子はなかった。


「……なんだかわからないけど、とりあえず族長に用事があるならさっさと行けば? 私はもういいし」
「それもそうね。ほら、いつまでも落ち込んでないで行くわよ剛士!」


先ほどと同じように、首根っこを持って引きずられていく剛士達が辿り着いたのは屋敷の奥だ。そこでは一人のエルフが何かの書物を読みながら、優雅にお茶を楽しんでいる最中だった。


「なにか騒がしいと思ったら、お前かリエス」
「お騒がせして申し訳ありません族長。実はご相談したいことがありまして」


見慣れない人物を引き連れて現れたリエスに、族長と呼ばれたエルフは怪訝な目を向けた。


「……なにか事情がありそうだな。それはそっちの男が関係することか?」
「はい。この男――剛士の持つ知識によって、世界に争いの種がまかれる事を防がなければならないのです」
「物騒な話だな。立ち話もなんだ。二人ともそこにかけなさい」


座ると言うより投げ捨てられるような形で椅子に座らされる剛士を見ても、族長が特に反応することは無かった。


(コイツら人をなんだと思ってるんだ!? 俺の尊厳とか基本的人権とかその他諸々の権利を忘れてるんじゃ無いのか?)


思っていても口には出せないヘタレな剛士は、表面だけ有効的な態度を取り繕いながら言われたとおり席に着く。そんな彼を余所に、ごついエルフ二人組の話は勝手に進んでいく。


「――なるほど、つまり彼の持つ本が外に漏れると危険なので、ここに住まわせてやろうと言うのだな?」
「そう言う事です。全て読んだわけでもありませんが、あれは外に出すと危険な知識です。我々エルフのように富に執着しない種族なら安心ですが、欲深な人間が目にした場合、必ず争いの種になるでしょう。それは避けるべき事態です」
「ふむ、悪いがソレを見せてもらえるか? 一度自分の目で確かめなければいまいち実感しにくいのでな」


差し出された族長の手の平に、剛士は反射的に自分の手を置いた。まるで犬がお手をするような行動に、その場の誰もが目を点にする。


「いや、手じゃなくて本を見せてくれ……」
「え、ああ! 本ね! てっきり服従しろと言われてるのかと思った!」
「そんなわけないでしょうが……どれだけ卑屈なのよ……」


剛士の奇行に戸惑いながら本を受け取った族長は、パラパラとページをめくっていく。最初こそ興味深げに眺めていた彼も、先に進むごとに顔が驚愕に歪んでいき、最後のページをめくった時は額に冷や汗をかくほどだった。


「いかがですか族長?」
「うーん……まさかこれほどとは……。これなど空を飛ぶ道具だろう? 信じがたいが、世界を変えると言う言葉は大げさではないな」
「空を飛ぶって……え!? 族長、これが読めるんですか!?」


驚くリエスと剛士。この本は大部分を日本語と、少しばかりの英単語で書き上げられている。つまりこの本の内容を把握できるという事は、多少なりとも族長が日本語を理解できる事を意味していた。


「日本語がわかるってことは、他にも日本人がいたのか!?」
「ニホンジン? ニホンゴとはこの本に書かれている文字の事だな。今はどうか知らんが、昔一時的に交流があった男がこの文字を使っていたのだ。そうか、これはニホンゴというのだな。私は全て読めるわけではなく、少し覚えていると言うだけだ」
「あんたに日本語を教えたその人は今どうしてるんだ?」
「……もう生きていまい。私が彼に会ったのは百年ほど前だからな。長命種ならともかく、人間ならとうに寿命が尽きているはずだ」
「そっか……」


肩を落とす剛士を、族長とリエスが気の毒そうに見る――が、剛士は落ち込んでなどいなかった。俯いた顔には嫌らしい笑みが貼り付き、今にも笑い出しそうだ。そう――この男、過去この世界を訪れていた日本人の死を悼んだり、同胞に会えなかった事を残念がっているわけでは決してなく、ただ単に自分以外金儲けの手段を持っていない事に安心していただけなのだ。安定のクズっぷりである。


「お前も彼の同胞なのだな。この本の事もあるし、不思議と親近感も感じる。この村に住む事で身の安全が確保できるというのなら、好きなだけ滞在すると良い」
「あ、ありがとうございます」
「感謝します族長。剛士の事、よろしくお願いします」


身元不明の怪しい中年男を受け入れてくれた族長と、自分の事でもないのに感謝するリエス。見た目と反して心優しい二人のエルフの気持ちを知ってか知らずか、剛士は別の事を考えていた。


(とりあえず、しばらくこの村に滞在して様子を見よう。外で使って問題ない技術とそうでない物を選別して、危険を少なく金持ちになる方法を探ろう。エルフじゃあるまいし、一生こんな所に居られないからな)


せっかく確保した安全地帯を自ら放棄するような愚行だが、それを理解できる頭を持っていればそもそも転生などしなかったはず。剛士の行動がこの穏やかに村にどんな影響を与えるのか、現時点では誰にもわからない事だった。

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